竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 《焔乱舞》の静まり

沈黙の理由

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 ターニャたちからの報告によると、ドラゴンたちはロッカ森林の中央付近で降下を始めたとのことだ。


 ロッカ森林付近に車を停め、キリハたちは深い森の中を分け入った。


 さすがにこんな森の中となると、無線が繋がりにくい。
 念入りに動きをすり合わせ、どんな事態にも対応できるように陣営を組む。


 そして、森に入ってから一時間後。
 キリハたちは、二匹のドラゴンとじっと対峙していた。


 今のところ、状況は膠着こうちゃくしたまま動かない。
 こちらが先手を取るよりも先に、ドラゴンたちに接近を気付かれてしまったのである。


 大きいドラゴンの方はともかく、翼を傷つけられた小さいドラゴンの警戒は、生半可なものではなかった。
 こちらも安全面から迂闊うかつに手を出せず、そのまま睨み合いにもつれ込んでしまっていた。


「―――キリハ。」


 ディアラントが微かに口を開く。


「いつまでもこれじゃ、らちが明かない。ドラゴンの戦意をくじけるか?」


 みなまで言われずとも、ディアラントが何を求めているのかは明らか。
 キリハは無言で頷き、右手をゆっくりと《焔乱舞》にかけた。


 しかし。


「……え?」


 予期せぬ事態に、キリハは目をまたたかせる。


「どうした?」


 異変を察知したディアラントが、ドラゴンから目を逸らさないまま訊ねてくる。
 キリハはそれには答えず、そろそろと右手で握る《焔乱舞》 を見下ろした。




ほむらが……動かない…?)




 信じられない思いで、右手に再度力を込める。
 でも、結果は同じ。


 いつもは自分を振り回す勢いで存在を主張するはずの《焔乱舞》が、今は完全に沈黙しているのだ。


 初めての出来事に戸惑いを隠せず、キリハは顔を上げてドラゴンたちを見つめた。


 小さいドラゴンは、牙を剥き出しにして臨戦体勢。
 その奥では大きいドラゴンが、まるで小さいドラゴンを見守るように鎮座している。


(あれ…?)


 そこで、キリハは初めて違和感に気付いた。


(もしかして……)


 脳裏にひらめいた可能性。
 それを、キリハは直感で信じることにした。


「キリハ?」


 いつまでも動かないキリハに、ディアラントが再度声をかける。
 その隣で、ぐっと奥歯を噛んだキリハは―――




 静かに、《焔乱舞》から手を離した。




「はっ!?」


 目を剥くディアラントの前で、キリハは次の行動に移る。
 《焔乱舞》を構えない丸腰のままで、ドラゴンたちに近づき始めたのだ。


「キリハ!? ストップ!!」
「何してるんだ!? 戻ってこい、馬鹿!!」


 ディアラントとルカが叫ぶが、キリハはそれを一切聞かなかった。


 一歩ずつ、ゆっくりとドラゴンに近づく。
 それにつれて小さいドラゴンのうなり声はより低く、より大きくなっていく。


 手を伸ばせば触れられるほどまで近づいたところで歩みを止め、キリハは目の前にいるドラゴンたちの様子を、無言で観察した。


 もしかすると、幼いドラゴンなのだろうか。
 今まで討伐してきたドラゴンと比べると、かなり小さい。
 首下からの胴体は、三メートルもないと思う。


 傷つけられた翼を震わせてその場でせわしなく足踏みをするドラゴンは、こちらを威嚇している一方で、こちらに怯えているようにも見えた。


 キリハは次に、大きいドラゴンの方に目を向ける。


 小さいドラゴンとは対照的に、大きいドラゴンにはこちらを警戒する素振りがなかった。
 こちらをじっと見つめるアイスブルーの瞳は、ただ穏やかだ。


「やっぱり……」


 推測が確信に変わる。


「キリハ!!」


 その時、ディアラントの上ずった叫び声が耳朶じだを打つ。
 それにハッとして意識を小さいドラゴンに戻すと、鋭い爪がもう眼前にまで迫ってきていた。


「―――っ!?」


 とっさに足を引いて顔をかばう。
 その直後にざくりと嫌な音がして、右手で熱が爆発した。


「つっ…」


 キリハは手を押さえて後退する。
 ドラゴンの爪がかすった手のひらから、あっという間に血があふれて、地面に赤い点をいくつも作っていく。
 熱を伴った痛みに顔をしかめていると、背後で剣を抜く気配がした。


 周囲に走る緊迫。
 このままでは、この辺りは悲惨な景色に変わり果ててしまう。
 それだけはけなければ。


「だめ!!」


 キリハはくるりと振り返ってディアラントたちに向き合うと、ドラゴンをかばうように両手を広げた。


「キリハ!? ドラゴンに背中を向けるな!」
「みんな、この子たちを攻撃しちゃだめ!!」


 顔を青くするディアラントに対し、キリハは負けじと声を張る。
 そして、剣を構えようとする皆にこう言い放った。




「この子たち、壊れてない!」



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