122 / 237
1965年(4)
しおりを挟む
5分程彼らを追っただろうか。彼らはとある店の中に入って行く。
いわゆるレストラン。小さく構える木製の店だ。中はきれいに整えてあったことを覚えている。
彼はここの茶が好きだった。紅茶、イギリス人のような趣味を持つ彼は最後にここで一息しようとしたのだろうか…
私は外から窓越しで様子を見ている。距離は8mくらいあるだろうか。ジョーヒンのような格好をした男達はとある席を囲むようにして立っている。4人程だ。だがその中心にはおそらく…
(クソッ!)
私は内心そう呟いた。あの状態では助かる道はないだろうと思ったからだ。それが分かったからと言って、動くことはできない。私が出たところで変わりはない。おそらく彼は連れて行かれるであろう…
だが予想を裏切るかのような事態が起きた。2人の男らしき人物が突然吹き飛ばされたのだ。
(なんだ?)
私は内心呟くと突然一人の男が店の出口に向かって走り出す。
(あれは…カシヤノフ)
その男は研究所の屋上で話していた人物とそっくりだったのだ。その跡をKGBらしき奴らが追う。
「まずい…」
私は声に出してそう言うと連中にバレないように彼らを追う。カシヤノフの走る速さは確か諜報員の中でもずば抜けていたはずだ。
だが安心感など一つもない。連中が何も持たないはずがない。私が彼らを正面で捉えた瞬間、そのうちの一人が拳銃を取り出しながらカシヤノフが逃げた角を曲がるのが見えた。
(いや撃たないはずだ)
私は咄嗟の状況判断でそう下した。時刻は午後4時くらいだろう。人通りも少なくなく、この状況で発砲などすれば民間人に当たる可能性だってあるのだ。
それに…最悪だが民間人を盾にするという方法もあるだろう。ひとまずは…逃げ切れる。
……ドン!……
突然、僅かにだが鈍い音がした。まさか発砲したのかとなったがすぐに否定する。
あの音は…何かぶつかったような音だ。勢いのある何か硬いものに
嫌な予感がした。彼らは確かこの角を…曲がった先に…
まず耳に入ってきたのは人の声だ。叫びではなく何か騒ぎがあったかのようなザワザワとしている。その先は十字路だ。
人混みはできていなかった。だがよく見えない。もう少し先にと足を踏み入れる。
次の瞬間私は一瞬にして状況を理解した。
カシヤノフは倒れていた。仰向けに。その体は脱力していて、バッタリと動かない。
頭からは血を流している。そして彼が倒れている場所は車道だ。
「そんな…」
その中にジョーヒンがいるのかは分からない、ただ黒服黒帽子の男達が民衆を遠ざけているのを私は遠目に見ることしかできなかった。
_________________
いつもの日々が始まる。私は目を覚まし、体を起こす。今は何日だろうかとカレンダーを見る。
-1965年3月5日-
私はカレンダーを確認したあと研究所へと向かう。あれから既に3日が経っていることに驚きはしない。悲しみは乗り越えなければいけない。
いつもの正装、いつもの所持品で私は研究所の門の中へ入ろうとするがそれを止める手が現れる。
「失礼、少しいいかな?」
「あんたは…」
「ジョーヒンだ。話す、というか伝えることがある」
ジョーヒンは一息置いたあと
「カシヤノフは死んだ。もう捜す必要はなくなった」
「……あぁ、そうなのか。それで結局彼は何だったんだ?」
「大体は分かった。口の中にカプセルがあった、ストリキニーネという猛毒のな。我々にもし捕まったら、捕まった瞬間に噛み砕いて死ぬ予定だったんだろう。その前に死んでしまったが」
「その前に…か、何故彼は死んだんだ?」
「車に撥ねられた。速度はそんなに出てなかったがフロントガラスに頭をぶつけた勢いで外傷性のくも膜下出血、医者はそう言っている」
「…そうか、なるほどな…私はもう必要ないわけだ。他に話すことは?」
「しばらくこの街にいることになった。奴がここで何をしていたのかを確認するためだ。だからお前が必要になる時もくる。その時はここにいる」
「まだいるのか」
「そうだ。嫌と言ってもいるぞ。それとだ…あいつ、カシヤノフはお前の同僚じゃなかった、だから悲しむ必要はない」
「大丈夫。その事は既に…」
「承知している…か?話は終わりだ、行っていいぞ」
ジョーヒンはそう言うとここから立ち去って行く。それに合わせて私も研究所へと入る。
_________________
仕事が終わり、私は家の郵便ポストの中を確認した。
一つの手紙が送られてきていた。郵便局の物ではない。私は家の中に入り、手紙の封筒を破り、読む。
---諸君、お勤めご苦労。ここに記すことは極秘事項であり君達の命に関わることだ。
昨々日のことだ。アラスカ州アムチトカ島で謎の生物が出現した。この生物を発見した我が国の海軍の戦艦が攻撃を受けた。
その生物の特徴としては1対の羽とトカゲのような顔をした四足歩行の巨大生物だ。
特筆すべき点は火炎放射機能もあるということだ。これが我が軍に対する軍事的な意図があるということは明らかだ。既に海軍の戦艦は沈没。船員も12人程亡くなっている。
我々はこの事態を重く見ている。大統領の判断でデフコン4を宣言している。
現在までにデフコンは4であるが、ソ連の対応次第でデフコン3、あるいは爆撃を行う。
現在アラスカ州の方で爆撃機の準備が整えられつつある。万が一この事態が発生しうる場合、すぐにソ連国外に逃亡する準備と集合地点を手紙で知らせる。
第三次世界大戦が発生する可能性があることも危惧するように。
---CIA長官
私はしばらく立ち尽くした。
いわゆるレストラン。小さく構える木製の店だ。中はきれいに整えてあったことを覚えている。
彼はここの茶が好きだった。紅茶、イギリス人のような趣味を持つ彼は最後にここで一息しようとしたのだろうか…
私は外から窓越しで様子を見ている。距離は8mくらいあるだろうか。ジョーヒンのような格好をした男達はとある席を囲むようにして立っている。4人程だ。だがその中心にはおそらく…
(クソッ!)
私は内心そう呟いた。あの状態では助かる道はないだろうと思ったからだ。それが分かったからと言って、動くことはできない。私が出たところで変わりはない。おそらく彼は連れて行かれるであろう…
だが予想を裏切るかのような事態が起きた。2人の男らしき人物が突然吹き飛ばされたのだ。
(なんだ?)
私は内心呟くと突然一人の男が店の出口に向かって走り出す。
(あれは…カシヤノフ)
その男は研究所の屋上で話していた人物とそっくりだったのだ。その跡をKGBらしき奴らが追う。
「まずい…」
私は声に出してそう言うと連中にバレないように彼らを追う。カシヤノフの走る速さは確か諜報員の中でもずば抜けていたはずだ。
だが安心感など一つもない。連中が何も持たないはずがない。私が彼らを正面で捉えた瞬間、そのうちの一人が拳銃を取り出しながらカシヤノフが逃げた角を曲がるのが見えた。
(いや撃たないはずだ)
私は咄嗟の状況判断でそう下した。時刻は午後4時くらいだろう。人通りも少なくなく、この状況で発砲などすれば民間人に当たる可能性だってあるのだ。
それに…最悪だが民間人を盾にするという方法もあるだろう。ひとまずは…逃げ切れる。
……ドン!……
突然、僅かにだが鈍い音がした。まさか発砲したのかとなったがすぐに否定する。
あの音は…何かぶつかったような音だ。勢いのある何か硬いものに
嫌な予感がした。彼らは確かこの角を…曲がった先に…
まず耳に入ってきたのは人の声だ。叫びではなく何か騒ぎがあったかのようなザワザワとしている。その先は十字路だ。
人混みはできていなかった。だがよく見えない。もう少し先にと足を踏み入れる。
次の瞬間私は一瞬にして状況を理解した。
カシヤノフは倒れていた。仰向けに。その体は脱力していて、バッタリと動かない。
頭からは血を流している。そして彼が倒れている場所は車道だ。
「そんな…」
その中にジョーヒンがいるのかは分からない、ただ黒服黒帽子の男達が民衆を遠ざけているのを私は遠目に見ることしかできなかった。
_________________
いつもの日々が始まる。私は目を覚まし、体を起こす。今は何日だろうかとカレンダーを見る。
-1965年3月5日-
私はカレンダーを確認したあと研究所へと向かう。あれから既に3日が経っていることに驚きはしない。悲しみは乗り越えなければいけない。
いつもの正装、いつもの所持品で私は研究所の門の中へ入ろうとするがそれを止める手が現れる。
「失礼、少しいいかな?」
「あんたは…」
「ジョーヒンだ。話す、というか伝えることがある」
ジョーヒンは一息置いたあと
「カシヤノフは死んだ。もう捜す必要はなくなった」
「……あぁ、そうなのか。それで結局彼は何だったんだ?」
「大体は分かった。口の中にカプセルがあった、ストリキニーネという猛毒のな。我々にもし捕まったら、捕まった瞬間に噛み砕いて死ぬ予定だったんだろう。その前に死んでしまったが」
「その前に…か、何故彼は死んだんだ?」
「車に撥ねられた。速度はそんなに出てなかったがフロントガラスに頭をぶつけた勢いで外傷性のくも膜下出血、医者はそう言っている」
「…そうか、なるほどな…私はもう必要ないわけだ。他に話すことは?」
「しばらくこの街にいることになった。奴がここで何をしていたのかを確認するためだ。だからお前が必要になる時もくる。その時はここにいる」
「まだいるのか」
「そうだ。嫌と言ってもいるぞ。それとだ…あいつ、カシヤノフはお前の同僚じゃなかった、だから悲しむ必要はない」
「大丈夫。その事は既に…」
「承知している…か?話は終わりだ、行っていいぞ」
ジョーヒンはそう言うとここから立ち去って行く。それに合わせて私も研究所へと入る。
_________________
仕事が終わり、私は家の郵便ポストの中を確認した。
一つの手紙が送られてきていた。郵便局の物ではない。私は家の中に入り、手紙の封筒を破り、読む。
---諸君、お勤めご苦労。ここに記すことは極秘事項であり君達の命に関わることだ。
昨々日のことだ。アラスカ州アムチトカ島で謎の生物が出現した。この生物を発見した我が国の海軍の戦艦が攻撃を受けた。
その生物の特徴としては1対の羽とトカゲのような顔をした四足歩行の巨大生物だ。
特筆すべき点は火炎放射機能もあるということだ。これが我が軍に対する軍事的な意図があるということは明らかだ。既に海軍の戦艦は沈没。船員も12人程亡くなっている。
我々はこの事態を重く見ている。大統領の判断でデフコン4を宣言している。
現在までにデフコンは4であるが、ソ連の対応次第でデフコン3、あるいは爆撃を行う。
現在アラスカ州の方で爆撃機の準備が整えられつつある。万が一この事態が発生しうる場合、すぐにソ連国外に逃亡する準備と集合地点を手紙で知らせる。
第三次世界大戦が発生する可能性があることも危惧するように。
---CIA長官
私はしばらく立ち尽くした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる