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第5章 目覚め
どちらを取るか
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話し合いの末、洞窟への出立は明日の早朝になった。
自分としては今から出ても構わなかったのだが、焔の試練にはターニャが立会人として同行する決まりとなっているらしく、彼女の日程調整の時間が必要だったからだ。
本当に急な話ではあったが、焔の試練には自分だけではなく、ルカとカレンも同行することになった。
どのみち強制参加ではあるのだが、この二人は試練を受けることをきちんと了承しているので、心強い味方がいると安心できる面が大きい。
問題はサーシャだ。
フールに選ばれて竜騎士になっている以上、彼女も最低一回は試練を受けなければいけない。
しかし、あんな彼女の姿を見た後だ。
キリハとカレンが粘り強く交渉した結果、サーシャに関しては、初回以降の試練への参加は任意で構わないということになった。
一度だけ。
一度だけ試練を受けて、《焔乱舞》に認められなかったという事実を証明できればいい。
それ以降は無理をする必要もない。
責任感の強い彼女のことだから、この特例措置に自分の弱さを責めてしまうかもしれない。
それでも、もうこれ以上耐える必要はないのだと安心できる部分もあるはずだ。
大丈夫だから。
一刻も早く、そう伝えてあげたかった。
だが、会議室を飛び出したサーシャは昼を過ぎても、日が傾いても、宮殿に戻ってこなかったのだ。
「いた!?」
宮殿本部の一階ホールに、キリハとルカとカレンはそれぞれ息を切らせて集まった。
「いや、いない。」
「こっちもだめだよ。本部にはいないのかも。」
カレンの問いに、ルカとキリハは首を横に振る。
部屋にサーシャがいないと気づき、不安になって彼女を捜し始めたのが一時間前。
それから宮殿の敷地内を隈なく捜してみたが、誰もサーシャの姿を見つけられなかった。
ターニャに頼んで部屋を開けてもらったが、行き先の手がかりはなし。
電話をかけてみるも、当然出ない。
「外を捜すとなると、なかなかに骨が折れるな。」
ずっと走っていたからだろう。
呟くルカの額には、いくつもの汗が玉を作っている。
「外か…。どっか、サーシャが行きそうな所ってないの?」
キリハはルカたちに訊ねる。
付き合いが長いルカたちなら、何かしらの心当たりがあるかもしれない。
「そうね…。あの子の性格的に、全然知らない所には行かないと思うの。だから、ルカは中央区をざっと見てきてくれる? キリハは、サーシャが戻ってきた時にフォローしてほしいから、ここに残って。」
「カレンは?」
「あたしは、確証はないけど一つ心当たりがあるの。一旦サーシャの部屋に行ってから、そこに向かってみる。」
確証はないと言うが、カレンの目には自信ありげな光があった。
「ぐずぐずしてないで、今は行動するぞ。夜になると厄介だ。何かあったら連絡するから、お前もあいつが戻ってきたらすぐに知らせろ。」
「分かった。」
キリハが頷くと、ルカとカレンはそれぞれの方向に向かって地を蹴る。
「俺も、もう一回中を捜すか。」
二人を見送り、自分のやるべきことをやろうと体の向きを変える。
「キリハー。」
自分を呼ぶ声が降ってきたのはその時だ。
立ち止まって辺りを見回すと、吹き抜けになっている二階部分からふよふよと飛んでくるフールがいた。
「サーシャは見つかった?」
「見つかってたら、もうちょいマシな顔をしてるよ。」
とにかく今は、サーシャを見つけることが最優先だ。
キリハは早口で答えながら、身軽な足取りで走り出す。
その肩に乗ったフールは、焦りの表情で忙しなく周囲を気にするキリハをじっと見つめた。
「ねえ、キリハ。」
囁くような声が鼓膜を叩く。
「もし……もし、人間かドラゴンか、どちらかを取れって言われたらどうする?」
「はあ!? こんな時に何訊いてんの!?」
サーシャが見つからない苛立ちもあり、キリハは思わずフールに怒鳴ってしまった。
しかし。
「こんな時だからこそ、だよ。」
フールの口調はあくまでも静かだ。
いつもの彼らしくない、落ち着いていて妙に頭に染み込んでくる声。
その声は、キリハの焦りも苛立ちも丸め込んでしまう不思議な力に満ちていた。
「……なんで、選ばなきゃいけないの?」
視界に流れ込んでくる景色を注意深く観察しながら、キリハは逆に質問を返した。
「竜使いとかそうじゃないとか、人間とかドラゴンとか、なんでみんなすぐに〝どっちか?〟って訊いてくるの? 〝犬と猫のどっちが好き?〟みたいな感じで軽く訊くけどさ、本当にそれって、簡単に訊いていいことなわけ?」
今まで生きてきて、何度こんな問いを投げられただろう。
みんな、相手のことを知りもしないくせに、自分や世間の物差しで勝手に敵と味方を振り分けようとする。
それが真実を捻じ曲げて可能性を潰すのだと、何故誰も気づかないのだ。
「もううんざりだよ、その手の質問は。なんで比べるの? みんな、生きてるだけなのに。」
そう思うと、この世界はとても滑稽だ。
それぞれが自分の世界の中でしか生きられないのは仕方ないが、どうして知恵や感情というものは、こんなにも世界を悲しくしてしまうのか。
「俺たちに、命と命を天秤にかける資格なんてない。万物皆平等なんて絵空事は言わないけどさ。でも俺は、どっちかを選んで、どっちかを切り捨てるなんてことはしたくない。」
それが答えだ。
理屈や机上の討論だけで、物事の判断が下せるわけがない。
結論は最初に出しているべきものではなく、自分の目で見て触れて考えて、それから得た事実を元に導き出すものだろう。
だから、今は選ばない。
いつか選択しなければならないのだとしても、希望も可能性も知らないうちから答えは出さない。
それを優柔不断と罵るのなら、勝手に罵っていればいい。
「キリハ……」
フールは茫然と呟く。
その呟きに紛れて耳を甲高い音がよぎっていったが、この時のキリハには、そんなことを気にかける余裕などなかった。
自分としては今から出ても構わなかったのだが、焔の試練にはターニャが立会人として同行する決まりとなっているらしく、彼女の日程調整の時間が必要だったからだ。
本当に急な話ではあったが、焔の試練には自分だけではなく、ルカとカレンも同行することになった。
どのみち強制参加ではあるのだが、この二人は試練を受けることをきちんと了承しているので、心強い味方がいると安心できる面が大きい。
問題はサーシャだ。
フールに選ばれて竜騎士になっている以上、彼女も最低一回は試練を受けなければいけない。
しかし、あんな彼女の姿を見た後だ。
キリハとカレンが粘り強く交渉した結果、サーシャに関しては、初回以降の試練への参加は任意で構わないということになった。
一度だけ。
一度だけ試練を受けて、《焔乱舞》に認められなかったという事実を証明できればいい。
それ以降は無理をする必要もない。
責任感の強い彼女のことだから、この特例措置に自分の弱さを責めてしまうかもしれない。
それでも、もうこれ以上耐える必要はないのだと安心できる部分もあるはずだ。
大丈夫だから。
一刻も早く、そう伝えてあげたかった。
だが、会議室を飛び出したサーシャは昼を過ぎても、日が傾いても、宮殿に戻ってこなかったのだ。
「いた!?」
宮殿本部の一階ホールに、キリハとルカとカレンはそれぞれ息を切らせて集まった。
「いや、いない。」
「こっちもだめだよ。本部にはいないのかも。」
カレンの問いに、ルカとキリハは首を横に振る。
部屋にサーシャがいないと気づき、不安になって彼女を捜し始めたのが一時間前。
それから宮殿の敷地内を隈なく捜してみたが、誰もサーシャの姿を見つけられなかった。
ターニャに頼んで部屋を開けてもらったが、行き先の手がかりはなし。
電話をかけてみるも、当然出ない。
「外を捜すとなると、なかなかに骨が折れるな。」
ずっと走っていたからだろう。
呟くルカの額には、いくつもの汗が玉を作っている。
「外か…。どっか、サーシャが行きそうな所ってないの?」
キリハはルカたちに訊ねる。
付き合いが長いルカたちなら、何かしらの心当たりがあるかもしれない。
「そうね…。あの子の性格的に、全然知らない所には行かないと思うの。だから、ルカは中央区をざっと見てきてくれる? キリハは、サーシャが戻ってきた時にフォローしてほしいから、ここに残って。」
「カレンは?」
「あたしは、確証はないけど一つ心当たりがあるの。一旦サーシャの部屋に行ってから、そこに向かってみる。」
確証はないと言うが、カレンの目には自信ありげな光があった。
「ぐずぐずしてないで、今は行動するぞ。夜になると厄介だ。何かあったら連絡するから、お前もあいつが戻ってきたらすぐに知らせろ。」
「分かった。」
キリハが頷くと、ルカとカレンはそれぞれの方向に向かって地を蹴る。
「俺も、もう一回中を捜すか。」
二人を見送り、自分のやるべきことをやろうと体の向きを変える。
「キリハー。」
自分を呼ぶ声が降ってきたのはその時だ。
立ち止まって辺りを見回すと、吹き抜けになっている二階部分からふよふよと飛んでくるフールがいた。
「サーシャは見つかった?」
「見つかってたら、もうちょいマシな顔をしてるよ。」
とにかく今は、サーシャを見つけることが最優先だ。
キリハは早口で答えながら、身軽な足取りで走り出す。
その肩に乗ったフールは、焦りの表情で忙しなく周囲を気にするキリハをじっと見つめた。
「ねえ、キリハ。」
囁くような声が鼓膜を叩く。
「もし……もし、人間かドラゴンか、どちらかを取れって言われたらどうする?」
「はあ!? こんな時に何訊いてんの!?」
サーシャが見つからない苛立ちもあり、キリハは思わずフールに怒鳴ってしまった。
しかし。
「こんな時だからこそ、だよ。」
フールの口調はあくまでも静かだ。
いつもの彼らしくない、落ち着いていて妙に頭に染み込んでくる声。
その声は、キリハの焦りも苛立ちも丸め込んでしまう不思議な力に満ちていた。
「……なんで、選ばなきゃいけないの?」
視界に流れ込んでくる景色を注意深く観察しながら、キリハは逆に質問を返した。
「竜使いとかそうじゃないとか、人間とかドラゴンとか、なんでみんなすぐに〝どっちか?〟って訊いてくるの? 〝犬と猫のどっちが好き?〟みたいな感じで軽く訊くけどさ、本当にそれって、簡単に訊いていいことなわけ?」
今まで生きてきて、何度こんな問いを投げられただろう。
みんな、相手のことを知りもしないくせに、自分や世間の物差しで勝手に敵と味方を振り分けようとする。
それが真実を捻じ曲げて可能性を潰すのだと、何故誰も気づかないのだ。
「もううんざりだよ、その手の質問は。なんで比べるの? みんな、生きてるだけなのに。」
そう思うと、この世界はとても滑稽だ。
それぞれが自分の世界の中でしか生きられないのは仕方ないが、どうして知恵や感情というものは、こんなにも世界を悲しくしてしまうのか。
「俺たちに、命と命を天秤にかける資格なんてない。万物皆平等なんて絵空事は言わないけどさ。でも俺は、どっちかを選んで、どっちかを切り捨てるなんてことはしたくない。」
それが答えだ。
理屈や机上の討論だけで、物事の判断が下せるわけがない。
結論は最初に出しているべきものではなく、自分の目で見て触れて考えて、それから得た事実を元に導き出すものだろう。
だから、今は選ばない。
いつか選択しなければならないのだとしても、希望も可能性も知らないうちから答えは出さない。
それを優柔不断と罵るのなら、勝手に罵っていればいい。
「キリハ……」
フールは茫然と呟く。
その呟きに紛れて耳を甲高い音がよぎっていったが、この時のキリハには、そんなことを気にかける余裕などなかった。
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