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第2章 竜騎士隊へ
衝突
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それから十分後。
「し、しんど……」
キリハは操作室に戻るなり剣を放り投げ、操作盤に両手をついた。
レイミヤでの生活のおかげで体力には自信があったのだが、あの剣がくっついてくるだけで、その体力をここまで削られるとは。
シミュレーションのことを思い返しながら、額に浮いた汗を拭う。
とにかく時間が限られていたので、与えられた時間内で限界まで剣を振った。
ドラゴンの動きと《焔乱舞》のくせを、問答無用で自分の体に叩き込んだのだ。
あの十分間で、おそらく少しは感触を掴んだだろうと思う。
そうは言っても、あの特殊な剣を片手一本で簡単に操るには、まだまだ時間が必要そうだが。
「まあ、シミュレーション訓練はこんな感じですよってことで。気を取り直して、他のところに行こうか? まだまだこの中は広いし、キリハ君の部屋の場所も聞いてきたから。それとも、少し休憩する?」
サーシャ気遣うようにこちらの様子を窺ってくるので、キリハは首を横に振った。
「いや、大丈夫。」
そう答えて操作盤から両手を離し、サーシャを追って自動ドアをくぐる。
「あ、あの!!」
出迎えてきたのはサーシャではなく、これまた自分と同じ年恰好の少女だった。
「は…はい?」
今度は、一体何が起こったのだろう。
ぎこちなくキリハが答えると、少女は不安そうに視線をさまよわせつつも、何かをこちらに差し出してきた。
それはタオルである。
「?」
意図が分からず首を傾げると、少女はあたふたとする。
「お、お疲れ様でした。わ、私……その、竜騎士隊の皆様のお世話係を仰せつかっております、ベルリッドといいます。よろしければ…これ、お使いください。」
「お世話係?」
おうむ返しに訊ねると、サーシャが「そうなの。」と頷いた。
「私もここに来て、驚いちゃった。お世話係までいるって、すごいよね。」
「まあ竜騎士っていったら、神官直属の特殊部隊だからねぇ。それくらいは、体裁として必要なのさ。」
横から、フールがそうつけ加えてくる。
少女は眉をハの字にして、タオルを掲げ続けている。
その手は微かに震え、目は潤んでいた。
怯えているのだろうか?
そこに思い至って、キリハはすぐに当惑顔を引っ込めると、代わりに優しげな微笑みを浮かべた。
少女の手からタオルを受け取り、少女に合わせて身を屈める。
そして、その頭をぽんぽんとなでてやった。
「ありがとう。俺はキリハっていうんだ。こんなことしなくていいのに……って言っても、これは大事なベルの仕事だもんね。これからよろしく。」
そこまで言って、ベルリッドが目を大きく見開いていることに気づく。
瞬時に己の行動を振り返り、キリハは慌ててベルリッドから離れた。
「ごっ……ごめん!! つい、今までのくせで……」
不安そうに縮こまるベルリッドの姿が、孤児院の子供たちと被ってしまったのだ。
すっかりお兄さん口調で接してしまったが、彼女が年上だったらどうする。
今さらながらに、後悔がぐるぐると頭を巡った。
ベルリッドはしばらく言葉を失っていたが、慌てるキリハを見ている内に緊張もほぐれたらしく、徐々にその表情がほころばせた。
「大丈夫です。……よかった。新しい竜騎士様は、優しい方で。」
「……え?」
ベルリッドの言葉に引っかかりを覚え、キリハはどういうことかとサーシャを見やる。
サーシャは、まるでこちらの視線を嫌がるように顔を背けていた。
フールの方も、何やら訳ありそうな顔で下をうつむいている。
ベルリッドも含めての、気まずい沈黙。
その沈黙の理由は、すぐに分かった。
聞こえてきたのは小さな悲鳴。
パッとそちらに目を向けると、ベルリッドと同じ服装の少女が尻餅をつくところだった。
そして、少女を無感動に見下ろすルカの姿が。
事情はすぐに察することができた。
キリハは表情を険しくし、とりあえず座り込む少女の元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
気遣わしげに少女の顔を覗き込むキリハに、少女は小さく頷いた。
しかし彼女が表情を前髪の内側に隠すその刹那、その顔が今にも泣き出しそうに歪んでいたことを、キリハは見逃さなかった。
ルカは、少女のことなど初めから見えていないかのように、その隣を通り過ぎていく。
「おい。」
気づけば、その背に向かって言い放っていた。
「謝りなよ。」
「……なんで?」
顔だけで振り向いたルカは、不愉快そうに眉を寄せる。
「なんでって、自分が何したのか分かってないわけ!?」
「人の厚意を無駄にした、とでも言いたいのか? どうせそいつらは、金で動いてるだけなんだ。いつもは竜使いってだけで見下してくるくせに、こういう時だけはご機嫌取りをする。ただ都合のいい奴らなんだよ。」
「なっ…」
カチンときて、キリハは立ち上がってルカを睨めつけた。
きつい性格だとは聞いていたが、これは性格だからで片づけていい問題ではない。
「金で動いてるだけ? お前に、この子の何が分かるんだよ。相手のことを知りもしないくせに、勝手に決めつけるなよ!」
「ふん。本当のことだろう? 竜騎士の世話なんて誰もやりたがらないから、いい金で雇われてるらしいじゃないか。こんな奴らにはたらく義理が、どこにある? このくらい、オレたちが受けてきた仕打ちに比べれば、大したことない。」
「お前…っ。この子たちが、俺らのために働いてくれてるとは思わないの!?」
「ありえないな。」
「―――っ」
にべもないルカの発言に、脳内でプツリと何かが切れた。
気が合わないと思う人間とは、これまでにも何人かと対面してきたが、ルカはその中でも最高ランクに位置するかもしれない。
笑って受け流せるレベルなど、最初から突破している。
ふとその時、シミュレート室から出てきたカレンが、キリハとルカの間に張り詰める不穏な空気に驚いて足を止めた。
「え? 何?」
きょろきょろとしながらカレンが訊ねるが、誰もそれに答えなかった。
答えられなかったという表現の方が正しいだろう。
それくらい、二人の間に漂う空気は刺々しいものだった。
「意味分かんない……」
ルカを睨むキリハの目に、苛烈な光が宿る。
「確かに、竜使いだからって差別する奴は腐るほどいるよ。だけど、だからってお前が、この子に冷たく当たっていい理由にはならない!! 勝手に決めつけてこんなことして……そんなの、竜使いだって一括りにして差別する奴らと、何が違うっていうんだよ!!」
「―――っ!!」
ここで初めて、ルカの表情に侮蔑以外の感情が走った。
それはこちらに対する明らかな敵意だったが、自分としては一向に構わなかった。
どのみち、こんな非常識な奴と平穏につき合っていくなど無理だ。
間違っていることを間違っていると主張して何が悪い。
「差別を差別で返したって、何も解決しない。ただ、自分を貶めるだけだ。」
相手がやってきたから自分もやっていいのだと判断した瞬間、自分も相手と同じ立場に落ちてしまう。
相手のことを最低と言うならば、同じことを返す自分だって最低だ。
「てめえ…」
ルカがぎりりと奥歯を噛む。
こちらとしてはどんな罵倒でも受ける覚悟だったのだが、ルカはふとそこで考えるような仕草を見せた。
しばし黙っていた彼は口元を手で覆ったまま、こちらに背を向ける。
「ついてこいよ。」
ルカは、キリハのことをくいっと指で招く。
「オレにムカついてるんだろ? オレも、お前のことが気に食わない。だったら、いい方法があるぜ。」
何を考えているのかは知らないが、こちらには引く気など一切ないので。
キリハは口を真一文字に引き結び、無言でルカの後に続いた。
「し、しんど……」
キリハは操作室に戻るなり剣を放り投げ、操作盤に両手をついた。
レイミヤでの生活のおかげで体力には自信があったのだが、あの剣がくっついてくるだけで、その体力をここまで削られるとは。
シミュレーションのことを思い返しながら、額に浮いた汗を拭う。
とにかく時間が限られていたので、与えられた時間内で限界まで剣を振った。
ドラゴンの動きと《焔乱舞》のくせを、問答無用で自分の体に叩き込んだのだ。
あの十分間で、おそらく少しは感触を掴んだだろうと思う。
そうは言っても、あの特殊な剣を片手一本で簡単に操るには、まだまだ時間が必要そうだが。
「まあ、シミュレーション訓練はこんな感じですよってことで。気を取り直して、他のところに行こうか? まだまだこの中は広いし、キリハ君の部屋の場所も聞いてきたから。それとも、少し休憩する?」
サーシャ気遣うようにこちらの様子を窺ってくるので、キリハは首を横に振った。
「いや、大丈夫。」
そう答えて操作盤から両手を離し、サーシャを追って自動ドアをくぐる。
「あ、あの!!」
出迎えてきたのはサーシャではなく、これまた自分と同じ年恰好の少女だった。
「は…はい?」
今度は、一体何が起こったのだろう。
ぎこちなくキリハが答えると、少女は不安そうに視線をさまよわせつつも、何かをこちらに差し出してきた。
それはタオルである。
「?」
意図が分からず首を傾げると、少女はあたふたとする。
「お、お疲れ様でした。わ、私……その、竜騎士隊の皆様のお世話係を仰せつかっております、ベルリッドといいます。よろしければ…これ、お使いください。」
「お世話係?」
おうむ返しに訊ねると、サーシャが「そうなの。」と頷いた。
「私もここに来て、驚いちゃった。お世話係までいるって、すごいよね。」
「まあ竜騎士っていったら、神官直属の特殊部隊だからねぇ。それくらいは、体裁として必要なのさ。」
横から、フールがそうつけ加えてくる。
少女は眉をハの字にして、タオルを掲げ続けている。
その手は微かに震え、目は潤んでいた。
怯えているのだろうか?
そこに思い至って、キリハはすぐに当惑顔を引っ込めると、代わりに優しげな微笑みを浮かべた。
少女の手からタオルを受け取り、少女に合わせて身を屈める。
そして、その頭をぽんぽんとなでてやった。
「ありがとう。俺はキリハっていうんだ。こんなことしなくていいのに……って言っても、これは大事なベルの仕事だもんね。これからよろしく。」
そこまで言って、ベルリッドが目を大きく見開いていることに気づく。
瞬時に己の行動を振り返り、キリハは慌ててベルリッドから離れた。
「ごっ……ごめん!! つい、今までのくせで……」
不安そうに縮こまるベルリッドの姿が、孤児院の子供たちと被ってしまったのだ。
すっかりお兄さん口調で接してしまったが、彼女が年上だったらどうする。
今さらながらに、後悔がぐるぐると頭を巡った。
ベルリッドはしばらく言葉を失っていたが、慌てるキリハを見ている内に緊張もほぐれたらしく、徐々にその表情がほころばせた。
「大丈夫です。……よかった。新しい竜騎士様は、優しい方で。」
「……え?」
ベルリッドの言葉に引っかかりを覚え、キリハはどういうことかとサーシャを見やる。
サーシャは、まるでこちらの視線を嫌がるように顔を背けていた。
フールの方も、何やら訳ありそうな顔で下をうつむいている。
ベルリッドも含めての、気まずい沈黙。
その沈黙の理由は、すぐに分かった。
聞こえてきたのは小さな悲鳴。
パッとそちらに目を向けると、ベルリッドと同じ服装の少女が尻餅をつくところだった。
そして、少女を無感動に見下ろすルカの姿が。
事情はすぐに察することができた。
キリハは表情を険しくし、とりあえず座り込む少女の元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
気遣わしげに少女の顔を覗き込むキリハに、少女は小さく頷いた。
しかし彼女が表情を前髪の内側に隠すその刹那、その顔が今にも泣き出しそうに歪んでいたことを、キリハは見逃さなかった。
ルカは、少女のことなど初めから見えていないかのように、その隣を通り過ぎていく。
「おい。」
気づけば、その背に向かって言い放っていた。
「謝りなよ。」
「……なんで?」
顔だけで振り向いたルカは、不愉快そうに眉を寄せる。
「なんでって、自分が何したのか分かってないわけ!?」
「人の厚意を無駄にした、とでも言いたいのか? どうせそいつらは、金で動いてるだけなんだ。いつもは竜使いってだけで見下してくるくせに、こういう時だけはご機嫌取りをする。ただ都合のいい奴らなんだよ。」
「なっ…」
カチンときて、キリハは立ち上がってルカを睨めつけた。
きつい性格だとは聞いていたが、これは性格だからで片づけていい問題ではない。
「金で動いてるだけ? お前に、この子の何が分かるんだよ。相手のことを知りもしないくせに、勝手に決めつけるなよ!」
「ふん。本当のことだろう? 竜騎士の世話なんて誰もやりたがらないから、いい金で雇われてるらしいじゃないか。こんな奴らにはたらく義理が、どこにある? このくらい、オレたちが受けてきた仕打ちに比べれば、大したことない。」
「お前…っ。この子たちが、俺らのために働いてくれてるとは思わないの!?」
「ありえないな。」
「―――っ」
にべもないルカの発言に、脳内でプツリと何かが切れた。
気が合わないと思う人間とは、これまでにも何人かと対面してきたが、ルカはその中でも最高ランクに位置するかもしれない。
笑って受け流せるレベルなど、最初から突破している。
ふとその時、シミュレート室から出てきたカレンが、キリハとルカの間に張り詰める不穏な空気に驚いて足を止めた。
「え? 何?」
きょろきょろとしながらカレンが訊ねるが、誰もそれに答えなかった。
答えられなかったという表現の方が正しいだろう。
それくらい、二人の間に漂う空気は刺々しいものだった。
「意味分かんない……」
ルカを睨むキリハの目に、苛烈な光が宿る。
「確かに、竜使いだからって差別する奴は腐るほどいるよ。だけど、だからってお前が、この子に冷たく当たっていい理由にはならない!! 勝手に決めつけてこんなことして……そんなの、竜使いだって一括りにして差別する奴らと、何が違うっていうんだよ!!」
「―――っ!!」
ここで初めて、ルカの表情に侮蔑以外の感情が走った。
それはこちらに対する明らかな敵意だったが、自分としては一向に構わなかった。
どのみち、こんな非常識な奴と平穏につき合っていくなど無理だ。
間違っていることを間違っていると主張して何が悪い。
「差別を差別で返したって、何も解決しない。ただ、自分を貶めるだけだ。」
相手がやってきたから自分もやっていいのだと判断した瞬間、自分も相手と同じ立場に落ちてしまう。
相手のことを最低と言うならば、同じことを返す自分だって最低だ。
「てめえ…」
ルカがぎりりと奥歯を噛む。
こちらとしてはどんな罵倒でも受ける覚悟だったのだが、ルカはふとそこで考えるような仕草を見せた。
しばし黙っていた彼は口元を手で覆ったまま、こちらに背を向ける。
「ついてこいよ。」
ルカは、キリハのことをくいっと指で招く。
「オレにムカついてるんだろ? オレも、お前のことが気に食わない。だったら、いい方法があるぜ。」
何を考えているのかは知らないが、こちらには引く気など一切ないので。
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