竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 駆け巡る悪意

大会前日の語らい

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 それからまた、数日の時が流れた。
 相も変わらず馬鹿らしい妨害が続くも大会準備は順調に進み、本選出場者とトーナメントが公表され、世間は優勝者予想で激しい論争を繰り広げていた。


 そんな世間の注目を浴びているキリハはというと、あの日の宣言どおり、自室にこもって一歩も外へ出ていない。


 それでもちょっかいを出そうとするやからがいたらしいが、それは善意で部屋の見張りに立ってくれている、ドラゴン殲滅部隊の人間によって退けられていた。


 おかげでここ数日、キリハは久々に心穏やかな時間を過ごしていた。
 暇を持て余すことは多いのだが、外に出てまた不愉快な思いをするくらいならと思うと、いくらでも暇に耐えられた。


 そうして時間は過ぎていき、いよいよ大会は翌日。


「キリハー。」


 ドアをノックしながら、ディアラントはキリハの名を呼んだ。
 しばらくの時間を置いて、そのドアがゆっくりと開く。


「ディア兄ちゃん、どうしたの? 明日、もう大会でしょ?」
「うん。だから、キリハと話したくて来たんだけど……なんで、そんな厳戒態勢なんだ?」


 ディアラントは当惑顔をする。


 キリハはチェーンロックをかけた状態のままで、しかもドアの陰に身を半分以上隠していた。
 しきりに周囲の様子を気にしていて、声も極力ひそめているという徹底さだ。
 部屋に入れてくれそうな雰囲気も全くない。


「だって……」


 キリハは表情を曇らせる。


「ミゲルに聞いたでしょ。俺の部屋に盗聴器があったって。一応見つかった分は全部取ってもらったけど、完璧ではないって言われたから。」


 ミゲルが盗聴器を見つけて以来、忠告どおりに部屋に鍵をかけるようにはしているし、基本的に誰も部屋に入れないようにしている。
 とはいえ、やはり部屋を空けている時が多かった自分としては、この部屋がどこまで安全なのかを把握することができないでいた。


 こちらがいくら警戒しても、犯罪まがいの行動に走る人間はいると聞くし、それならばできるだけ向こうに有益な情報が漏れないようにするしかない。


 しかし。


「大丈夫だって。特に美味しい情報をさらす気もないから。」


 ディアラントはドアに手をかけると、ずいっとこちらに詰め寄ってくる。


「入れて?」


 満面の笑みで言われてしまえば、逆らえるはずもなかった。


「しっかし、昔から変わんないな。なんもないじゃん、お前の部屋。」


 くるくると室内を見回し、ディアラントは暢気のんきにそんな感想を述べる。


「そう? 俺としては、十分物があるほうだと思うけど。」
「いやいや、あるのは必要最低限のものだけだから。もうちょっと趣味とか、自分の好きなものに金使えよ?」
「ううーん…。そんなこと言われても……」


 キリハは首をひねる。
 ディアラントの言うことが、いまいちピンとこない。


 そんなキリハの様子に、ディアラントが苦笑を零した。


「ほんと、なんか垢抜けて育っちゃって。ある程度欲も知っとかないと、後々のちのち苦労するぞー。」


 ディアラントがキリハの髪を掻き回すと、キリハは不可解そうに眉を寄せながら、また小首を傾げるだけだった。


「まあ、そんなことはともかく。いよいよ明日だな。」
「……うん。そうだね。」


 改めて口に出されると、ずんっと気分が重くなる。


 大会開催決定から約一月ひとつき半。
 本当に時間が長かった。
 よくも悪くも、密で有意義な時間だったと思う。


 ディアラントが取り計らって、自分のことも取材拒否という扱いにしてくれたし、自分も宮殿の外へは出なかった。
 そのためマスコミの被害を受けることはなかったものの、今回ばかりは別の意味で泣くかと思った。


 いっそ部屋に引きこもったまま、静かに事が終わるのを待っていたい。
 そう思ったところで、大会が始まれば否応なしに注目されてしまうのだろうが。


「ああー、棄権したい。」


 本気で願う。
 しかし、現実がそう甘くあるはずもなく……


「無理無理。絶対に逃がしてくれないって。」


 ディアラントは残酷なまでに爽やかな笑顔を浮かべ、持っていた袋から今日の夕刊を取り出した。


〈今年の決勝は『流風剣』VS『流風剣』!?〉


 開かれたページには、どんな老眼でも読めそうなほど大きな文字で、そんなことが書かれている。


「いつもはお堅い新聞でも、この扱いだもんな。スポーツ紙とかはもっと荒れてるぜ? 原因はオレだけど、ここまで煽られちゃ、棄権なんて許しちゃくれないさ。」


「うう…っ。分かってるけどさ……」


「ま、そんな気に病むなって。大会が始まっちまえば、試合で本気出したって怒られないんだし、ここ最近の恨みを晴らしてこいよ。キリハと当たった奴は不運だけどなー。」


 肩を叩いてくるディアラントには、危機感といったたぐいのものは一切ない。
 これだからミゲルに、もう少し真面目になれと怒られるのだ。


「恨みを晴らしてこいって簡単に言うけどさ、俺が本気を出したら向こうが死んじゃうって。」


 いくら猛者もさぞろいの大会とはいえ、訓練ばかりの宮殿関係者と違って、こちらは実践経験を積んでいるのだ。
 ドラゴン討伐が始まってからというもの、宮殿での訓練に物足りなさを感じている自分がいるくらい。
 そんな自分が本気を出そうものなら、会場は一瞬で悲鳴の大合唱だ。


「確かに。お前、ちょっと見ない間に、相手の動きを見る目が結構変わったもんな。じゃ、本気はオレとの決勝まで取っといて。」


「俺が決勝まで進むこと確定なんだ。」
「ん? そうだろ?」


 ディアラントの態度に、疑うという素振りは皆無。
 まあ自分も、決勝くらいになら簡単に進めるだろうと思っているので、あながちこの態度が変というわけでもないのだが。


「……ディア兄ちゃんはさ、なんでこんな意味分かんない勝負をしてんの?」


 思いきってディアラントに訊ねてみる。
 それは、部屋から出ることをやめて落ち着いて過ごせるようになってから、ずっと疑問に思っていたことだった。


 ディアラントがドラゴン殲滅部隊の隊長になった経緯と、大会で勝ち続けなければならない理由は聞いた。


 しかし、ディアラントが何故ここまでこの勝負にこだわっているのか。
 それが全く分からないのだ。


 自分が知っているディアラントは、何かに固執するような性格ではなかった。
 そして今の彼を見ていても、特に彼が権力を欲しているという感じはしない。


 ディアラントが宮殿に身を置き続けようと思うのは、一体どうしてなのだろう。


 それが、自分の中で最大の疑問だった。


「んー…。ま、なんか引っ込みがつかなくなっちゃったってのが、理由の一個かな。思い切り舐められてるって分かったら、じゃあその鼻っ柱をへし折ってやろうって思うじゃん? 本当の実力ってのは、いくら隠してたってどこかに見え隠れするもんなんだ。そんなのも見抜けないようで、何が国防軍総督部なんだかね~。」


 もしかしたらこの会話を聞かれているかもしれないというのに、ものすごい堂々とした口調だ。


 誰も彼もが、権力や金で動くわけではない。
 権力に全く怯えていないディアラントを見ていると、あの時ジェラルドたちに叩きつけた自分の言葉が正しかったのだと自信を持てる。


 キリハは微笑み、ディアラントの言葉の続きを待った。


「それに、ここまで先輩たちに支えられてて、今さら逃げることはできないしな。知ってるか? ミゲル先輩とジョー先輩って、大学時代は〝覇王〟と〝君子〟って呼ばれて、別格視されてたくらいの実力者なんだぜ?」


「へ? そうなの?」


 思わぬ二人の過去に少し驚き、すぐにその評価に納得がいった。


 確かにミゲルとジョーは、ドラゴン殲滅部隊の中でも実力が頭二つ分ほど飛び抜けている。
 去年の大会も、この二人が二位と三位だったらしい。


「そうそう。そんな二人を、揃いも揃ってオレが引き抜いていっちゃったからなぁ。オレ、ちゃんと勝たないと、ミゲル先輩に殴られちゃう。」


 おどけた口調で言い、ディアラントは次にふと表情を落ち着いたものにする。


「ほんと、よくオレについてくれたなって思うよ。オレがこの勝負に負けたら、みんな仲良く宮殿から追い出されるっていうのにさ。」


「………え…?」


 それは、前にディアラントの過去を聞いた時には知らされなかった、さらなる理不尽であった。

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