竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
151 / 598
第5章 人々の裏表

師匠の相棒

しおりを挟む
 太陽の下に出た瞬間、四方八方から襲いくる騒音レベルの歓声。
 思わず耳を塞ぎたくなったが、なんとか顔をしかめる程度で不快感を抑える。


「よう。しけた顔してんな。もうちょっと、出てくるのを渋るかと思ったぜ?」


 盛り上がる観客たちを見ないように地面を見つめていると、前方から親しげに声をかけられる。


「そりゃあ、大会が始まってから、一度も本気を出せてないからね。鬱憤うっぷんも溜まるって。」


 顔を上げ、キリハは目の前に立つミゲルに苦笑を向けた。


 Bブロックの決勝戦。
 自分の対戦相手はミゲルだ。


「まさか、ミゲルまで手抜きはしないよね?」


 冗談めかして訊ねる。


「そういう交渉はあったぜ?」


 こちらの口調に合わせるように、ミゲルもまた軽い口調で裏工作があったことを認めた。


「もちろん、追い返してやったけどな。」


 にかっと笑うミゲル。


「自慢じゃねぇが、おれはディアの右腕兼相棒なもんで。おれの人生をぶち壊してくれた恩人を裏切る予定は、どこにもねぇよ。」


「それでドラゴン部隊に飛ばされたんだ?」


 言ってやるとミゲルは一瞬固まり、すぐに事情を察した顔をした。


「ははぁ…? ジョーの奴がしゃべりやがったな。」
「当たり。」


 いつもどおりのミゲルの様子に、キリハは肩の力を抜いて体勢を整えることにした。


「じゃあ悪いけど、ちょっと憂さ晴らしに付き合ってよ。」


 あえて剣は抜かず、キリハは半身でミゲルにすごみを帯びた視線を向ける。


「おう。どっからでもかかってこい。……って、仕掛けるのはおれの方だけどな。」
「あはは、確かに。」


 互いに笑い合ったところで、試合開始を予告する低いブザー音が鳴り響いた。


 それで、双方から笑顔が消える。
 一瞬の内に五感を切り替え、互いの姿しか見えなくなるレベルまで集中力を高める。


 そして。


 甲高い試合開始の合図と共に、ミゲルの足が地から浮く。
 これまでの対戦相手たちとは格段に違う身のこなしと、そのスピード。


 容赦なしに迫るミゲルに対し、一向に剣を抜かないキリハ。
 その異様な様子に、観客たちが動揺して固唾かたずを飲む。


 微かに悲鳴も飛び交う中、じっとミゲルを見つめていたキリハは……


 ―――にっ


 わずかに口の端を上げた。


 最大限の速度を出しながらも、最小限の動きで繰り出されるミゲルの初撃。
 そのタイミングを完全に見切っていたキリハは、目にも止まらぬ速さで剣を抜いてミゲルのそれを受けた。


 それと同時にミゲルの体に沿うように身を回転させながら彼の背後に回り、スキップするような軽い足取りで彼から距離を置く。


「さすがはキー坊だな。おれも、ギリギリまで踏ん張ったつもりなんだが。」


 特に悔しげというわけでもなく、ミゲルはからりと笑って再び剣を構える。
 そんなミゲルに、キリハも楽しそうな笑い声をあげながら彼との距離を調整した。


「えへへ。半分は勘だったけどね。」
「正確すぎんぞ。その勘!」


 おしゃべりもほどほどに、ミゲルは先ほどとは違って、細かなフェイントをかけながら次々と剣を繰り出してくる。


 すごく柔軟な剣だ。
 抱いた感想はそれだった。


 ミゲルの動きには決まった型がない。


 こちらの動作、自分の力の入り具合、風向きなどの微かな環境の変化。
 それらに合わせて、彼の動きはころころと変わる。
 まばたき一つの間に動きの方向性が変わることもしばしばだ。


 どうりで去年の本決勝まで進んだわけだ。
 これは、さすがの流風剣でもそう簡単にはぎょしきれない。


「お前……ディアとは全然違う剣筋してんな。ちょっと、研究が足りなかったか…っ」


 計算外だったのか、ミゲルの表情に少しの険しさが混じった。


「へえー。それに気付いたのは、フール以外ではミゲルが初めてかも! ってか、俺のこと研究してたんだ?」
「そりゃ、あのディアの愛弟子だからな。そう簡単には負けたくねぇし、それなりに見させてもらってたぜ。」


 ミゲルの攻撃を圧巻の早さでさばいていたキリハは、右下から迫ったミゲルの剣を真正面から受け、その反動を利用して大きく背後に跳躍した。


「まったく、ムカつくくらい涼しい顔してんな。こうなるんだったら、普段からもっと手合わせしとくんだったぜ。」
「それはお互い様じゃないの。」


 汗を拭うミゲルに、キリハは無邪気に笑って肩をすくめてみせる。


 普段は味方として共に剣を振っているので、こうして敵に回った時の動きは熟知していない。
 それはミゲルだけではなく、こちらも同じ条件だ。


「天才に育てられた天才と一緒にするなっての。」


 言葉を交わしながらも、ミゲルとキリハは互いの一挙一動に細心の注意を払う。


 さて。
 憂さ晴らしと言ったのだから、ここは自分も全力で楽しまないと損だ。


 キリハは剣を下ろしたまま羽のように一歩、二歩と歩みを進めた。
 そして次の瞬間、ミゲルのそれを遥かに上回るスピードで一気に彼との距離を詰める。


「!!」


 驚きながらも、ミゲルはすぐに迎撃体勢を整える。


 彼の半歩前で足を止め、あえて攻撃を加えずに右前へと跳躍。
 背後にすかさず迫ってきた剣を見ないまま受け流しつつ、ころりと地面を転がって着地すると、曲げた膝を思いきり伸ばして下からミゲルの懐を狙いにいく。


 その攻撃は、間一髪のところでミゲルの剣に受け止められてしまったが、そこには深くこだわらない。
 つばり合いに持ち込まれる前に素早く身を翻し、ミゲルの力を自分の後ろへと逃がす。


「……ったく。お前は猿か!?」


 華麗に宙で一回転してみせたキリハに、さすがに仰天した様子のミゲルが声を裏返した。


「正直、すばしっこさならディア兄ちゃんより上だと思ってる。」


 楽しそうに笑うキリハは、ディアラントを彷彿とさせるようなおどけた口調でそんなことを言う。


 怪我で二ヶ月ほど動けなかったせいで、これでも以前と比べると、少し動きがにぶくなってしまっているのだ。
 なんとかここまで体力を戻したものの、まだまだ自分が納得できる動きはできていないのが現状である。


「敵に回るとめんどくせぇな……」


 ぼやくミゲル。


 彼はおそらく、これからの動きに悩んでいるのだろう。


 自分ばかりが攻めては、受けを得意とする流風剣の流れに巻き込まれることになりかねない。
 しかしだからといって、こちらに攻めさせるのも対処に限界があることは、今の流れで十分に知ったはずだ。


 ミゲルが思うところがなんとなく伝わってきて、キリハは嬉しそうに目元をなごませた。


 彼が深く考えているということは、それだけ本気で自分と戦ってくれている何よりの証拠だ。
 これまで受けてきたミゲルの剣にも一切の手加減はなかったし、本気だからこそああやってぼやくのだ。


 キリハは右足を一歩前へ踏み出す。


 さっきは少しミゲルを追い込む目的で動いたのだが、あの動きはミゲルにさばかれてしまうことが分かった。
 柔軟なミゲルには、特に苦手とする攻撃の方向もないようだ。


 大事なのは、攻撃と防御のバランス。
 ミゲルの攻撃を受け流しつつ、彼をこちらの流れに乗せていると勘付かれない程度に、自分からも攻撃をしなければならない。
 それも攻守のリズムを切り替えるタイミングを誤れば、彼をこちらの流れから逃がす要因になってしまう。


 ミゲルと目を合わせた一拍の間に行われる駆け引き。
 結果的に勢いよく走り出したミゲルの攻撃を、キリハは自然体で待ち受けた。


 剣が触れ合い、そして一瞬で離れていく。


 互いの間に、もう会話はない。
 それぞれが互いの動きの身に集中し、その先を読んで先手を打とうと身を躍らせる。


 永遠にも、刹那にも思える時間。
 その中でキリハは少しずつ、それでも確実に流れを引き寄せていた。


 そして。


(―――掴んだ。)


 ミゲルの剣を流した瞬間に得られたのは、確かな手応え。
 キリハはその手応えが訴えるままに腕をひらめかせた。


 直後、時間が静止する。


「―――――………」


 キリハもミゲルも、一切動かない。


 ミゲルの顎を伝っていく汗が、その首元の剣に落ちる。
 ゆっくりと顔を上げてミゲルと目を合わせたキリハは、にっこりと笑った。




「……はは、降参。」




 少しでも動けばその首が切れてしまう状況で、ミゲルはくすりと微笑んで両手を挙げる。
 それを受けて鳴った試合終了と告げるブザー音と共に、それまでしんと静まり返っていた会場が、大音量の拍手喝采に包まれた。


「ありがとう、ミゲル。」


 キリハはそのままの体勢でミゲルに礼を言い、静かにその首から剣を離した。


「おかげで、すっきりした。」


 ミゲルが本気で相手をしてくれたおかげで、ただ剣だけに没頭できる時間を過ごすことができた。
 今までの不愉快な気分が、濃密で充実したこの時間で一気に昇華されたようだ。


「あーあ。やっぱ、ディアが太鼓判すだけあってつえぇな。」


 悔しそうな様子のミゲルは、さっきまで剣が当たっていた首筋をさすっている。


 怪我はさせなかったとはいえ、彼の動きを完全に封じるために限界まで剣を食い込ませたので、もしかしたら少し痛むのかもしれない。


「ごめん、痛かった?」


 少し気になったので近寄って首を覗き込もうとすると、突然伸びてきたミゲルの大きな手に、思い切り髪の毛を掻き回された。


「よせって。そういうのは、裏に引っ込んでからにしろ。」


 どこか気恥ずかしそうに、ミゲルはぐるりと会場内を見渡す。


「ほら。すっげぇ盛り上がりようだ。さっさと引っ込まないと、収集つかなくなる。」


 観客席はなかば混乱状態で、興奮のあまりにフェンスに飛びかかっている人々の姿も見える。
 慌てて駆けつけた警備員が観客を落ち着けようと声を荒げているが、制止の声に耳を貸す者はほとんどいない。


 これはミゲルの言うとおり、自分たちが早々に退散しないとまずそうだ。


「おら、行くぞ。」
「うん。」


 ミゲルに肩を叩かれ、キリハもそれに頷く。
 会場に響く歓声は、キリハたちが去ってからもしばらくは消えることがなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

4層世界の最下層、魔物の森で生き残る~生存率0.1%未満の試練~

TOYA
ファンタジー
~完結済み~ 「この世界のルールはとても残酷だ。10歳の洗礼の試練は避ける事が出来ないんだ」 この世界で大人になるには、10歳で必ず発生する洗礼の試練で生き残らなければならない。 その試練はこの世界の最下層、魔物の巣窟にたった一人で放り出される残酷な内容だった。 生存率は1%未満。大勢の子供たちは成す術も無く魔物に食い殺されて行く中、 生き延び、帰還する為の魔法を覚えなければならない。 だが……魔法には帰還する為の魔法の更に先が存在した。 それに気がついた主人公、ロフルはその先の魔法を習得すべく 帰還せず魔物の巣窟に残り、奮闘する。 いずれ同じこの地獄へと落ちてくる、妹弟を救うために。 ※あらすじは第一章の内容です。 ――― 本作品は小説家になろう様 カクヨム様でも連載しております。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~

愛山雄町
ファンタジー
 エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。  彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。  彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。  しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。  そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。  しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。  更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。  彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。  マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。  彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。 ■■■  あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。 ■■■  小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

処理中です...