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第2章 何が正しいこと?
就寝前の訪問客
しおりを挟む(結局……こうなっちゃうんだよね。)
泥のような体を引きずり、倒れるようにベッドに飛び込む。
途端に睡魔を伴った疲労感が襲ってきて、目が回るような感覚に見舞われた。
しかし到底眠る気にはなれず、酩酊状態のような視界で夜の闇に沈む世界を見つめる。
今日も、できなかった……
思い出して、喉から何かがせり上がってくるような気分に陥る。
今日も、皆の前で《焔乱舞》を使うことができなかった。
その事実が、自分の心に大きな重りとなってのしかかる。
《焔乱舞》を振る回数が一回、また一回と増えるごとに実感するのだ。
今の己の行動が、周囲に負担を与えていることに。
《焔乱舞》でドラゴンを滅するほどの炎を生み出すには、十数秒の時間がかかる。
それ故に、その十数秒を稼ぎ出すためにドラゴンを弱める必要があった。
本来なら、《焔乱舞》の準備が完了してから自分以外の人々がドラゴンから距離を置くまでの短い間だけ、ドラゴンが動きを止められれば十分だ。
攻撃の仕方や連携の取り方次第では、大した時間をかけることなく、そのくらいの隙を作ることが可能だろう。
しかし今は、自分が皆の視界に入る場所で《焔乱舞》を使いたがらないために、ドラゴンの動きがほぼ完全に止まるまで攻撃し続けなければならなかった。
自分のわがままで、ルカたち竜騎士隊や、ミゲルたちドラゴン殲滅部隊に余計な力を使わせている。
できるだけ周囲に無理をさせないように、人一倍ドラゴンの前に出るようにしていても、その事実は変わらない。
自分の覚悟次第で、周囲の負担を半減させることも可能だというのに。
(でも、俺は……)
様々な感情が絡み合って、脳内と胸を侵食する。
激情にも似たものが、腹の底から込み上げてくるようだった。
「………っ」
声にならない叫び声。
それをやり過ごすように、キリハはシーツをぐっと握って奥歯を噛み締める。
ふとその時、部屋のインターホンが鳴った。
こんな夜に誰だろうか。
重たい体を気力だけで動かし、キリハはドアへと向かう。
「はーい。誰……って、なんでそんなもん持ってんの?」
ドアの向こうに立つ―――いや、正確には浮かんでいる相手を見た瞬間、自分でも驚くくらいに気が抜けた。
ドラゴンのぬいぐるみという奇怪な姿をしている、《焔乱舞》への案内人フール。
フェルト生地の翼をぱたぱたと動かして宙に浮く彼の手には、何故か彼の体とほとんど同じ大きさほどの木槌があった。
「これ? インターホンを押すために持ってきたの。ほら、ぬいぐるみの手じゃ、頑張って押してもボタンが反応しないじゃん? ちなみに、前に部屋に忍び込んだ時は、ルカのことをキリハに教えてあげたいからってことで、ターニャにこっそりとドアを開けてもらったんだ。そんでね―――」
「ああ、はいはい。」
話が止まらなそうなフールの声を遮り、キリハはフールを部屋の中に放り込んでドアを閉めた。
「ふわああぁっ!」
フールは彼独特の情けない悲鳴をあげながらくるくると空中を回り、途中でバランスを取り直してその場で浮く。
「もう、ひどいよ。キリハって、僕の扱いがぞんざいすぎない?」
「さあね。」
おそらく彼は、後ろで可愛らしく頬を膨らませる仕草でもしていることだろう。
見なくても分かるそんなお茶目な抗議をさらりと受け流し、キリハはドアの側にある照明のスイッチを押した。
二度三度光が明滅し、廊下を柔らかい光で照らす。
「あれ、もしかして寝てた?」
奥の部屋の明かりがついていないことに気づいたのか、フールが首を傾げる。
当然それに対して、キリハは首を横に振る。
「起きてたよ。……ただ、電気をつけるのが面倒だっただけ。」
「ふうん、そっか。」
返ってきたのは、いつも通りの軽い口調だ。
それに心のどこかで安堵して、キリハはそっと息を吐く。
それにしてもこんな時間に訊ねてくるとは、一体どういう用件だろうか。
普段から嫌というほどつきまとってきて、こちらを無視して一人で延々としゃべっているのだから、わざわざ部屋に押しかけてくる理由なんかないと思う。
まあ彼の性格なら〝ただなんとなく〟という理由も十分にありえるけど。
「ねえ、キリハ。」
照明のスイッチに手をかけたまま考えていると、後ろからフールが呼びかけてくる。
「焔を使うの、嫌がってない?」
刹那の間に変わったフールの声音。
投げかけられた言葉。
それらに頭が真っ白になって、全身から血の気が引いた。
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