竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 自分の役目

這い上がってくる恐怖

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 徐々に遠ざかっていくジョーの足音。
 それを聞きながら……


「あーあー…」


 ディアラントが、がっくりと肩を落とした。


「強がっちゃって、もう…。本当は、謝りたいくせに。」
「へ?」


 予想外のディアラントの言葉に、キリハは素っ頓狂な声をあげる。
 そんなキリハに、ディアラントは困ったように笑った。


「本当に罪悪感の欠片もないなら、あの人はすっごくいい顔で笑うよ。笑えなかったってことは、あの人は間違いなく、今回のことを後悔してる。想定外だったとはいえ、キリハを危険にさらしちまったからだろうな。認めちゃえば楽になるのに、変なとこで頑なで不器用な人だよ。」


 ジョーが消えていったドアをあおいだディアラントは、次に真面目な顔でキリハに向き合った。


「キリハ。お前、オレが気絶させるまでに何をやらかしてたか、覚えてるか?」


 訊ねられ、瞬く間に頭の中が真っ赤に染まる。


 ただただ赤くて、ただただ熱くて、もう何がなんだか分からなくなって。
 その中でずっと、腰に下がったままの《焔乱舞》が、激しく震えていることだけを感じていた。


 そして……




 そして―――このまま、この炎が全部焼き尽くしてくれればいい、なんて……




 ぼんやりと、そんなことを思って。


「俺……」


 キリハは唇をわなわなと震わせる。


 自分は、なんてことをしていたのだろう。
 今になって、恐怖にも似た思いが背筋を駆けのぼっていく。




『別に、ありえないことではあるまい?』




 ふいに脳裏で木霊こだまするのは、オークスの言葉。


『何らかの因果関係から、君がドラゴンに決して敵対しないと見抜いたのか……もしくは、そうあるように洗脳できる人間を、適合者として選んだのか。』


 だめだ。
 これ以上は考えるな。


 自衛的な本能が警鐘を鳴らす。
 なのに……


『君の中の何がそんなことをさせるのか……―――あるいは、《焔乱舞》の何が君にそんな言動をさせるのか。』


 恐怖を増長させるように、オークスの声が大きくなるばかりで……




「―――キリハ!!」




 力強く呼びかけられて、右手を取られたのはその時だった。


「……あ…」


 血の気が引いた顔で呟くキリハに、ディアラントはうれいに満ちた表情で、重たげな息をついた。


「お前、まだその癖直ってないのか…。やることが違うだろ。」


 諭すようにそう言ったディアラントは、うなじの後ろ髪を掴もうとしていたキリハの手を、そっと自分の胸へと引き寄せた。


「不安な時はそっちじゃなくて、こっちに手を伸ばすの。本当にお前は昔から、肝心な時ほどそうやって、不安を自分の中に押し込めようとするんだから。」


「だって……」
「だってじゃない。」


 ディアラントはキリハの言葉を遮り、その肩に手を置いた。


「大丈夫だ。お前は何も悪くない。」


 断言するディアラント。


「フールも言ってた。こんなことは初めてだってな。多分、ドラゴンのために本気で怒ったお前の心に、ほむらが呼応したんだろうって話だ。大丈夫。誰も怪我なんてしてないし、お前がオレたちに危害を加えようとしたなんて、誰も思ってない。」


 優しく、できるだけ刺激しないように。
 ディアラントは丁寧に言葉を紡ぐ。
 それでもキリハの表情が晴れないと知ると、彼はさらに言葉を重ねた。


「心配するな。本当に大丈夫だから。今回の件でお前が焔を暴走させたことについては、ターニャ様とジョー先輩が協力して、情報を揉み消してくれるそうだ。今回のことは、想定外が想定外を呼んだ事故だったんだよ。」


 ディアラントは、言葉の途中で何度も〝大丈夫だ〟と言ってくれる。


 でも―――


 キリハは今にも泣き出してしまいそうな顔をして、ふるふると頭を振る。


「無理……無理だよ。だって、俺は覚えてるもん。事故だって……そんな風になかったことにされたって……俺は………俺は…っ」


「分かってる!!」


 一際大きな声で叫ばれ、条件反射のように喉が痙攣けいれんして、声が出なくなってしまった。


 キリハの言葉を遮ったディアラントは、身をすくませたキリハの頭に自分の額を乗せた。


 そして―――深く、深く、長い時間をかけて息を吐き出す。


「分かってる。キリハはまっすぐすぎて、受け止めなくていいことも、全部受け止めちまう奴だって。でも、今はこらえろ。今回ばかりは……こうするしか、お前を守れる方法がない。だから―――」


 キリハの肩を掴むディアラントの手に、震えるほどの力がこもる。




「お前の中で、なかったことにしろなんて言わない。受け入れていい。受け止めて、受け入れて―――飲み込め。オレも一緒に受け入れてやる。一緒に飲み込んでやるから。」




 その言葉が、限界間近でき止められていた感情が決壊するきっかけだった。

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