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第6章 伝説と謳われる男
情報部総指令長
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休みなのにわざわざ制服に着替えたディアラントについて向かった先は、情報部総指令長室。
「ふぉふぉふぉ。君が噂の、ディアラントの隠し子かね。ようやく会えたわい。」
大きな椅子に腰かけて豊かな白髭をさすりながら、まるでサンタクロースのような彼は穏やかそうに目元を和ませた。
「ケンゼル総指令長、勘弁してくださいよー。今回だけですからね?」
さりげなくキリハを自分の背中に隠し、ディアラントはそう苦言を呈した。
「のう? ずっとこんな感じで、お前さんに会うことを許してくれなくてのう。やっと会えたんじゃ。ちょっとこっちに来て、この老いぼれの話し相手になってくれんかの?」
まるで犬や猫にでも接するように、ケンゼルはキリハにちょいちょいと手招きをする。
「だから、だめですって!」
途端にディアラントが、大袈裟な仕草でキリハとケンゼルの直線上に入り、両手を広げて通せんぼ。
徹底したガードに、ケンゼルが不満そうに眉を上げた。
「何故じゃ! 子供を可愛がりたい老人の気持ちを、なんと心得る!」
「そんなこと言って、キリハを餌にして何を企む気ですか!? キリハを総指令長の毒牙にかけるわけにはいきません!」
確信に満ちた表情のディアラント。
対するケンゼルは、心外だと言わんばかりに目を見開いた。
「毒牙とは失礼な! わしは純粋に、若者と戯れたいだけじゃ!!」
「はいはい。それなら、オレがお相手しますから。」
「お前さんは転がしがいがないからつまらん。」
「ほら言ったぁ!!」
さらりと本音を零すケンゼルを指差し、ディアラントはそう喚く。
なんだろう。
まるで、レイミヤのおじいちゃんやおばあちゃんとでも話しているかのような雰囲気だ。
連れていかれたのが総指令長室なんて所だったので、少し警戒していたのだけど……
想像とは全く違う雰囲気に拍子抜けしてしまい、キリハはパチパチと瞼を叩くしかなかった。
「それより、早く話を済ませてくださいよ。オレは報告書があるんです。」
「ふん、自業自得のくせに生意気を。まあ、ええわい。後で迎えの車をやるから、用意しとくんじゃぞ。」
「うへー…。オレのことはつまらんとか言ったくせに、やっぱお相手しなきゃいけないんですかー?」
「別に、そっちの可愛い方を寄越してくれれば、お前さんになど用はないぞ?」
「オレが行きます。」
一瞬で文句を取り下げたディアラントが、いっそ潔い態度で即座に言い切る。
それに、ケンゼルはふんと鼻を鳴らした。
「お前さんの、そういう迷わないところは気に入っておるぞ。つまらんがな。」
「あ、二回目!」
「はて、そうじゃったかの? ところで……」
ディアラントの抗議をさらりと流し、ケンゼルは机の上に山積みになっている書類の束を叩いた。
「これ、なんだと思うかね?」
「知りません。」
考えるように小首を傾げるキリハの傍で、間髪入れずにディアラントが答えた。
「まったく…。これだから、お前さんはつまらんと言うのじゃ。」
「考えても意味ないことは考えないんですー。」
なんともディアラントらしい答えだ。
こんな場所でも揺るがないディアラントに、キリハは思わず小さく噴き出してしまった。
ケンゼルは眉根を寄せながらも、こほんと一つ咳払いをして再び書類を叩く。
「これは各方面から提出された、国家民間親善大会の本決勝戦を希望する署名じゃよ。お前さん方の昨日の見世物のせいで、ここまで増えてしもうた。」
「へ…? それ、全部?」
ディアラントの後ろから少しだけ身を乗り出して、キリハがぎょっとして息を飲む。
すると。
「そうなんじゃよ~。おかげで、わしの机はこのとおりじゃ。仕事もできん。報告によると、今も至る所で署名運動が行われているという話じゃ。」
「じゃあ、まだ増えるの…?」
「夜になる頃には、机どころか部屋が署名で埋まるかもしれんのう……」
何故か口調を上機嫌にして、ケンゼルはやれやれと息を吐いた。
「そこで、じゃ。」
まっすぐにキリハとディアラントを見つめるケンゼル。
「さすがに、これだけの声を無視することはできん。大会運営委員会の委員長としては、国民の期待に応えてやりたいのじゃ。今日呼び出したのは他でもない。本決勝戦に駒を進めているお前さんたちの意思を確認しておきたい。」
「………っ!」
キリハは唇を噛む。
胸が一気に冷える思いだった。
ドラゴンの出現を喜ぶわけではないが、結果的にそれで本決勝戦を行うことなくディアラントの優勝が決まったことに、心底ほっとしている自分がいた。
こちらとしてはありがたい結末に落ち着いているというのに、余計なことをしないでほしい。
脳裏にちらつくのは、〝嫌だ〟という答え。
しかし。
「いいですよ。」
ディアラントは、あっさりと頷いてしまった。
「……へっ!?」
キリハは驚いてディアラントを見上げる。
「ほう…。そっちの弟子の方もかなりの手練れだが、それでも負けるつもりはないと?」
ケンゼルはディアラントを試すように目元を細めた。
「はい。弟子に負けるようじゃ、師匠失格ですから。まあ……ちょっとやそっとじゃ、決着はつかないと思いますけどね。」
ディアラントは澱みなく言い、次に隣で不安げな表情をするキリハの頭を力強く掻き回した。
「心配すんなって。オレを信じろ。な?」
ディアラントは笑う。
それは、レイミヤで見ていた笑顔と全く変わらない表情。
ディアラントにとっては、この程度のことなど壁でもなんでもないのだ。
それを知るには十分だった。
「…………ディア兄ちゃんが、そう言うなら……」
渋々、キリハは頷く。
不安は尽きないが、ディアラントがそう言うなら仕方ない。
信じろと言われてしまえば、自分は信じるしかない。
「決まりじゃな。」
ケンゼルはゆっくりと立ち上がり、キリハとディアラントの傍まで歩みを進めた。
そしてしわだらけの手を伸ばし、二人の手を持って優しく握る。
「大会運営委員会の委員長として、お前さん方には期待しておるぞ。派手に暴れるのが若者の仕事じゃ。」
そこに広がるのは自分を優しく、そして温かく包んでくれるような、そんな穏やかな表情だった。
「総指令長……」
「時に―――」
ディアラントの言葉を遮るように、ケンゼルが口調を変えたのはその時。
彼はキリハたちの手を離したかと思うと、今度は両手でキリハの手を握ってずいっと身を寄せた。
「やっぱり、ディアラントよりもこっちが可愛いのう~。今時こんな子供も珍しい。キリハ、今日と明日は休みなのじゃろう? どうじゃ? 飛行機を手配するから、この後わしの別荘にでも遊びにこんかね?」
「あーっ! 油断すると、すぐこれだ!」
表情筋を完全に緩めているケンゼルにディアラントが叫び、すぐにキリハの肩を掴んでケンゼルから引き剥がす。
「なんじゃ! わしはただ、キリハと親睦を深めたいだけだというのに!」
「だから、下心が丸見えなんですってば! そんなに寂しいなら、お孫さんかジョー先輩でも誘えばいいでしょう!」
「孫やあいつは、ここまで素直じゃないんじゃ。万年反抗期みたいに、つーんとしてばかりで。」
「そりゃ、総指令長の教えをバッチリとものにしてる証拠ですよ。それか、その変態的な子供好きに引かれたんです。」
ディアラントが容赦ない毒舌を放つ。
その瞬間、ケンゼルがくわっと目を見開いた。
「変態じゃと!? うむむ、やはりお前さんは可愛くない! 老人のやわな心を、ちっとも分かっとらん!」
「やわぁ? 心臓に毛が生えてるの間違いなんじゃないですか? あと百年は余裕で生きられるでしょうに。」
「お前さんは、本当に言葉を選ぶことを知らん奴じゃな! 今夜は覚悟せい。人の心がなんたるかを、とことん語ってやる。」
「うっわ、人の心を弄ぶ人間代表がなんか言ってますよ。……ってか、可愛くないだのつまらんだの言いながら、オレに絡んでくる総指令長の心が一番分かりません。あと、無駄話をしている暇もないんで帰ります!」
くるりとキリハの体をケンゼルから背け、ディアラントは強引に話を切り上げた。
戸惑うキリハの背中をぐいぐいと押してドアに向かう彼は、いつものようにふざけながらも、部屋を出る最後までケンゼルを警戒していた。
「ふぉふぉふぉ。君が噂の、ディアラントの隠し子かね。ようやく会えたわい。」
大きな椅子に腰かけて豊かな白髭をさすりながら、まるでサンタクロースのような彼は穏やかそうに目元を和ませた。
「ケンゼル総指令長、勘弁してくださいよー。今回だけですからね?」
さりげなくキリハを自分の背中に隠し、ディアラントはそう苦言を呈した。
「のう? ずっとこんな感じで、お前さんに会うことを許してくれなくてのう。やっと会えたんじゃ。ちょっとこっちに来て、この老いぼれの話し相手になってくれんかの?」
まるで犬や猫にでも接するように、ケンゼルはキリハにちょいちょいと手招きをする。
「だから、だめですって!」
途端にディアラントが、大袈裟な仕草でキリハとケンゼルの直線上に入り、両手を広げて通せんぼ。
徹底したガードに、ケンゼルが不満そうに眉を上げた。
「何故じゃ! 子供を可愛がりたい老人の気持ちを、なんと心得る!」
「そんなこと言って、キリハを餌にして何を企む気ですか!? キリハを総指令長の毒牙にかけるわけにはいきません!」
確信に満ちた表情のディアラント。
対するケンゼルは、心外だと言わんばかりに目を見開いた。
「毒牙とは失礼な! わしは純粋に、若者と戯れたいだけじゃ!!」
「はいはい。それなら、オレがお相手しますから。」
「お前さんは転がしがいがないからつまらん。」
「ほら言ったぁ!!」
さらりと本音を零すケンゼルを指差し、ディアラントはそう喚く。
なんだろう。
まるで、レイミヤのおじいちゃんやおばあちゃんとでも話しているかのような雰囲気だ。
連れていかれたのが総指令長室なんて所だったので、少し警戒していたのだけど……
想像とは全く違う雰囲気に拍子抜けしてしまい、キリハはパチパチと瞼を叩くしかなかった。
「それより、早く話を済ませてくださいよ。オレは報告書があるんです。」
「ふん、自業自得のくせに生意気を。まあ、ええわい。後で迎えの車をやるから、用意しとくんじゃぞ。」
「うへー…。オレのことはつまらんとか言ったくせに、やっぱお相手しなきゃいけないんですかー?」
「別に、そっちの可愛い方を寄越してくれれば、お前さんになど用はないぞ?」
「オレが行きます。」
一瞬で文句を取り下げたディアラントが、いっそ潔い態度で即座に言い切る。
それに、ケンゼルはふんと鼻を鳴らした。
「お前さんの、そういう迷わないところは気に入っておるぞ。つまらんがな。」
「あ、二回目!」
「はて、そうじゃったかの? ところで……」
ディアラントの抗議をさらりと流し、ケンゼルは机の上に山積みになっている書類の束を叩いた。
「これ、なんだと思うかね?」
「知りません。」
考えるように小首を傾げるキリハの傍で、間髪入れずにディアラントが答えた。
「まったく…。これだから、お前さんはつまらんと言うのじゃ。」
「考えても意味ないことは考えないんですー。」
なんともディアラントらしい答えだ。
こんな場所でも揺るがないディアラントに、キリハは思わず小さく噴き出してしまった。
ケンゼルは眉根を寄せながらも、こほんと一つ咳払いをして再び書類を叩く。
「これは各方面から提出された、国家民間親善大会の本決勝戦を希望する署名じゃよ。お前さん方の昨日の見世物のせいで、ここまで増えてしもうた。」
「へ…? それ、全部?」
ディアラントの後ろから少しだけ身を乗り出して、キリハがぎょっとして息を飲む。
すると。
「そうなんじゃよ~。おかげで、わしの机はこのとおりじゃ。仕事もできん。報告によると、今も至る所で署名運動が行われているという話じゃ。」
「じゃあ、まだ増えるの…?」
「夜になる頃には、机どころか部屋が署名で埋まるかもしれんのう……」
何故か口調を上機嫌にして、ケンゼルはやれやれと息を吐いた。
「そこで、じゃ。」
まっすぐにキリハとディアラントを見つめるケンゼル。
「さすがに、これだけの声を無視することはできん。大会運営委員会の委員長としては、国民の期待に応えてやりたいのじゃ。今日呼び出したのは他でもない。本決勝戦に駒を進めているお前さんたちの意思を確認しておきたい。」
「………っ!」
キリハは唇を噛む。
胸が一気に冷える思いだった。
ドラゴンの出現を喜ぶわけではないが、結果的にそれで本決勝戦を行うことなくディアラントの優勝が決まったことに、心底ほっとしている自分がいた。
こちらとしてはありがたい結末に落ち着いているというのに、余計なことをしないでほしい。
脳裏にちらつくのは、〝嫌だ〟という答え。
しかし。
「いいですよ。」
ディアラントは、あっさりと頷いてしまった。
「……へっ!?」
キリハは驚いてディアラントを見上げる。
「ほう…。そっちの弟子の方もかなりの手練れだが、それでも負けるつもりはないと?」
ケンゼルはディアラントを試すように目元を細めた。
「はい。弟子に負けるようじゃ、師匠失格ですから。まあ……ちょっとやそっとじゃ、決着はつかないと思いますけどね。」
ディアラントは澱みなく言い、次に隣で不安げな表情をするキリハの頭を力強く掻き回した。
「心配すんなって。オレを信じろ。な?」
ディアラントは笑う。
それは、レイミヤで見ていた笑顔と全く変わらない表情。
ディアラントにとっては、この程度のことなど壁でもなんでもないのだ。
それを知るには十分だった。
「…………ディア兄ちゃんが、そう言うなら……」
渋々、キリハは頷く。
不安は尽きないが、ディアラントがそう言うなら仕方ない。
信じろと言われてしまえば、自分は信じるしかない。
「決まりじゃな。」
ケンゼルはゆっくりと立ち上がり、キリハとディアラントの傍まで歩みを進めた。
そしてしわだらけの手を伸ばし、二人の手を持って優しく握る。
「大会運営委員会の委員長として、お前さん方には期待しておるぞ。派手に暴れるのが若者の仕事じゃ。」
そこに広がるのは自分を優しく、そして温かく包んでくれるような、そんな穏やかな表情だった。
「総指令長……」
「時に―――」
ディアラントの言葉を遮るように、ケンゼルが口調を変えたのはその時。
彼はキリハたちの手を離したかと思うと、今度は両手でキリハの手を握ってずいっと身を寄せた。
「やっぱり、ディアラントよりもこっちが可愛いのう~。今時こんな子供も珍しい。キリハ、今日と明日は休みなのじゃろう? どうじゃ? 飛行機を手配するから、この後わしの別荘にでも遊びにこんかね?」
「あーっ! 油断すると、すぐこれだ!」
表情筋を完全に緩めているケンゼルにディアラントが叫び、すぐにキリハの肩を掴んでケンゼルから引き剥がす。
「なんじゃ! わしはただ、キリハと親睦を深めたいだけだというのに!」
「だから、下心が丸見えなんですってば! そんなに寂しいなら、お孫さんかジョー先輩でも誘えばいいでしょう!」
「孫やあいつは、ここまで素直じゃないんじゃ。万年反抗期みたいに、つーんとしてばかりで。」
「そりゃ、総指令長の教えをバッチリとものにしてる証拠ですよ。それか、その変態的な子供好きに引かれたんです。」
ディアラントが容赦ない毒舌を放つ。
その瞬間、ケンゼルがくわっと目を見開いた。
「変態じゃと!? うむむ、やはりお前さんは可愛くない! 老人のやわな心を、ちっとも分かっとらん!」
「やわぁ? 心臓に毛が生えてるの間違いなんじゃないですか? あと百年は余裕で生きられるでしょうに。」
「お前さんは、本当に言葉を選ぶことを知らん奴じゃな! 今夜は覚悟せい。人の心がなんたるかを、とことん語ってやる。」
「うっわ、人の心を弄ぶ人間代表がなんか言ってますよ。……ってか、可愛くないだのつまらんだの言いながら、オレに絡んでくる総指令長の心が一番分かりません。あと、無駄話をしている暇もないんで帰ります!」
くるりとキリハの体をケンゼルから背け、ディアラントは強引に話を切り上げた。
戸惑うキリハの背中をぐいぐいと押してドアに向かう彼は、いつものようにふざけながらも、部屋を出る最後までケンゼルを警戒していた。
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