竜焔の騎士

時雨青葉

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第2章 何が正しいこと?

自分のことを、もっと信じてあげて。

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 ―――ふわり、と。


 感じたのは、優しく頭を包む温もり。
 なでられたのだと気づくのに、少し時間を要した。


「……ごめんね。」


 なんだか、今日はよく謝られる日だ。
 そんなことを思いながら、キリハは顔を上げる。


 エリクは、困った顔で笑っていた。


「僕は魔法使いじゃないからね。人の心を操ることはできないし、過去を変えることもできないんだ。でも、これだけは言えるよ。たとえ周りがどんなに理不尽で横柄でも、君が君を抑え込める必要はないんじゃないかな。」


「俺が俺を……抑え込む?」


 言葉の真意を問うようにキリハが首を傾げると、それに応えてエリクは一つ頷いた。


「自分のことを、もっと信じてあげて大丈夫だよ。君が今まで君らしくいてきた種は、しっかりと目に見える形で芽吹いてるじゃない。君はどんな逆境も自分のパワーにできる子なんだから、自分らしく自分が信じたい道を歩めばいいんだよ。―――なってしまったものは仕方ない、でしょ?」


「あ…」


 今は亡き父の口癖。
 そして今や、自分の口癖になりつつあるそのセリフ。


 大事な思い出が詰まった言葉のはずなのに、こうしてエリクに言われるまですっかり頭から抜け落ちていた。


 色々と考えすぎるあまり、自分の根幹を支えているものすら見失っている。
 そう気づかされて、なんとも表現しがたい複雑な気分になった。


「俺、だめだなぁ。ほんとに。」


 心の底から吐き出すと、エリクが不満そうに唇を尖らせた。


「ええー。なぐさめたつもりなのに。あんまり自分を否定しないでよ。僕は、キリハ君の考え方に大賛成してる人間なんだからさ。」


「……へ?」


 キリハはきょとんとしてまばたきを繰り返す。


 一体いつ、エリクに賛成されるような意見を述べただろうか。
 全く身に覚えがないのだけど……


「あ、ごめん。これ、ルカから無理やり聞き出したことだった。」


 思い出したように言うエリクだが、そこに悪びれる様子は皆無だった。
 「ま、いっか。」と呟くと、エリクは再びキリハに穏やかな目を向ける。


「竜使いとかそうじゃないとか関係なく、守りたいと思えるものを守る。ルカは甘いって言ってたけど、僕はその考えにすっごく共感できたんだよ。だから余計に、キリハ君にはルカの傍にいてほしいって思った。」


「………」


 これはまた予想外の言葉だ。
 穏やかに語るエリクを、キリハはさっきまでの落ち込んだ気分も忘れてじっと見つめる。


「ん? どうしたの?」
「いや……びっくりして。俺に共感する竜使いの人もいるんだなって。」


 純粋に意外だったのだ。
 この中央区という特異な環境下で育ってきた人の中に、自分と同じ考えを持てる人がいるとは考えたこともなかったから。


「あはは。そうじゃなきゃ、医者なんてやってないよ。」


 破顔したエリクは、どこか誇らしげだ。


「竜使いでも普通の人でもね、命の重さは変わらないんだ。みんな同じように苦しんで、泣いて、それでも支え合って前を向く。医者や看護師って、患者さんから学ぶことばっかりだよ。」


 エリクは肩をすくめる。
 そんな彼の胸元に下がる小型の携帯電話が、控えめな音を立てて鳴ったのはその時だ。


「あ、アラームが鳴っちゃったね。もう休憩時間が終わっちゃうや。」
「え!? ごめんなさい! 俺のせいで、休憩どころじゃなかったよね……」


 机を見れば、ほとんど手をつけられていない弁当がある。
 こちらの話に集中してくれていたせいだ。


 自分がもっと強くあれたなら、こうして迷惑をかけることもなかったのに……


 頭を下げるキリハに、エリクはゆっくりと首を横に振った。


「いいんだよ。僕が好きでキリハ君の話を聞いてるんだから。いつもルカに振り回されてるお詫びってのもあるけど、それ以前に、僕にとっちゃキリハ君も可愛い弟みたいなものだからね。いつでもおいで。ま、キリハ君が来なくても僕が呼ぶんだけど♪」


 最後に茶目っ気を含ませて笑って、エリクはキリハの頭を優しく掻き回した。


「それでも、もし悪いって思っちゃうなら、またいつか元気なキリハ君を見せてね。」


 ……うん、とは言えなかった。


 キリハはわずかに口角を上げるだけ。


 エリクの好意が本物であると感じられるからこそ、愛想よくその場しのぎの言葉を取り繕うことができなかった。


 あの頃の自分に戻れる自信なんて、今の自分にはなかったから……


 エリクも返事を強要しなかった。
 そんな彼の優しさが、とても切ない。




 胸はきりきりと締め上げられ、針が刺さるようにちくちくと痛むだけ―――……



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