上 下
24 / 56

元カレと友達と⑦

しおりを挟む
「和泉も知花も、マジでうざい。黙って俺のいうこと聞いとけよ」

 公園の片隅で言い争っていた二人だが、予想通りにキレた颯太が知花に手を出す事態になってしまった。

「先輩っ!こんなことしても無駄です!!」
「黙れって言ってるだろうが…」

 髪を握るのとは逆の手が拳になり、勢いよく上へと上がるのが知花の視界に入る。
 逃げ場の無い知花は咄嗟に目を強く瞑った。

 次の瞬間、ガッという骨同士がぶつかり合う音が耳へと届く。
 けれど、知花には痛みは無い。

 それどころか、自分の頭を覆うように、誰かがしっかりと抱き込んで守ってくれている。

 嗅いだことのあるその香りに、知花は相手の顔を見ずに悲痛の声を上げた。

「太一っ!!!!」
「…ほんっとお前…」

 庇った太一の口の端には血が滲んでいたが、それすらも気にも留めず、知花の足元が浮いてしまいそうになる程抱きしめ、安堵の溜め息を吐いた。

「間に合って良かった…」

 その声が優しく、温かく、知花は溢れる涙をそのまま受け入れる。

「和泉…お前、またかよ…!!」
「先輩、今まで色んな子に動画やら写真やらで脅してましたね?…まさか自分がそっち側になるなんて思いもしなかったでしょう?」

 太一がクイっと顎先で方向を示すと、その先にはスマートフォンを構えたソフィアとヒューズがいた。

「……なっ!!」
「取引しましょうか。バラ撒かれたくなかったら、今すぐこの場で、スマホ内の画像と動画全部消してください。あ、勿論クラウドのやつも全部ですよ?」

 太一はそっと知花を腕から解放すると、逃れようとする颯太の腕をがっしりと掴む。
 颯太は周囲を一瞥したが、撮影を続けるソフィアも、その隣で冷やかな目で見下ろすヒューズもいる状況に観念したのか、渋々ポケットからスマートフォンを取り出した。

「知花っ!」

 呼び掛けられ、胸へと飛びこんできたソフィアを抱き止めると、知花の胸に擦り寄るように溜め息を吐く。

「心臓が止まるかと思ったわ…貴女、無茶しすぎよ…」
「…ごめんなさい、それよりもどうして此処に」

 知花がヒューズを見上げると、いつもより低い声で太一から高校時代の話を聞いたことを告げられた。
 怒鳴りもしないし、表情も普段と殆ど変わらない。
 けれどヒューズが怒っている、そう感じた知花は自分がしでかしたことを謝罪した。

「消去、終わったぞ。じゃあ先輩、もう帰っていいですよ。あ、もし次何かしようとしたら、これ持って警察行くんで」

 顔も鮮明に映り込んだ動画を流しつつ、ブラブラとスマートフォンを見せつけると「わかった」と小声で返事だけをし、颯太は逃げるように駅の方へと走り去っていく。

「…はぁ、これで大人しくなるといいけどな。まぁ、念には念を押しておこうか」

 すかさず太一が画面の上で指を滑らせる。
 知花はいけないと思いつつも、太一の傍へと寄りその指先の動きを見つめた。

「念には念をって…一体何をするの?」
「ん?お前の弟に動画送った」
「へ!?かいに!?」
「高槻先輩、お前の親父さんとこに入社したがってたからな。要注意って送っといた。」

 櫂は知花とは比べものにならない程の頭の良い弟であり、いずれ会社の代表である父の跡を継ぐために、ただ今絶賛、英才教育中なのだ。
 つまり、次期社長。
 今はまだ学生でもあと数年もすれば櫂は父の会社へ入り、社内でもずば抜けた発言力を持つ存在になるだろう。

(先輩、うちの会社どころか取引先、全部駄目かも…)

「あら。生きていけるだけ、まだ優しいじゃない。ヒューズだったら、即刻叩き斬っていたんじゃないかしら?」
「…随分と物騒な冗談言うな、このお嬢様」
 冗談ではないと思いますとは言えず、知花は目と口をギュッと結んだ。

「あ、そうだ」

 知花は鞄からハンカチを取り出すと、太一の口の端を刺激しないように触れる。
 だが、既に血は固まり始め、口の端の褐色は取れない。

「…ごめん…痛かったよね?」
「お前が怪我するよか、マシだ」

 フイっと顔を背けたが、その耳はほんのりと赤い。

(…素直じゃないんだから)

 でも、誰よりも優しい太一。
 顔を背けても、知花は追いかけるように太一の顔を覗き込む。
 くるくると一周追いかけっこをしたあと、観念した太一が横目で知花と目を合わせた。

(本当は皆に太一の良い所、知って欲しいけど…今は、まだ私だけでもいいや)

 知花がへにゃりと笑うと、呆れたように眉を下げた太一が照れくさそうに微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R-18】『対魔のくノ一・ナツキ』~人間、忍者、魔物から犯され、セックス依存になるまで堕ちる少女~

文々奈
恋愛
 くノ一として類い希な素質を持った少女ナツキは、自身の力の大きさゆえに、大きな力を持った敵を引き寄せてしまう。  人間からは姑息な手段でレイプされ、同業である忍者からは淫らな術に嵌められて、人外の獣からも犯されてしまう。  そんな犯されまくりのナツキであるが、陵辱の無副産物で無駄にレベルの上がった性の技巧を武器に、くノ一としてぐんぐん成長していく。  第1章 始まりの章  くノ一になりたてのナツキが、肉の塊のような政治家の暗殺に失敗して、後日犯されてしまう話。 『弱肉強食のいい時代だね。もっと、もっと獣的な時代ニビィギィヤッ!?』 「弱肉強食、……ね。より強い力に葬り葬られたのなら本望よね?」  ――後日 「くノ一無勢がルームメイドなんぞに化けおって!」  ヂュブッ、ヂュブオッ、ヂュブッヂュボオオッ! 「うっ、う゛、あ、あっ、あぁあ、あ、くっ、や、やめっ! う、あぁ!?」  第2章 忍の章  女友達であるエリナ、その彼氏である榎本くんから無理やりキスされ、写メを撮られ、それをネタに言いなりにさせられてしまう。その後、AVにまで出演させられてしまう話。  第3章 決戦の章  この国を牛耳る政治家(淫魔)が主催する淫武御前トーナメント。  その大会に出場することとなったナツキは、忍びでも淫魔でもない男達にまで陵辱されてしまう。挙げ句想い人まで寝取られ、踏んだり蹴ったりな目に遭ってしまう。  大会の中で明らかになっていく事実。淫魔の狙い、淫魔を作り出した黒幕の存在も明らかになっていく。  淫魔と忍びの戦いはクライマックスを迎える。  挿絵がある回は、タイトルに<挿>と表記します。  エロの多めな回は♥と表記します。

処理中です...