竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
32 / 598
第3章 竜使いであること

初めてまともに話せた時

しおりを挟む
 訓練の後、キリハがディアラントの弟子であることは、宮殿内を驚くべきスピードで広がっていった。


 レイミヤに流風剣を使える人間がいることは、ディアラント本人の口から常々語られていることだったらしい。
 あれ以降、話だけの存在であったディアラントの弟子を一目見ようと、キリハの元には多くの人々が訪ねてきていた。


 まさかディアラントがここまでの有名人だったとは知らなかったので、キリハは周囲の食いつきように圧倒されるしかなく、流されるがままに彼らと言葉を交わし、時には手合せにも応じた。


 当のディアラントはというと、現在は海外出張中とのことだ。
 そのせいで余計にこちらへ人が流れてくるのだと気づいても、本人が国内にいないのだから文句の言いようもない。


 キリハの毎日は、せわしなさを増していく一方だった。


 その日も通りすがる人々に声をかけられながら、キリハは小走りで宮殿内を移動していた。


 上着を羽織りながら走る急ぎ足のキリハの姿から、これから彼が外出することが察せられる。
 だからかキリハを無理に呼び止める者はおらず、皆キリハを見送るように手を振るにとどまっていた。


 キリハもそれに明るく手を振り返し、宮殿の入り口に向かう。
 高い塀に囲まれた宮殿から市街地へ出るための門の前で、不機嫌そうに腕を組んでキリハを出迎える姿が一つ。


「随分と人気者になったもんだな。」


 顔を見合わせるなりこれである。


「お前も、最低限の人脈の広げ方くらい覚えたら?」


 ムッときたので言い返し、キリハは待ち構えていたルカと視線をぶつけ合う。
 しばらくして。


「……ふん。」


 どちらからでもなく視線を逸らし、二人は歩き始めた。


 結局ルカとはいつもこうなってしまい、関係改善の糸口は見つかっていない。
 一応こうしてルカの買い物につき合っているわけだが、これも命令だから仕方なくという認識が強いためか、互いの間に会話はなかった。


「……ねぇ、何買いにいくの?」


 重苦しい空気に耐えかね、キリハは前を行くルカに声をかけた。
 途端に邪険な目を向けられたので反射的に憎まれ口を叩きそうになったが、なんとかぐっとこらえる。


「剣の手入れ道具。」


 ぶっきらぼうにだが、ルカは答えてくれた。


「お前は、自分で剣の手入れくらいしないのか?」


 と、今度は逆に問われた。


「いや。俺は、週一のメンテナンスで満足してるから。」


 首を横に振りながら、キリハはそう答えた。


 この間配られた剣は、その貴重さから最低でも週に一回は専門家のメンテナンスが入る。
 専門家が見てくれたものに手を出すのは気が引けて、キリハは自分から剣に何かを施すことはしていなかった。


「だろうな。……お前はそれでも、十分にやれるからいいんだ。」


 前を向くルカの声が、急にトーンを落とす。


「オレは、自分で見て触ったものしか信じたくない。オレが使うものは、オレが一番知っていればいい。そうじゃなきゃ、納得できないんだ。なんにでも対応できるお前とは違ってな。」


 ぐっと力がこもるルカの目には、劣等感や自嘲といったものがどす黒く渦巻いている。


 しかしルカの後ろを歩くキリハには、その表情が見えるはずもない。
 故にキリハは特に深く考えず、率直な感想を述べた。


「なんか、かっこいいね。」
「……は?」


 ルカが顔をこちらに向ける。
 こちらの言葉がよほど意外だったのか、いつも眉間に寄っているしわは消え失せ、純粋な驚愕の表情がそこに広がっていた。


「だって、職人って感じがしない? 俺はこだわりってものがいまいち分かんないから、そういうの、なんだか大人だなぁって思うんだよね。」


 なんだかこういう顔をすると、少しばかり幼く見える。
 ルカの反応と表情が面白かったこともあり、キリハは自然に笑ってそう返した。


 そんなキリハの笑顔を正面から受けたルカは数秒固まり、慌てたように顔を前に戻す。


「お前といると、調子が狂う。」
「なんだよそれ~。」


 初めてルカとまともに話せたような気がして、キリハはくすくすと笑い声をあげた。


 ルカはもう、こちらを向こうとしない。
 しかし、それが自分の動揺を隠すための行為だとは分かっていたので、今までのような不快感はなかった。


 ルカはいくつかの店に入り、全ての店から必要最低限の時間で出てきた。
 彼いわく、長居していても気分が悪くなるだけだとのことだ。
 それも仕方ないのかもしれない、とキリハは思う。


 宮殿近くのこの辺りは、とにかく人通りが多い。
 そして通りすがっていく人々の視線は、必ず一度はこちらに注がれるのである。


 しかし、人々はすぐに視線を逸らして自分たちからそそくさと離れていく。
 よくあるすれ違いざまの罵声も、ひそひそと話す声もない。


 理由は明らかで、自分たちの腰から下がる剣と、竜騎士を示す薔薇のピアスの影響に他ならなかった。


 神官直属の特殊部隊である竜騎士隊は、宮殿の中でも身分が高くくらいづけされているそうだ。
 いくら竜使いをうとんでいても、竜騎士には皆一目置かざるを得ないのである。


「現金な奴らだ。」


 忌々しく吐き捨てて次の店へ消えていくルカを、キリハは複雑な心境で見送るしかなかった。
 ゆっくりと街を行き交う人々を眺めて、ふいに目を伏せる。


 レイミヤとも、宮殿とも違う景色。


 これが、この国の普通というものだ。
 いくらレイミヤや宮殿が竜使いに寛容でも、それはあくまで少数派でしかない。


『キリハなら、未来を変えてくれるんじゃないかって。』


 あの夜のフールの言葉が、脳裏をかすめる。


 本当に、そんなことが自分にできるのだろうか。
 目の前に広がっている〝普通〟という圧倒的な数の暴力に打ち勝つすべなど、自分には分からない。


「………?」


 物思いにふけていたキリハの目がとある一点を捉えたのは、そんな時のことだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

魔力ゼロの異世界転移者からちょっとだけ譲り受けた魔力は、意外と最強でした

淑女
ファンタジー
とあるパーティーの落ちこぼれの花梨は一人の世界転移者に恋をして。その彼・西尾と一緒にパーティーを追放される。 二年後。花梨は西尾の下で修行して強くなる。 ーー花梨はゲームにもはまっていた。 何故ならパーティーを追放された時に花梨が原因で、西尾は自身のとある指輪を売ってしまって、ゲームの景品の中にそのとある指輪があったからだ。 花梨はその指輪を取り戻し婚約指輪として、西尾へプレゼントしようと考えていた。 ある日。花梨は、自身を追放したパーティーのリーダーの戦斧と出会いーー戦斧はボロ負け。 戦斧は花梨への復讐を誓う。 それがきっかけで戦斧は絶体絶命の危機へ。 その時、花梨はーーーー

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

魔術学院の最強剣士 〜初級魔術すら使えない無能と蔑まれましたが、剣を使えば世界最強なので問題ありません。というか既に世界を一つ救っています〜

八又ナガト
ファンタジー
魔術師としての実力で全ての地位が決まる世界で、才能がなく落ちこぼれとして扱われていたルーク。 しかしルークは異世界に召喚されたことをきっかけに、自らに剣士としての才能があることを知り、修練の末に人類最強の力を手に入れる。 魔王討伐後、契約に従い元の世界に帰還したルーク。 そこで彼はAランク魔物を棒切れ一つで両断したり、国内最強のSランク冒険者から師事されたり、騎士団相手に剣一つで無双したりなど、数々の名声を上げていく。 かつて落ちこぼれと蔑まれたルークは、その圧倒的な実力で最下層から成り上がっていく。

処理中です...