竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 背負う約束

もう一度、約束を。

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 ―――あと一歩だ。




 ぼんやりと、そう思う。


 辺り一面には相変わらず、平衡感覚が狂うような闇が広がっている。
 それでも、なんとなく分かるのだ。


 今の自分は崖っぷちに立っていて、この下にはさらなる闇が口を開けて待っている。
 もう引き消すことはできない、無の世界が。


 ―――――――――………ハ


「?」


 なんだろう。
 ふと思う。


 この空間で、初めて何かの音を聞いた気がする。


 ――――――……リ………ハ


 いや、違う。
 これは音じゃなくて、誰かの声だ。


 気付いた瞬間に、胸が締めつけられるように痛んだ。


 誰だろう。
 きっと、自分はこの声を知っているはずなのに。


 もどかしさと不快感が全身の末端から集まって、喉元にせり上がってくる気分だった。




 ―――――――――キリハ!!




 今度ははっきりと、子供のように可愛らしい声が脳裏に響いた。


「キ…リ、ハ…?」


 無意識になぞる、その言葉。


 知っている。
 これは……


「俺の……名前……」


 そして、この声のあるじは―――


「!!」


 自分の中で、何かが盛大に弾けた。
 意識にかかっていたもやが、綺麗に晴れる。


「何やってんの、俺……」


 何が正しいのか。
 何を求めているのか。
 どうして帰らなければいけないのか。


 そんなこと、今はどうでもいいではないか。
 理屈や意味づけなど、帰ってからいくらでも考えればいい。


 とにかく、今は―――


「行かなきゃ!!」


 感覚だけで振り返って、闇を蹴った。
 しかし。


「あ…」


 引き返そうとした体が、見えない何かにぶつかった。
 思ってもみなかった衝撃に、体がよろける。


 足を引いた先に、確かな感触はなかった。


「!?」


 がくんと膝が砕けて、バランスが一気に崩れる。
 一瞬の浮遊感は、すぐさま落下感に変わる。




 ―――もう、帰れない。




 否応なしに理解した、その時だ。


「あっつ!!」


 背後から上がってきた風のように柔らかい何かに、体を力強く持ち上げられた。
 体が空中に放り投げられるような感覚がして、今度は固い闇の上に落ちる。


「いったー…」


 痛む体に顔をしかめつつも、頭を上げる。
 すると、目の前が真っ赤に染まっていた。


「―――っ!!」


 思わず息を飲んだ。


 自分の周りを、赤く揺らめく炎が取り囲んでいたのだ。




 ―――覚悟は、あるか?




 問いかけてくるのは、あの時と同じ声。


 ―――背負う覚悟が。守る覚悟が。全てを受け入れて裁きを下す覚悟が、お前にあるか?


 ああ、そうだ……
 約束したじゃないか。


 全て背負ってやると。


 戦う覚悟は決めていたし、色んな責任がのしかかってくることも承知していた。
 全部分かっていた上で、それでも手を伸ばしたのだ。


 誰かに強要されたわけじゃない。
 紛れもない、自分の意志で。


(そっか……それでいいんだ。)


 なんのためとか、誰のためとか、そんなところに答えを求めても意味はなくて。


 自分が自分の意志でそう決めたから、剣を取った。
 きっと、理由なんてそんな単純なものでいいのだ。


 自分を抑え込める必要はない。
 エリクがああ言った意味が、ようやく分かった気がした。


「ははっ、ばっかみたい……」


 なんだか笑えてきた。


 自分で決めたことなのだから、仕方ないじゃないか。
 それで何かが悪い方向へ変わっていってしまうのなら、新たな変化で塗り潰してしまえばいい。
 ただそれだけなのだ。


 やっと、胸と頭のつかえが取れた気がする。




 ―――行こう。




 いつまでも、ここで座っているわけにはいかない。
 そう思って立ち上がると、周囲の炎が己の存在を主張するように高く燃え上がった。
 それに、苦笑が込み上げてくる。


 これはどうやら、この炎のお望みを叶えてやるしかなさそうだ。
 やるべきことは分かっていたので、赤々と燃える炎の中に手を突っ込んだ。


「背負うよ。」


 炎に向かって言ってやる。


「自分でそう決めたんだもんね。逃げてちゃ意味ないよね。周りが変わっていくのはやっぱり怖いけど……それでも俺は、俺が守りたいものを守るだけ。今度はちゃんと向き合うよ。」


 そこで一度、言葉を区切る。
 深呼吸をして、覚悟と共に再度口を開く。




「だから、俺に力を貸してね―――竜血剣りゅうけつけん焔乱舞ほむららんぶ》。」




 紡ぎ出す一言一句に、決意を込める。


 すると、炎がさらに大きく燃えて揺らめいた。
 炎の中でゆっくりと手を握ると、その手は固いものを掴む感触を返してくる。


 それに安堵して目を閉じると、意識がぐっと遠のいていった。


 恐怖はない。
 進む先にあるのは、無ではないから。




 次に目を開いた先にあるのは、きっと―――



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