上 下
235 / 237

魔法省人事録(10)

しおりを挟む
「それで若いの、何故にここに来たんじゃ?」

「いやそれはさっき言って…」

「ああ、そうじゃった。疫病をどうにかしてくれるって話じゃったな」

「いやまあ拡大しないようにすることで精一杯なんですけど…」

「分かっとるよ。こう見えて私、この村の村長だから」

あんた村長かよ。

「…それで何の用なんですか?」

多少雑にそう言ってしまうが、気にしない。

「まあそうカッカするな。お母さん話長い割に要点全然言わないよねってことは息子にも言われることなんじゃ」

……どうやらこの人の子どもは男性らしい。そして要点ほんとに言わねえなこの人。

「さっきの話を聞いてたんじゃ。どうしてこの村に疫病が流行り、こんな風になったか。どうして私だけが元気でいられるのか、と言ってもこの村はほぼ死にぞこないしかいないんじゃが…」

「ヨモ婆それやめて…儂…まだ現役の魔導具職人…」

ここでいち早く会話に乱入してきたお爺さんが、ゼイゼイ言いながら婆さんに言葉を投げる。

いくら老人が多い寂れた村とは言え、死にぞこないしかいないというのはこの人含めて失礼ではないのだろうか。まだまだ現役の人だっているわけではあるし。

「あれあんた、もう辞めたんじゃなかったか?」

「あ、辞めてたわ儂」

……………………

「なんだか茶番を見てるみたいだね」

ロベルトは終始黙って、事の成り行きを見ている。とても面白いものを見る目で。やり取りは全部こちらに投げやりにして。

一方メアリーは黙々と作業をやっている。例の爺さんに絡まれながらだが。

「この村ももう終わりさ。何どうせ無くなろうとしてたもんだ。新しい試みができないってのはちょいと残念だがね」

「新しい試み?」

「若い頃に聞いた、昔あったものの復興。最も私にとっちゃあそれの呼び方も何だったかも曖昧だけどね。ただこう手を合わせるだけの…」

…何を言っているか分からない。そして意味不明なポーズになって目を瞑った。

「…新手の魔法ですか?」

「ハハッ、皆そう言うね。けどどうも違うらしい」

と、雑談もいい加減いいところの現場に訃報が舞い込んで来た。

「あー!大変だあ!森から魔物が来やがったあ!動ける奴は誰でもいいからこっちに来てくれえ!」

「ありゃあ私んとこの爺さんの声だ」

「あー、僕らの出番っすねえ」

ロベルトは意気揚々と外に出た。

-暗期の森-

暗期の森。生い茂る木の葉に日光が遮られ、昼間でも薄暗い森。だが単純ゆえ、そして人手が入りにくい場所なので度々魔物が現れるらしい。

そんな暗期の森の前の平野に俺、メアリー、ロベルトは案内役の爺さんと共にやって来る魔物の迎撃をしようとしていた。

「いざとなったら儂のこの鍬で…」

「絶対やめたほうがいい」

この爺さん、自分が杖を付いて歩いていることを知らないのか。婆さんの夫らしいが、整えられた白髪の婆さんと比べ、既に髪の毛一本なく、足元もかなり覚束ない様子だ。かなり痩せてもいる。おまけに汗をよく掻いている。

(どうしてこうも個性的な人が多いんだ!この村!)

村の名前はヒレェユィと呼びにくいわけだし、どうも普通じゃねえ。

だが悲しいかな。普通じゃないのは残念ながら地名だけではないらしい。わりかし普通の名前の森から出てきた魔物の姿は本来根の部分で歩く巨大花だった。

「あ、あれは!なんて恐ろしい…!」

爺さんが突然、杖を取りこぼし、地面に倒れる。

「あれは…この儂、マゲが70年生きてきた中でも大物…あんなの…あっては…」

どうやら名前はマゲと言うこの爺さんは、そのまま地面に膝を付き、ただ慄き始めた。

「そ、そんなにヤバい魔物かよ。メアリーあれ分かるか?」

「私もあの魔物は見たことない…」

どうやらメアリーにもな分からないらしい。と、ロベルトが突然バッと何も準備せずに動く花のほうへと向かって行った。

「ロベルト!?お前!?」

「あの魔物はね!ロディ!」

ロベルトは何故か喜々としているようにも見える。最後まで言い終えることなく、根っこ3本で歩く花の方へ向かって行く。よく見たら3匹こっちに来ている。

その巨大花一行はロベルトが近づいてきた瞬間、黄色い花粉のようなものを撒き散らしていく。ロベルトはその中に臆さず突っ込む。

「馬鹿!あれが何なのかも分からないのに!」

メアリーもこれには驚きを通り越して呆れているようだ。しかしロベルトは花粉の中に突っ込んでも何も変わらない様子で突っ立っている。

「ロベルト!!!!!」

何はともあれこちらもジーッと突っ立っているわけに行かず、同じく巨大花の方に向かって行く。

が、花粉を吸うか吸わないかの寸前、ロベルトがバッと出てきて「やめたほうがいいよ、君らは」と止めに入る。

「やめたほうがいいって、何が?」

「あの中に突っ込むの」

「…それお前が言うか?元々突っ込むつもりもないし」

あくまでロベルトに手を差し伸ばしに来ただけであの謎の花粉に突っ込むつもりは毛頭なかった。

「いやね、あの花粉が効くかどうか試したんだけどやっぱ効かなかったからねえ。だならまあ突っ込むのはもうしない」

「…やっぱあの花粉なんかあるのかよ、お前大丈夫か?」

「あー、うん。まあ大丈夫。見ても何とも思わないってことは」

と、ここでロベルトが先程からメアリーを凝視していることに気づく。

「…何?」

メアリーもどうやらそれに気づき、若干の不快感を表す。

「いや、効果があるのかなーって。あの魔物の」

「…なあ、その効果って何?」

「催淫」

…?

「意味、分かる?」

「…………」

メアリーは何も言わない。ただより一層ロベルトと顔を合わせなくなったような気がする。

「なんとなく分かるけど、もしかしてあの花って…」

「あの花はスアデラフラワーって言って、別名は誘惑の花。あの黄色いの吸ったら人目も弁えずに近くの人とおっ始めるから」

「…へぇ」

「まあ倒すのは簡単だよ。耐久力も攻撃力も全然だし、効果的なのは火だね。てか危なかったねー。マスク越しでもロディとメアリーが突っ込んでたら終わってたよ。まあ僕は大丈夫だけど」

「…なんで大丈夫なんだよ。そういう加護の魔法か?」

「まあ…生まれつき…かな」

何故かそう言うロベルトの言葉が澱んだように聞こえたが。

「もしくはメアリーに魅力がないかのどっちかだね。こいつ女かどうかも怪――」

次の瞬間、ロベルトはそこにマスクだけを残してどこかに消えていった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

処理中です...