My heart in your hand.

津秋

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答案用紙に取り組む者より、居眠りをしたり黒板の上の時計をまんじりともせず睨み付けたりしている者の方が幾分か多くなった、最終日最終科目の試験時間終了五分前の教室。
俺は時折窓越しでもひゅうひゅうと音が聞こえるくらい風の強い外を眺めて、余った時間を潰していた。科目は最も得意な国語で、詰まる部分もなくすらすらと回答できたので点数には自信があるし、かなり残った時間で暇潰しをかねて散々見直しも済んでいる。

例のごとく今日はこの後が放課になる。気楽なものだ。
読みたい本が二冊ある。今日と二連休のうちに読んでしまいたい。そういえば、岩見からホラー映画を一緒に観ようと誘われていた。岩見は、ホラーを絶対に一人では見られないのだ。そのくせ好きだというのだからよくわからない。撮った側が驚いてほしいだろうという場面で驚き、怖がらせたい場面で怖がる良い観客だが、よく叫ぶので映画館で鑑賞するのは無理だと思う。
取り留めもない考えごとをしているとようやくチャイムが鳴った。一気にざわつく生徒の声に負けぬように試験監督をしていた教師が立ち上がって列の後ろから回収するようにという旨を叫んだ。

「エス! かーえろうぜー!」
「おう」
カンニング防止のために試験中は筆記用具以外の私物は一切合切教室の外に置くように指示されているので、終わったあと一番にするのはそうした荷物の運びこみだ。それから提 出物を出したり終礼をしたり、ばたばたとあわただしくするべきことを終えると、先に開放されていたらしい岩見に、教室の入口から声をかけられた。
最初の頃は岩見が俺のところに来るたび、珍しいものを見るような目をしていたクラスメイトたちも最近は慣れたものだ。
教室に入ってくる岩見に声をかけて短い会話をしている人までいる。いつの間に知り合ったのだろう。俺がAクラスに出向くことは岩見がこちらに来ることよりも少ないので、あちらではじろじろ見られることも未だになくはないのだが。

「はー終わったねぇ、疲れたねー」
「うん。俺、ラーメン食いたい」
「おっ、いいね。どうする、食いに行く? それともインスタント?」
「袋麺にしようぜ。野菜あったっけ」
「あるけどジャガイモとかニンジンくらい。夕飯の材料も一緒に、買って帰ろう」
「了解」
昼に食べるものが決まったところで、俺はバッグを肩にかけて立ち上がった。そしてふと、川森からの視線に気付く。
「? なに」
「いやぁ岩見くんと江角、仲良しっていうか、家族みたいだなーって感心してた」
「へへ、そうでしょそうでしょ? エスは俺にとってとっても大事な人だからね!」
答えた岩見は、至極嬉しそうな表情だった。


教室を出てからもずっと上機嫌なので多分、"付き合っているみたい"などではなく家族みたいだと言われたことが嬉しかったのだろう。そう理解しつつも、つい「そんなに嬉しいか?」と尋ねた。

「うん。そういうエスだって嬉しいだろ」
質問ではなく断定だった。横目で見返すだけで明快な言葉を返さない俺に、したり顔でにんまりと笑う。
「そういう笑い方すると、性悪っぽく見えるぞ」
「むっ。エスって照れ隠しでそういうこと言うよね? もうー素直じゃねえなあ」
「照れてない」
「うっそだー」
表情を窺おうとする頭を上から抑えつけながら顔を背ける。縮む! と騒ぐがそんなに力は入れていない。

手を離してやると、岩見は前髪を直しながら「プリンくいてー」と呟いていた。切り替えが早い。
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