竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
180 / 598
第2章 だだ、生きているだけなのに……

怖がりどうし

しおりを挟む

「ちょっ……サーシャ!?」


 カレンが目を白黒させて名を呼んでくるが、サーシャは後ろを振り向かずにキリハの方へと歩を進めた。


 近づいてくる人間の気配に気付いたらしく、ドラゴンたちが目を開いてこちらを向いた。
 サーシャはそれに合わせて足を止める。


「キリハに毛布をかけてあげたいの。近くに行ってもいい?」


 ドラゴンたちを刺激しないよう、穏やかな口調で問いかけた。
 声は震えていなかったと思う。


 大丈夫。
 きっと大丈夫。


 何度も自分に言い聞かせた。


 大丈夫。
 自分はキリハを信じている。
 だからきっと、キリハが信じているこのドラゴンたちのことだって信じられる。


 ………………


 先に動きを見せたのは、大きなドラゴンの方だった。
 彼は何かを見定めるようにこちらをじっと見つめ、ふとした拍子に視線を逸らすと、首を丸めて眠る姿勢を取った。


「いいの?」


 おそるおそる訊ねると、ドラゴンは一度目を開き、好きにしろと言わんばかりに無関心を装って目を閉じる。
 そんな仲間の態度に安心したのか、小さいドラゴンの方も警戒心を解いて楽な姿勢に戻った。


「ありがとう。」


 こんなにあっさりと近づくことを許してくれるとは思わなかったので驚いたが、サーシャは淡く微笑んで礼を言う。
 ゆっくりとキリハに近寄って、規則正しく上下する肩にそっと毛布をかける。


「………」


 そのまましばらく、サーシャはキリハのことを見つめた。


 さらさらと柔らかな髪。
 長い睫毛まつげ
 まだ少し幼さが残る顔立ち。
 普段の底なしの体力からは想像できないくらい細い体。


 思えば、こうしてキリハの容姿をまじまじと見るのは初めてかもしれない。


 そんなことを思いながら、サーシャは優しくキリハの頬に触れた。
 滑らせるように頬の輪郭をなぞり、髪を一束すくってみる。


 キリハは一向に起きる気配がない。
 きっと、相当疲れが溜まっているのだろう。
 それでも、毎朝誰よりも早く起きてドラゴンたちの元へ通っているのだから、その努力は称賛に価すると思う。


「ごめんね。何も、助けてあげられなくて。」


 あっという間に空気に溶けて消える声。


 次の瞬間、サーシャの肩が小さく震えた。


 自分の不甲斐なさが身にみる。
 こんな時に、好きな人と一緒になって戦ってあげることもできないなんて。


 怖いからといって、立ち止まって後ろばかり見ていては何も始まらない。
 キリハと出会って、それを教えてもらった。
 だから少しでも自分を変えていこうと、少しずつでも前に進もうと、自分なりに意識してきたつもりだった。


 でも、人間はそう簡単に変われない。
 結局臆病な自分は、こんな時も臆病なままで。


「……泣いちゃ、だめ。」


 あふれそうになる涙を、ぐっとこらえる。


 自分よりつらいはずのキリハが、泣かずに頑張っているのだ。
 ここは、自分が泣くような場面じゃない。


 ―――……きゅるる…


 ふと、そんな高めの鳴き声が耳朶じだを打った。


 目を向けると、キリハに抱かれている小さなドラゴンがこちらの様子をうかがっていた。
 その子はこちらと目が合うと、少し怯えたように首を引っ込めたが、上目遣いでこちらのことを見ては、か細い鳴き声をあげている。


 その様は、まるで……


「心配してくれてるの?」


 訊ねると、ドラゴンはまた小さく鳴いた。


(本当に、怖くないのかな…?)


 胸の中に、今までは考えたこともなかった気持ちが生まれる。


 今まで、ドラゴンは無条件に怖いんだと思っていた。
 でもそれが、本当は違うのだとしたら?


 思えばキリハは、初めからドラゴンに対して恐怖を抱いているようには見えなかった。
 そして、ドラゴンが危険じゃないというキリハの訴えが、カレンはなんとなく本当のことだと分かるのだと言う。


 サーシャはじっとドラゴンを見つめた。


 キリハもカレンも、あんなことを言うのだ。
 もしかしたら自分は、目先の恐怖にだけ捕らわれて、大事なものを見落としているのではないか。
 ドラゴンへの恐怖に疑問を持った頭は、ごく自然にそんなことを考えた。


 自分を見つめる青い瞳。
 そこに見えるのは何?




 自分と同じ―――目の前にいる相手に怯えている光じゃないか。




(この子は、私のことが怖いんだ……)


 そのことに思い至った瞬間、腕が勝手に動いていた。


 焦れったくなるほどゆっくりと、自分の手はドラゴンに近づいていく。
 それに応えるように、ドラゴンの方も首を伸ばしてきた。


 互いに時々躊躇ためらいながら、馬鹿みたいに時間をかけて距離を縮めていく。
 あと一歩のところでまた躊躇って、ようやくドラゴンの頭に触れた。


 冷たい鱗の感触。
 でも、直に触れたところからは微かな震えが伝わってきて―――


「ふふっ…」


 気付けば、笑みが零れていた。


「あなた、私とおんなじで怖がりなんだね。」


 近づいてみようとしても怖くて、いざ触れ合ってみてもやっぱり怖くて。
 今だって、もう大丈夫だと分かるのに、やっぱりどこかで怯えている。
 お互いに怖がりで臆病だ。


 サーシャは優しくドラゴンの頭をなでてやる。
 近づきすぎず、遠ざかりすぎず、一定の距離感を保ったまま。
 すると、どことなく嬉しそうに目を細めたドラゴンがずいっと頭をすり寄せてきた。


「きゃっ…」


 ちょっとだけびっくりしたが、サーシャは全身を使ってドラゴンの頭を受け止める。


「ふふ…。なんか、分かるなぁ。あなたがキリハのことを大好きな理由。」


 キリハは相手の心に寄り添うのがとても上手い。
 相手のいいところも悪いところも引き出して、それで全てを受け入れてくれる。
 そして彼自身も、裏表のない無邪気な態度で接してくれる。


 だから、キリハの傍にいるのは心地よくてほっとする。
 キリハの前では、無理のない等身大の自分でいられるから。


「ありがとう。」


 サーシャはドラゴンを抱く腕に力を込める。


 こうして笑えることと自分が竜使いであることが関係しているかは分からないし、そもそも自分の中に、本当にドラゴンの血が流れているのかなんて分からないけど。
 それでも、今こうして触れ合っているドラゴンが、自分に危害を加えてくるような存在ではないことは伝わってくる。


「キリハのこと……お願いね。」


 最後にそう伝えて、サーシャはゆっくりとその場を立ち上がった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした

淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。 二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。 ーー花梨はゲームにもはまっていた。 何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。 花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。 ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。 戦斧は花梨への復讐を誓う。 それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。 その時、花梨はーーーー

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜

八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。 しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。 魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。 そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。 かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。

最強執事の恩返し~大魔王を倒して100年ぶりに戻ってきたら世話になっていた侯爵家が没落していました。恩返しのため復興させます~

榊与一
ファンタジー
異世界転生した日本人、大和猛(やまとたける)。 彼は異世界エデンで、コーガス侯爵家によって拾われタケル・コーガスとして育てられる。 それまでの孤独な人生で何も持つ事の出来なかった彼にとって、コーガス家は生まれて初めて手に入れた家であり家族だった。 その家を守るために転生時のチート能力で魔王を退け。 そしてその裏にいる大魔王を倒すため、タケルは魔界に乗り込んだ。 ――それから100年。 遂にタケルは大魔王を討伐する事に成功する。 そして彼はエデンへと帰還した。 「さあ、帰ろう」 だが余りに時間が立ちすぎていた為に、タケルの事を覚えている者はいない。 それでも彼は満足していた。 何故なら、コーガス家を守れたからだ。 そう思っていたのだが…… 「コーガス家が没落!?そんな馬鹿な!?」 これは世界を救った勇者が、かつて自分を拾い温かく育ててくれた没落した侯爵家をチートな能力で再興させる物語である。

処理中です...