My heart in your hand.

津秋

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「そういうお前は?」
「え?」
「なんでわざわざ放課後にこんなとこまで来たんだよ? 帰んねえの?」
「……帰る前に、なんとなく屋上に出てみたいなと思って」
正直に答えると、森下さんは黒目がちの大きな目を瞬いた。

「無邪気な理由だな」
「そうですか?」
「うん。―つーか、なんか元気ねえなお前。腹減ってんのか」
「なんでそうなるんですか」
元気がないということから原因が空腹であると推測をするのは珍妙だろう。訊き返してからいつまでも見下ろしているのも失礼かと、ドアを背にして座った。

「俺の周りはうるせえ奴ばっかだけど、皆腹減ると大人しくなるんだよ。安里クンとか、大袈裟なくらい元気なくなる」
「……ああ」
そういえば、久我さんはとてもよく食べる人だった。なるほど、と頷いて、ついでに腹が減っているわけではないと否定もしておく。
さして興味もなかったのか、じゃあなんだと踏み込んで聞かれることはなかった。その代わり、短くなった煙草の火を揉み消して、すぐに新しいものをくわえながら緑色の箱を差し出してくる。
「いる?」
少し迷ったが、俺は首を横に振った。

「いや、大丈夫っす」
「そ。お前、吸わねえんだ?」
「寮生活じゃ、買いに行くのも大変そうですし」
「ああ、そういうこと」

カチカチとライターを鳴らす森下さんの横顔を見る。火をつけ、吸い込んだ一口めの煙を少し顔を逸らしてゆっくりと吐き出す。それから彼は俺の方を向き、片目を眇めて笑った。
「なに、すげー見てんな」
顔立ちは恐らく可愛らしいと言われるようなものなのに、表情の作り方が男っぽいからかそっちの印象の方が強い。
「岩見が、森下さんのこと格好いいって言ってたの思い出して、確かになって納得してました」
一瞬、虚を突かれた様子を見せてから、我に返ったように怪訝そうな顔になる。

「なんだそれ」
「そのままの意味です」
「えぇ? ちびだし、顔もこんなだし、かっこよくはねえだろ」
身長を気にしているなら喫煙は控えるべきではと思ったのが通じたのか、それとこれとは別、と言いながらまた煙草を咥える。

「まあ、俺と岩見はそう思うってことで」
「それさ」
声と一緒に唇から煙が昇る。
「どれですか」
「岩見が言ったっていうの。まじ?」
「はい」
掘り下げるようなことだろうか。首を傾げつつも肯定の返事をすると、森下さんはわしゃわしゃと空いた手で雑に自分の短い髪をかき回して、言いにくそうに口を開いた。
そういえば今頃気付いたが、この間は茶色かったはずの髪が黒に近いくらいの青に変わっている。

「あのな」
「はい」
「この間、談話スペースんとこで岩見に偶然会って」
「はあ」
「話しかけたらにこにこして返事してくれて、別に素っ気ないわけでもなかったんだけどさ。なんっか、笑ったときの雰囲気に軽く違和感あるし、あんまリラックスしてないし、俺のこと苦手なんかなーと思ってたんだよ。だから、そんなこと言ってくれてたの、意外だなって。かなり嬉しい」
そう締めくくって、嬉しいという言葉通りに思わずといった風に笑顔になるのを見ながら、俺は少なからず驚いていた。
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