My heart in your hand.

津秋

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「あ―」
「え?」
岩見が振り向いて、声を上げた俺を見た。それから俺の視線を辿って前を向き、「あ、風紀委員長」と呑気な声を発した。向こうから歩いてきていた先輩も俺たちに気がつくと軽く片手をあげて挨拶をしてくれた。

「久しぶり、ハル。岩見も」
「へあっ? あ、はい、そうですね、お久しぶりです」
なぜか動揺した岩見は頭を下げてから俺を見た。
「こんにちは」
俺も先輩に会釈してから、なんだよ? と物言いたげな岩見を表情で促したが、何も言い出しはしなかったので不思議に思いながらもまた先輩の方に顔を向けた。

「―キヨ先輩、疲れてますね」
「うん、ちょっと」
「身体測定のためですよね? お疲れ様です」
岩見が言うと、先輩は知っているのかと意外そうに俺達二人を見てから頷いた。
「テストも近いし。お互い頑張らないとな」と軽く言う彼はうっすらとだがクマが出来ている。

「俺に出来ることがあるなら手伝います。協力するって約束したし」
この間話したときは、そんなクマはなかったのに。と思ったら、何かしなければという気がした。
「ありがとう。岩見は―、ハルと同じクラスではないんだよな」
「あ、そうっすね」
先輩は、親指で顎を撫でるような仕草をした後、窺うように俺の目を見た。俺は少し首を傾げて言葉を待つ。
「じゃあ、岸田と一緒に見回りしてくれるか? 同じクラスだっただろう、確か」
「同じです。分かりました」
すぐにそう応じる。彼は疲れた顔のまま嬉しそうに破顔した。
「ありがとう、ハル。助かる」
どうにも彼から真っ直ぐに礼を言われると居心地が悪い。いえ、ともはい、ともつかない微妙な返事には頓着せず、彼は笑顔のまま俺の頭に手を乗せる。
驚いて見上げればくしゃくしゃと髪をかき混ぜられた。

「テストも終わったら、この間言ってた本貸してくれるか?」
「あ、え、はい」
「楽しみにしてる。じゃあな」
状況を呑み込みきれていない俺にそう言って、最後に頭を軽く押さえてから先輩は俺たちが来た方に歩いていった。
撫でられた。とても自然な仕草で。ぽかんとしたまま頭に手を当てて、去っていく背中を見送る。俺が我に返ったのは岩見に軽く制服を引っ張られたときだった。

「ちょっといいかい? エスくん」
「なに?」
同じように先輩の後ろ姿を目で追っていたらしい岩見がこっちを向いた。
「委員長じゃなくてキヨ先輩って、先輩呼びなの? エスが年上に先輩ってつけるの初めて聞いたんだけど」
「まあ、初めてだから」
「だよな? にしても、なんでさん付けじゃなく先輩なの? あとしっかり敬語使ってるし」

ついこの間まで申し訳程度の丁寧語だったのに! という岩見。敬語がどうとか、そんなことよく気が付いたなと思った。俺でさえ意識はしていなかった。
興味津々といったふうに見上げてくる様子に苦笑する。背中を軽く叩いて促すと岩見はおとなしく隣を歩き始めた。

「敬語になったのは、多分あの人に雑な扱いをしたくないからだと思う。"先輩"は、単に親しみを込めてみただけ」
「そ、っかあ。」
「うん」
岩見は目をくりくりさせてしばらく俺の横顔を見つめていたが、そっかそっかと呟くと肩をぶつけてきた。
そのまま腕同士を絡めてくる岩見を見下ろす。光っているみたいな明るい表情を浮かべているから、少し驚いた。
「その顔はどういう意味?」
「誰が寄ってきてもどうでもいいって感じのエスに、どうでもよくない人が出来たんだなって嬉しくて」
「なんで、お前が嬉しいんだよ」
笑うと岩見は「なんでだろう」と言いつつにこにこ笑い返してくる。

別に、俺は人間嫌いなわけではない。ただ、交遊関係を広げる必要性を感じていないだけだ。今で十分に足りているから、積極的に他の人に関心を持つ気にならない。相手の方から近付いて来られても同じ
ことだ。
いや、相手から近づいてくる場合は嫌だと思うことの方が多いかもしれない。友人を悪く言ったり、やたらと媚びへつらってくる人と仲良くしようなんて誰が思うだろうか。
それに、自分の傍にいる人とそれ以外の人を同じには扱えない。他人に優しくするくらいなら、その分、身内に優しくしたい。それが他人に対して冷たいということなら、その通りなのだろう。

考えるに、キヨ先輩は言葉に厭な含みがなくすっきりしていて、いいなと感じたときにはもう明確に俺のなかで存在感のある人になっていたのだと思う。
俺が他人を気にかけるのは珍しいと、岩見には以前にも指摘されていたことを思い出す。
つまり、この間話をしたときより前から、俺はキヨ先輩を好ましく思っていたのか。確かに、『どうでもよくない人』だ。

「てーか、委員長もハルとか呼んでるし!」
「全然慣れない」
「俺がエスって呼ぶっていった時もしばらく同じこと言ってた」
懐かしむように笑う様を見て俺も数年前を思い出した。そういえばあの時も慣れるまで戸惑ってしまった。

「俺はそんなに順応性高くないから」
「呼ぶたびに恥ずかしくてちょっと不機嫌な顔するエス、可愛かったよ」
さっきも可愛かったよ、などとにやにやしながら言われたのでふくらはぎのあたりに蹴りを入れた。
痛いという抗議には耳をかさないことにする。
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