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第2章 だだ、生きているだけなのに……
怖がりどうし
しおりを挟む「ちょっ……サーシャ!?」
カレンが目を白黒させて名を呼んでくるが、サーシャは後ろを振り向かずにキリハの方へと歩を進めた。
近づいてくる人間の気配に気付いたらしく、ドラゴンたちが目を開いてこちらを向いた。
サーシャはそれに合わせて足を止める。
「キリハに毛布をかけてあげたいの。近くに行ってもいい?」
ドラゴンたちを刺激しないよう、穏やかな口調で問いかけた。
声は震えていなかったと思う。
大丈夫。
きっと大丈夫。
何度も自分に言い聞かせた。
大丈夫。
自分はキリハを信じている。
だからきっと、キリハが信じているこのドラゴンたちのことだって信じられる。
………………
先に動きを見せたのは、大きなドラゴンの方だった。
彼は何かを見定めるようにこちらをじっと見つめ、ふとした拍子に視線を逸らすと、首を丸めて眠る姿勢を取った。
「いいの?」
おそるおそる訊ねると、ドラゴンは一度目を開き、好きにしろと言わんばかりに無関心を装って目を閉じる。
そんな仲間の態度に安心したのか、小さいドラゴンの方も警戒心を解いて楽な姿勢に戻った。
「ありがとう。」
こんなにあっさりと近づくことを許してくれるとは思わなかったので驚いたが、サーシャは淡く微笑んで礼を言う。
ゆっくりとキリハに近寄って、規則正しく上下する肩にそっと毛布をかける。
「………」
そのまましばらく、サーシャはキリハのことを見つめた。
さらさらと柔らかな髪。
長い睫毛。
まだ少し幼さが残る顔立ち。
普段の底なしの体力からは想像できないくらい細い体。
思えば、こうしてキリハの容姿をまじまじと見るのは初めてかもしれない。
そんなことを思いながら、サーシャは優しくキリハの頬に触れた。
滑らせるように頬の輪郭をなぞり、髪を一束すくってみる。
キリハは一向に起きる気配がない。
きっと、相当疲れが溜まっているのだろう。
それでも、毎朝誰よりも早く起きてドラゴンたちの元へ通っているのだから、その努力は称賛に価すると思う。
「ごめんね。何も、助けてあげられなくて。」
あっという間に空気に溶けて消える声。
次の瞬間、サーシャの肩が小さく震えた。
自分の不甲斐なさが身に沁みる。
こんな時に、好きな人と一緒になって戦ってあげることもできないなんて。
怖いからといって、立ち止まって後ろばかり見ていては何も始まらない。
キリハと出会って、それを教えてもらった。
だから少しでも自分を変えていこうと、少しずつでも前に進もうと、自分なりに意識してきたつもりだった。
でも、人間はそう簡単に変われない。
結局臆病な自分は、こんな時も臆病なままで。
「……泣いちゃ、だめ。」
あふれそうになる涙を、ぐっとこらえる。
自分よりつらいはずのキリハが、泣かずに頑張っているのだ。
ここは、自分が泣くような場面じゃない。
―――……きゅるる…
ふと、そんな高めの鳴き声が耳朶を打った。
目を向けると、キリハに抱かれている小さなドラゴンがこちらの様子を窺っていた。
その子はこちらと目が合うと、少し怯えたように首を引っ込めたが、上目遣いでこちらのことを見ては、か細い鳴き声をあげている。
その様は、まるで……
「心配してくれてるの?」
訊ねると、ドラゴンはまた小さく鳴いた。
(本当に、怖くないのかな…?)
胸の中に、今までは考えたこともなかった気持ちが生まれる。
今まで、ドラゴンは無条件に怖いんだと思っていた。
でもそれが、本当は違うのだとしたら?
思えばキリハは、初めからドラゴンに対して恐怖を抱いているようには見えなかった。
そして、ドラゴンが危険じゃないというキリハの訴えが、カレンはなんとなく本当のことだと分かるのだと言う。
サーシャはじっとドラゴンを見つめた。
キリハもカレンも、あんなことを言うのだ。
もしかしたら自分は、目先の恐怖にだけ捕らわれて、大事なものを見落としているのではないか。
ドラゴンへの恐怖に疑問を持った頭は、ごく自然にそんなことを考えた。
自分を見つめる青い瞳。
そこに見えるのは何?
自分と同じ―――目の前にいる相手に怯えている光じゃないか。
(この子は、私のことが怖いんだ……)
そのことに思い至った瞬間、腕が勝手に動いていた。
焦れったくなるほどゆっくりと、自分の手はドラゴンに近づいていく。
それに応えるように、ドラゴンの方も首を伸ばしてきた。
互いに時々躊躇いながら、馬鹿みたいに時間をかけて距離を縮めていく。
あと一歩のところでまた躊躇って、ようやくドラゴンの頭に触れた。
冷たい鱗の感触。
でも、直に触れたところからは微かな震えが伝わってきて―――
「ふふっ…」
気付けば、笑みが零れていた。
「あなた、私とおんなじで怖がりなんだね。」
近づいてみようとしても怖くて、いざ触れ合ってみてもやっぱり怖くて。
今だって、もう大丈夫だと分かるのに、やっぱりどこかで怯えている。
お互いに怖がりで臆病だ。
サーシャは優しくドラゴンの頭をなでてやる。
近づきすぎず、遠ざかりすぎず、一定の距離感を保ったまま。
すると、どことなく嬉しそうに目を細めたドラゴンがずいっと頭をすり寄せてきた。
「きゃっ…」
ちょっとだけびっくりしたが、サーシャは全身を使ってドラゴンの頭を受け止める。
「ふふ…。なんか、分かるなぁ。あなたがキリハのことを大好きな理由。」
キリハは相手の心に寄り添うのがとても上手い。
相手のいいところも悪いところも引き出して、それで全てを受け入れてくれる。
そして彼自身も、裏表のない無邪気な態度で接してくれる。
だから、キリハの傍にいるのは心地よくてほっとする。
キリハの前では、無理のない等身大の自分でいられるから。
「ありがとう。」
サーシャはドラゴンを抱く腕に力を込める。
こうして笑えることと自分が竜使いであることが関係しているかは分からないし、そもそも自分の中に、本当にドラゴンの血が流れているのかなんて分からないけど。
それでも、今こうして触れ合っているドラゴンが、自分に危害を加えてくるような存在ではないことは伝わってくる。
「キリハのこと……お願いね。」
最後にそう伝えて、サーシャはゆっくりとその場を立ち上がった。
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