My heart in your hand.

津秋

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考えるように斜め上を見て岩見がまた口を開く。
「湧井さんと委員長は、仲良しなの?」
「さあ……、聞いたことないけど」
キヨ先輩から親しい人の話を聞くことは時々ある。俺も知っている人物ということもあってか、名前が出るのは柊さんが多いが、なんとなく顔を把握している生徒会長や他の風紀委員との話もしてくれる。
しかし彼にとって後輩という立場にある湧井さんと親しいというような話は、特に聞いた覚えがない。だからこそ相談か何かかと思ったのだが。
岩見はふうん、と小さく頷いた。

「―ね、あの人、委員長と話してて嬉しそうだね?」
どことなく意味深な調子で言われたので再度視線を二人に向け、湧井さんを窺う。キヨ先輩に何か言われて、口元に笑みを浮かべて頷いている。控えめな笑顔でも華やかだ。嬉しそう、なのだろうか?
「そうか?」
「そーだと思う」

まあ、彼はキヨ先輩を慕っているのだろう。そうであれば嬉しそうだとしてもなんらおかしくはないと思うが、岩見はなぜそんなことにわざわざ言及するのだろう。
考えながらもキヨ先輩を見ていたら、丁度顔を上げた彼と、ばちりと音がしそうなほどしっかり目が合った。唐突なことに驚いてなんの反応もできずにただ見返すだけの俺に対し、彼は二回ほど瞬きを繰り返してから、控えめに笑ってひらひらと手を振ってみせた。
文化祭の開会式のときもそうだった。彼はあのときも今も、見ていた俺に気がついた。先輩を見ている人は大勢いるのに、こんなにはっきりと目が合うことがあるのは偶然だとしてもすごいと思う。そしてもちろん嬉しくも思う。

俺は咄嗟に会釈しかけたのを止めて、同じように小さく手を振った。「わあ、平和。花投げてえー」と岩見が呟く。

と、不思議そうにキヨ先輩の視線の先を追って、湧井さんがこちらを向いた。今度は彼と目が合う。途端、柔らかく綻んでいた湧井さんの頬が強張ったことが分かった。唇を噛み、顔をしかめるのを隠すようにさっと目を背けられる。
その劇的な変化を唖然として見つめていた俺は、正面から「えっ」と困惑した声が上がったことで我に返った。

「今、もしかして睨まれた?」
いや、睨まれた、というよりはむしろ―。
軽く首を振って問いに否定を返し、またあちらを見ると、湧井さんの様子にすぐに気がついたらしいキヨ先輩が心配げに眉を寄せていた。どうした、と唇が動いたのは離れていても分かった。なんでもないというように湧井さんは首を振る。
そのタイミングで、彼らの姿を遮るように俺たちのテーブルの傍らにウェイターが立った。

「お待たせいたしました」

声を掛けられ、岩見が慌ててテーブルについていた肘をどかし、礼を言った。グラタンを目の前に置いてくれた男性に会釈すると、にっこりと平常運転の爽やかな笑顔を向けられる。

彼が戻ったときには、二人は席を立ったところだった。湧井さんが先に歩き出す。
キヨ先輩は肩越しにこちらを見て声を出さずに「またな」と言った。二人揃って会釈すると、湧井さんと並んでキヨ先輩は食堂を出ていった。
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