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第5章 背負う約束
〝変化〟は笑顔で
しおりを挟む「ルカ……今の言葉、エリクさんが聞いたら泣くよ?」
しばし呆けていたキリハの感想は、そんな内容。
それに、ルカは小さく頷いた。
「だろうな。だから、絶対にもう言わない。」
「えー、もったいないよ! ……でも、そんな風に変わっていけるなら大歓迎。俺、一緒にいてもいいんだもんね。」
耳朶を打ったのは、心底嬉しそうな声だ。
見ればキリハはキラキラとした表情をしていて、こちらの言葉を自分のことのように喜んでいるのだと知れる。
「……変な奴。」
ルカが率直に思ったことを言うと、キリハの表情がまたころっと変わる。
「ええ!? 俺、変なこと言ってないよ!」
「十分おかしいだろ! 馬鹿正直で能天気で危機感ないわ、人を疑うことも知らないわ、どうでもいいことでうじうじ悩むし、フールと同じくらい空気読まねぇし。」
「うわぁ……そこまで言う? さすがに、フールと同類扱いはやだよ。」
さしものキリハの顔にも、傷ついたような色が浮かぶ。
「うるせえ、十分同類だ。…………でも。」
ここまできたら、一つや二つの恥を重ねたところで大差あるまい。
ルカは観念して口を開く。
「誰よりも前向きで、平等だとも思う。あと、悔しいが剣の腕だけは絶対に敵わない。」
らしくない発言なのは十分に承知しているので、一息の内にさらっと言い終えることにした。
すると。
「ル、ルカ? 本当に熱でもある? ベッド貸そうか? いや、そう言ってもらえるのは嬉しいんだよ? すっごく。」
キリハは大いに戸惑っている様子だった。
これが冗談ではなく本気なのだから、こちらも自然に苛立ちを煽られるのだ。
だがこんな反応も、キリハが自分と正面から等身大で向かい合ってくれているからこそ出るものなのだろう。
(ありのままの自分を受け入れようとしてくれる人……か。)
あの時のミゲルの言葉を、心の中だけで反芻する。
不器用で、ひねくれてて、口を開けば喧嘩腰の言葉しか出てこない自分だ。
それでもこうして、嫌な顔一つしないで向き合ってくれる人がいる。
受け入れて、笑いかけてくれる人がいるのだ。
自分は独りだと言い聞かせて、周りを見ないようにしていても、きっと心はずっとそれに気付いていて、それに依存していたのだろう。
だから、キリハが倒れた時やカレンが泣いた時、心はあんなにも不安でたまらなかったのだ。
「……はあ。もういい。きっと熱でもあるんだよ、オレは。だから、ついでにもう一つ聞いとけ。」
投げやりに言い放ち、ルカはぐいっとキリハに向かって拳を突きつけた。
「オレは、お前の隣に並び立てる人間だとは思えないけど…。しばらく、オレの背中……お前に預けてもいいか?」
さすがに、キリハの顔を直視しては言えなかった。
都合のいい人間は一体どっちだ。
自分で自分をなじっても、音に乗せてしまった言葉はもう取り消せない。
「何当たり前のこと言ってんの? 言うまでもない!!」
数秒と経たずに突き出していた拳に勢いよく拳をぶつけられ、ルカは瞠目してキリハへと視線を戻した。
その視線の先で、キリハはいつもどおりの無邪気な笑顔を浮かべている。
「少しは悩むかと思ってたのに……」
するりと本音が出てしまった。
途端に、キリハが心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「ひっどい。なんで悩む必要があるのさ。」
「いやいや。今までを考えれば悩むだろ。出会った初日に喧嘩はするわ、それからしばらくは互いに口を利かないわ、その後もずっといがみ合ってたじゃねぇか。どう見たって、仲がよかったって関係じゃないぞ。」
「まあ、そう言われればそうだけどさ。」
テンポよくルカの言葉を肯定したキリハは、にぱっと表情を明るくした。
「でも、なんだかんだ言いつつ、ルカが俺のことを嫌ってないって分かってたし。」
恥ずかしげもなく放たれた言葉に、ルカはもはや返す言葉もなくしてしまう。
その自信は、どこから出てくるのだ。
そして何故、そんな言葉を平然と言うことができるのか。
図々しくも思えたが、キリハが言っていることが間違っていないのだから面白くない。
こうやって接していると、やはり彼には、気に食わない部分も理解できない部分も腐るほど出てくる。
でも、そんなキリハに心底ほっとしている自分がいるのも事実で。
「………お前らしいな。」
ルカは肩を落とす。
その顔が自然とほころんでいたことには、気付かないまま。
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