竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 知って 向き合って そして進んで

〝俺らしい〟って?

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 違和感が訴えるまま、キリハはエリクに語る。


「最近、分かってきたんだ。色んな人が、俺を守ってくれてる。今の俺って、それに甘えてるだけなんだ。だから何も知らないでいても平気で、そのことすら知らなくて、それが普通なんだって思いかけてた。でもそれじゃ、何もできないんだよ。」


 それは、この数日で痛感した事実。


「知ることっていいことだけじゃないし、危ないこともあるんだって言われた。でも、知ることから逃げちゃ何も解決しない。だから俺は、色んなことを知りたいって思う。分かり合うためには、俺のことを知ってもらった分だけ、俺もみんなのことを知らなくちゃだめじゃないの?」


 竜使いに関わる六年前の事件のことを知った時はつらかった。
 今だって、気持ちの整理がついたわけじゃない。


 ―――でも、知らなかった方がよかったとは思わない。


「確かに、今まで知らなかったことを知ることで、俺の何かが変わることがあるかもしれないよ。でも、変わらないことって、変わることより難しいんだって。まだ俺にはよく分からないけど、だったら、変わることをいちいち怖がるのはやめようって思った。何かが変わっても、俺は俺のままだもん。それって、俺が俺じゃなくなるってことになる? エリクさんやみんなが思う〝俺らしい〟って、何?」


 嬉しいことも悲しいことも受け入れて、そして皆と一緒に変わっていこう。
 《焔乱舞》を再び握ったあの時、そう強く思った。


 もしもエリクが言う〝自分らしさ〟が、今までと寸分違わぬ自分なのだとしたら、それを維持し続けるのは無理だ。


 知りたい。
 知らなきゃいけない。


 そう思った時から、きっと自分の一部は変わってしまっているから。




 ―――それでも、胸の奥に宿るこの気持ちだけは揺らがない。




 竜使いでもそうじゃなくても、自分が守りたいと思えるものを守れるように。
 この信念だけは、絶対に。


「……はあ。まったくもって、君の言うとおりだね。」


 しばしの沈黙の後にエリクはそう呟いて、何故か泣きそうな顔で笑った。


「僕たち人間は愚かだね。誰かのためにって思うほど、心の奥底では自分のために動いている。そんな生き物なんだ。僕たちはきっと……君に僕たちと同じになってほしくないと思いながら、君に期待する自分を守りたかっただけなのかもしれないね。」


 エリクはキリハの肩に手を置き、キリハと目線を合わせる。




「キリハ君、たくさんのことを知りなさい。それで、たくさんの人たちと向き合いなさい。」




 ぽんと優しく。
 それでいて、強く確実に。


 彼から贈られた言葉は、そんな風に背中を押してくれた。


「たくさんのことを知った分、色んな思いをすると思う。でも、そこで得たものは決して無駄にはならないし、現実と向き合おうとした努力は、絶対に君を裏切らない。それだけは断言できるよ。だから飾らない心で、感じたままに、自分が正しいと思う道を突き進んで。それが、僕が思う君らしさで……僕が君に抱く願いだ。」


「エリクさん……」
「でも、覚えておいてほしい。」


 エリクの手に力がこもる。
 彼の双眸に宿るのは、少しばかり心配そうな色。


「どうか、ひとりにはならないで。君と触れ合った人たちは、多かれ少なかれ、君に期待を寄せるだろう。そして君は、そんなたくさんの期待に応えようと頑張る子だ。君の背中にのしかかるものが重くて耐えられなくなった時、一人で背負い込んで我慢しちゃいけないよ。そういう時は、素直につらいって言って、周りに甘えていいんだ。だから……今日僕に言った言葉が、間違いだったなんて思わないで。」


「―――っ!!」


 その言葉に、キリハは心底驚いてしまう。


「なんで……分かったの?」


 思わず問うと、エリクはくすくすと笑った。


「そりゃ分かるよ。分かるからこそ心配なんだから。今だって、本当は泣きそうなのを我慢してるでしょ? そんな顔をしてる。」


 優しい口調ながらも鋭いエリクの指摘に、返す言葉も出てこない。


「僕は部外者だから詳しくは分からないけど、ルカやミゲルから聞いた感じ、相当きつい立場にいるんでしょ? いいんだよ。つらい時はつらいって言って。泣きたい時は泣いて。」


「―――う…っ」


 穏やかなエリクの声に、必死に張っていた糸は簡単に切れてしまった。
 なんとか引っ込めたはずの涙があっという間に頬を流れていき、キリハは慌てて涙を拭う。


 泣き顔を見せまいとうつむくキリハに苦笑し、エリクはその頭をぽんぽんと叩いた。


「今まで、よく頑張ったね。誰にも言えなくて、苦しかったでしょ。」


 ああ、どうして―――……


 どうしてエリクの言葉は、こんなにも胸に響くのだろう。
 涙は止まるどころか、ますますあふれてきてしまう。


 世間全体を巻き込んでいる今回の一件。
 宮殿にいる多くの人が、この話題に触れたがらない。
 あのディアラントですら、今回はあえて静観の立場を取っている。


 今回は、いつも頼れる人には頼れない。
 特に竜使いの過去に関することなど、宮殿の誰に言えばいいというのだ。


 だから、我慢するしかないと思った。


 でも……


「大丈夫。自分を信じて。」


 現実は、こんなにも温かくて優しくて……


「君は一人じゃない。君が頑張った分、君に応えてくれる人が絶対にいるよ。」


 エリクの言葉は、じんわりと柔らかく胸に染み込んでいった。

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