My heart in your hand.

津秋

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笑いの余韻を残したままの柔らかい表情で、岩見は「正直に言うとね」と口を開いた。

「あの学校でなら、男と付き合っても変な目で見られることはないじゃん。実際付き合ってる人もいるし、空気的にもさ。―そんな寛容な環境、他にないよなぁチャンスかなぁとかは、思うわけよ」
「うん」
いつも通りを装いつつも少し慎重な声音だ。頷きながら、これは話す気のなかったことなのだろうなと思う。

「でも、さ。ほら、最初の頃にも二人で話したみたいにさ、女がいないから手近な奴で間に合わせてるんじゃ、とは思うよね」
「……ああ」
「付き合ってみて相手を好きになったら、俺は多分ずっとそのことを気にする。笑ってくれても好きって言ってくれても、こんな風に接してくれるのは女の子が居ないからなのかなとか、女の子と付き合えるってなったら迷う余地すらないのかも……とかさ。めっちゃ想像だけどね。そういうこと考えるの、鬱陶しくて嫌だなって思う。でも、俺はそうなるだろうなって予想出来ちゃうんだよなあ」

多分、顔を見られていたくはないだろうと思ったから、岩見が訥々と話す間中、俺は黙って石畳の隙間から顔を出す雑草の、小さな薄紫の花を無意味な熱心さで観察していた。
視界の端に映る岩見の手が少し動いて、デニムに包まれた自分の膝を撫でた。

「―まあ、その前に相手の方が嫌になるかな。自分でさえこんな鬱陶しい人間は面倒だって思うもん。うん、そういうわけで誰かと付き合ってみようかなとかは今んとこないね」
詰まるところ、それが先程の質問に対する答えらしかった。

「俺は鬱陶しいと思ったことねえよ」
どうにも後ろ向きで他人が聞けば卑屈としか取られないようなことを、明快な真実であるかのように言う。いや、岩見にとってはまさに真実なのだから仕方がないことだが。否定されることを求めていないことが分かっていてあえて俺はそう返した。
岩見は複雑で面倒だ。だが、その性質を不快に思ったことも面倒だと厭ったこともない。だから岩見を本当に好きな人間は、俺と同じように、そんなことで離れたりしないと思う。

「ありがと、エス」
「礼言われるようなこと言ったか?」
「言われた気がした」
へにゃりと力の抜けた顔を一瞥する。上手に笑顔を作れる岩見が情けなく笑う顔を見せるのは、まだしばらく俺だけなのだろう。
岩見の相手は、代替ではなく本気で岩見が好きで、そのことを信じさせてやれる人間でないと駄目だし、そんなことをこなせるような人は同年代にはなかなかいないだろうから。

「へえ」
「いや、へえって!」
素直じゃないなあ、と体重をかけてくるのを片手で押し返してベンチから立ち上がる。

岩見は今のままでも何も欠けてなんかいないし、俺は今の岩見が好きだけれど、もっと見合う自信を持って振る舞えるようになるならそれはきっといいことだ。
誰かを好きになったらそういう風に変わることもあるのだろうか。ふとそんなことを頭の隅の方で考えた。

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