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four.
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食卓に着いた途端に腹が鳴った。その音は、向かいに座る岩見にまでしっかり聞こえたらしい。笑って、召し上がれと声をかけられる。
「いただきます」
両手を合わせてから箸を持つ。最初に口に運んだ卵焼きは明太子が混ぜ込まれてほんのりピンク色だ。
牛蒡と人参にピーマンを加えた金平の小鉢から胡麻のいい匂いがして、ふっくらした米が盛られた茶碗の隣には豆腐と椎茸のすまし汁が湯気を揺らしている。
どれもこれまでに食べたことがあるので美味しいことはよく分かっている。だが、主菜として平皿の上にある食べ物だけは知らないものだった。
ちょっと見は普通より平たくて小さめのハンバーグに大葉を巻いたものといったところだが、よく分からない。
「これ何? 見たことない気がする」
「それは、鯵のさんが焼き」
「初めて聞いた」
「鯵のなめろうをハンバーグみたいにしたやつ。レシピ見たら作ってみたくなってさ」
ちょうど鯵が旬だしね、と微笑まれる。
ふうん、と頷きながらそのさんが焼きというものを箸で切り分け口に運ぶ。
呑み込んでから視線を上げると、予想通り岩見はじっと俺を見ていた。
「めっちゃ美味い」
「ほんとっ? よかったー!」
素直に感想を言えば、ぱっと表情が明るくなった。それから止まっていた箸を動かして、自分でも食べ「美味しい」と嬉しそうにする。
岩見が作るならなんでも美味いと思うけれど、流石に初めて作るものだと岩見も心配になるらしい。
すまし汁の椀を持ち上げて、気休め程度にしかならないことを知りつつも息を吹きかける。猫舌なのは自覚しているが飲み物とは違って食事は熱いうちに食べたい。
「エスのクラスは、もう文化祭の話し合いした? 俺んとこ、今日だったよ」
そっと口をつけた汁はなんとか呑めるくらいの熱さだった。ふうと息をついて味わっていた俺に、岩見が話を振ってくる。椀を元の位置に戻しながら「俺も今日だった」と答える。
「おっ、一緒か。何するかもう決まった?」
「決まった、と思う。多分」
「多分?」
「なんか、和装するらしい」
牛蒡と人参とピーマンの三色を一緒に摘まんで口に入れる。金平は、この甘辛い味付けとしゃきしゃきした歯ごたえが好き。
「へえ! エス、着物きるの? 浴衣かな?」
「―さあ。そうかも」
「"らしい"とか"かも"とか、なんか曖昧だな?」
岩見は不思議そうに言ってすまし汁を呑む。猫舌ではないので冷ます素振りもない。
「盛り上がっていろいろアイディアは出てたんだけど、こういう格好がいいとかこういうコンセプトで、とかばっかりだったから、途中からあんまり聞いてなかった」
「あ、なるほどなるほど。納得した」
結局何をやるかということも最終的には決まったはずだ。確か喫茶店のようなものだったと思う。これまた曖昧な情報を伝えると、うんうんそっかぁと妙に優しい顔で頷かれた。
「お前んとこは、なにやんの」
「焼きそば作るよ!」
「焼きそば? まともなとこにいったな」
「だろー。でも、うちの学校じゃ今まであんまりなかったらしいよ、焼きそばやるクラス」
「へえ、なんでだろうな。焼きそば美味いのにな」
「ねー? 美味しいのにねー」
緩い会話。平和だ。
文化祭にはあまり興味がなかったけれど、岩見が楽しみだねと笑うからなんとなく俺もそういう気になってきた。
「いただきます」
両手を合わせてから箸を持つ。最初に口に運んだ卵焼きは明太子が混ぜ込まれてほんのりピンク色だ。
牛蒡と人参にピーマンを加えた金平の小鉢から胡麻のいい匂いがして、ふっくらした米が盛られた茶碗の隣には豆腐と椎茸のすまし汁が湯気を揺らしている。
どれもこれまでに食べたことがあるので美味しいことはよく分かっている。だが、主菜として平皿の上にある食べ物だけは知らないものだった。
ちょっと見は普通より平たくて小さめのハンバーグに大葉を巻いたものといったところだが、よく分からない。
「これ何? 見たことない気がする」
「それは、鯵のさんが焼き」
「初めて聞いた」
「鯵のなめろうをハンバーグみたいにしたやつ。レシピ見たら作ってみたくなってさ」
ちょうど鯵が旬だしね、と微笑まれる。
ふうん、と頷きながらそのさんが焼きというものを箸で切り分け口に運ぶ。
呑み込んでから視線を上げると、予想通り岩見はじっと俺を見ていた。
「めっちゃ美味い」
「ほんとっ? よかったー!」
素直に感想を言えば、ぱっと表情が明るくなった。それから止まっていた箸を動かして、自分でも食べ「美味しい」と嬉しそうにする。
岩見が作るならなんでも美味いと思うけれど、流石に初めて作るものだと岩見も心配になるらしい。
すまし汁の椀を持ち上げて、気休め程度にしかならないことを知りつつも息を吹きかける。猫舌なのは自覚しているが飲み物とは違って食事は熱いうちに食べたい。
「エスのクラスは、もう文化祭の話し合いした? 俺んとこ、今日だったよ」
そっと口をつけた汁はなんとか呑めるくらいの熱さだった。ふうと息をついて味わっていた俺に、岩見が話を振ってくる。椀を元の位置に戻しながら「俺も今日だった」と答える。
「おっ、一緒か。何するかもう決まった?」
「決まった、と思う。多分」
「多分?」
「なんか、和装するらしい」
牛蒡と人参とピーマンの三色を一緒に摘まんで口に入れる。金平は、この甘辛い味付けとしゃきしゃきした歯ごたえが好き。
「へえ! エス、着物きるの? 浴衣かな?」
「―さあ。そうかも」
「"らしい"とか"かも"とか、なんか曖昧だな?」
岩見は不思議そうに言ってすまし汁を呑む。猫舌ではないので冷ます素振りもない。
「盛り上がっていろいろアイディアは出てたんだけど、こういう格好がいいとかこういうコンセプトで、とかばっかりだったから、途中からあんまり聞いてなかった」
「あ、なるほどなるほど。納得した」
結局何をやるかということも最終的には決まったはずだ。確か喫茶店のようなものだったと思う。これまた曖昧な情報を伝えると、うんうんそっかぁと妙に優しい顔で頷かれた。
「お前んとこは、なにやんの」
「焼きそば作るよ!」
「焼きそば? まともなとこにいったな」
「だろー。でも、うちの学校じゃ今まであんまりなかったらしいよ、焼きそばやるクラス」
「へえ、なんでだろうな。焼きそば美味いのにな」
「ねー? 美味しいのにねー」
緩い会話。平和だ。
文化祭にはあまり興味がなかったけれど、岩見が楽しみだねと笑うからなんとなく俺もそういう気になってきた。
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