80 / 192
two.
40
しおりを挟む
「少し、揺れるぞ」
「はあい……」
自分の鞄を持ち直し、首に腕を回させて体をぐっと引き上げる。体勢を整えて蒸し暑いトイレを出た。
岩見は身長の割りには多分痩せている方で、たいしてごつくもないから運ぶのは余裕だ。
荷物を回収してから、寮に帰る。
遮光カーテンを引いた部屋は昼間でも真っ暗だ。開けたままのドアから入り込む光だけでベッドまで行き、背負っていた体をそっと下ろしてやる。
深く息を吐き出しながらこちらを見上げた岩見が力なく笑ったのが薄明かりの中で見えた。
とりあえずクローゼットから着替えを取り出して、ジャージから着替えさせる。いつもなら軽口を言う状況だが、岩見は黙り込んだまま俺が被せたTシャツの袖にもそもそと腕を通した。頭痛を堪えるだけで精一杯なのだろう。
ようやくベッドに横になると、目を瞑ったまま深く息をつく。
「エス、ありがとう。助かった―。ごめんね」
「ごめんは余計」
額に手を乗せる。汗ばんでいて、こめかみから脈動が強く伝わってくる。軽く指圧するようにそこを抑える。この当たりから眼球にかけてが脈打って痛むのだという。
光まで刺激になるとかで、岩見がわざわざ遮光カーテンを使っているのはそれが理由だ。
「氷枕いるか」
「欲しい」
「わかった。待ってろ」
部屋に戻ってきたことで少しリラックスしたのか、さっきの死にそうな雰囲気は和らいでいる。それでも痛みは健在なのだろう、眉間に寄せられた皺は消えていない。
とっくにセットの乱れた髪を撫でてやって、静かに部屋を出る。
氷枕の他にタオルも持っていった方がいい。それから教室から回収した鞄の中から制服を出してハンガーにかけておかなければならない。頭の中でやるべきことをリストアップしていく。優先順位をつけて、その通りに一つずつこなしていくのが俺にとって一番無駄のない動き方なのだ。
後頭部から首にかけてをしっかり冷やすように、タオルをかけた氷枕を頭の下に置いて、濡らして固く絞ったタオルで汗ばんだ肌を拭く。冷たさが気持ちいいという岩見の要望でタオルは額に乗せたままにした。
やるべきだと思ったことを一応全部終えて、また岩見の頭を撫でる。以前に岩見が片頭痛による不調を訴えたときになんとなく頭を撫でてやったら、ちょっと楽になる気がすると言ってくれたのが記憶に残っていて、痛みに耐えているのを見ると半ば癖のように繰り返してしまうのだ。
「はー……、ごめん、ご飯できねえ」
「大丈夫だから。少し眠れ」
「そうする」
右の眼球を押さえるような仕草をして、ゆるく微笑む。それからすっと瞼を閉ざしたのを見て、俺は部屋を出た。
それにしても慣れない。
岩見がすごく辛そうに蹲っている姿を見ると原因が分かっていても内心ひどく焦ってしまう。緩和してやれたらいいのに、俺には頭を撫でてやるくらいしか出来ないのだ。
あいつから聞いた話によると、頭が痛くなる前に前兆のようなものがあるらしい。
目の前にキラキラがどんどん広がっていく、という不思議な説明ではあったが、実際にそういう症状があるのだそうだ。
その前兆の段階、あるいは痛くなり始めてすぐに薬を服用しないと今日のような状態になるのだとか。
試合や集団行動のいろいろで中々教室に戻って薬を飲むタイミングが掴めなかったのだろうと思う。
早く楽になるといい。俺は岩見に笑っていてほしいと思っているが、見たいのは辛いのを隠して笑う顔ではないのだ。
「はあい……」
自分の鞄を持ち直し、首に腕を回させて体をぐっと引き上げる。体勢を整えて蒸し暑いトイレを出た。
岩見は身長の割りには多分痩せている方で、たいしてごつくもないから運ぶのは余裕だ。
荷物を回収してから、寮に帰る。
遮光カーテンを引いた部屋は昼間でも真っ暗だ。開けたままのドアから入り込む光だけでベッドまで行き、背負っていた体をそっと下ろしてやる。
深く息を吐き出しながらこちらを見上げた岩見が力なく笑ったのが薄明かりの中で見えた。
とりあえずクローゼットから着替えを取り出して、ジャージから着替えさせる。いつもなら軽口を言う状況だが、岩見は黙り込んだまま俺が被せたTシャツの袖にもそもそと腕を通した。頭痛を堪えるだけで精一杯なのだろう。
ようやくベッドに横になると、目を瞑ったまま深く息をつく。
「エス、ありがとう。助かった―。ごめんね」
「ごめんは余計」
額に手を乗せる。汗ばんでいて、こめかみから脈動が強く伝わってくる。軽く指圧するようにそこを抑える。この当たりから眼球にかけてが脈打って痛むのだという。
光まで刺激になるとかで、岩見がわざわざ遮光カーテンを使っているのはそれが理由だ。
「氷枕いるか」
「欲しい」
「わかった。待ってろ」
部屋に戻ってきたことで少しリラックスしたのか、さっきの死にそうな雰囲気は和らいでいる。それでも痛みは健在なのだろう、眉間に寄せられた皺は消えていない。
とっくにセットの乱れた髪を撫でてやって、静かに部屋を出る。
氷枕の他にタオルも持っていった方がいい。それから教室から回収した鞄の中から制服を出してハンガーにかけておかなければならない。頭の中でやるべきことをリストアップしていく。優先順位をつけて、その通りに一つずつこなしていくのが俺にとって一番無駄のない動き方なのだ。
後頭部から首にかけてをしっかり冷やすように、タオルをかけた氷枕を頭の下に置いて、濡らして固く絞ったタオルで汗ばんだ肌を拭く。冷たさが気持ちいいという岩見の要望でタオルは額に乗せたままにした。
やるべきだと思ったことを一応全部終えて、また岩見の頭を撫でる。以前に岩見が片頭痛による不調を訴えたときになんとなく頭を撫でてやったら、ちょっと楽になる気がすると言ってくれたのが記憶に残っていて、痛みに耐えているのを見ると半ば癖のように繰り返してしまうのだ。
「はー……、ごめん、ご飯できねえ」
「大丈夫だから。少し眠れ」
「そうする」
右の眼球を押さえるような仕草をして、ゆるく微笑む。それからすっと瞼を閉ざしたのを見て、俺は部屋を出た。
それにしても慣れない。
岩見がすごく辛そうに蹲っている姿を見ると原因が分かっていても内心ひどく焦ってしまう。緩和してやれたらいいのに、俺には頭を撫でてやるくらいしか出来ないのだ。
あいつから聞いた話によると、頭が痛くなる前に前兆のようなものがあるらしい。
目の前にキラキラがどんどん広がっていく、という不思議な説明ではあったが、実際にそういう症状があるのだそうだ。
その前兆の段階、あるいは痛くなり始めてすぐに薬を服用しないと今日のような状態になるのだとか。
試合や集団行動のいろいろで中々教室に戻って薬を飲むタイミングが掴めなかったのだろうと思う。
早く楽になるといい。俺は岩見に笑っていてほしいと思っているが、見たいのは辛いのを隠して笑う顔ではないのだ。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
当たって砕けていたら彼氏ができました
ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。
学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。
教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。
諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。
寺田絋
自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子
×
三倉莉緒
クールイケメン男子と思われているただの陰キャ
そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。
お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。
お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく
かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話
※イジメや暴力の描写があります
※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません
※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください
pixivにて連載し完結した作品です
2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。
お気に入りや感想、本当にありがとうございます!
感謝してもし尽くせません………!
[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます
はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。
果たして恋人とはどうなるのか?
主人公 佐藤雪…高校2年生
攻め1 西山慎二…高校2年生
攻め2 七瀬亮…高校2年生
攻め3 西山健斗…中学2年生
初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる