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1965年(4)
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5分程彼らを追っただろうか。彼らはとある店の中に入って行く。
いわゆるレストラン。小さく構える木製の店だ。中はきれいに整えてあったことを覚えている。
彼はここの茶が好きだった。紅茶、イギリス人のような趣味を持つ彼は最後にここで一息しようとしたのだろうか…
私は外から窓越しで様子を見ている。距離は8mくらいあるだろうか。ジョーヒンのような格好をした男達はとある席を囲むようにして立っている。4人程だ。だがその中心にはおそらく…
(クソッ!)
私は内心そう呟いた。あの状態では助かる道はないだろうと思ったからだ。それが分かったからと言って、動くことはできない。私が出たところで変わりはない。おそらく彼は連れて行かれるであろう…
だが予想を裏切るかのような事態が起きた。2人の男らしき人物が突然吹き飛ばされたのだ。
(なんだ?)
私は内心呟くと突然一人の男が店の出口に向かって走り出す。
(あれは…カシヤノフ)
その男は研究所の屋上で話していた人物とそっくりだったのだ。その跡をKGBらしき奴らが追う。
「まずい…」
私は声に出してそう言うと連中にバレないように彼らを追う。カシヤノフの走る速さは確か諜報員の中でもずば抜けていたはずだ。
だが安心感など一つもない。連中が何も持たないはずがない。私が彼らを正面で捉えた瞬間、そのうちの一人が拳銃を取り出しながらカシヤノフが逃げた角を曲がるのが見えた。
(いや撃たないはずだ)
私は咄嗟の状況判断でそう下した。時刻は午後4時くらいだろう。人通りも少なくなく、この状況で発砲などすれば民間人に当たる可能性だってあるのだ。
それに…最悪だが民間人を盾にするという方法もあるだろう。ひとまずは…逃げ切れる。
……ドン!……
突然、僅かにだが鈍い音がした。まさか発砲したのかとなったがすぐに否定する。
あの音は…何かぶつかったような音だ。勢いのある何か硬いものに
嫌な予感がした。彼らは確かこの角を…曲がった先に…
まず耳に入ってきたのは人の声だ。叫びではなく何か騒ぎがあったかのようなザワザワとしている。その先は十字路だ。
人混みはできていなかった。だがよく見えない。もう少し先にと足を踏み入れる。
次の瞬間私は一瞬にして状況を理解した。
カシヤノフは倒れていた。仰向けに。その体は脱力していて、バッタリと動かない。
頭からは血を流している。そして彼が倒れている場所は車道だ。
「そんな…」
その中にジョーヒンがいるのかは分からない、ただ黒服黒帽子の男達が民衆を遠ざけているのを私は遠目に見ることしかできなかった。
_________________
いつもの日々が始まる。私は目を覚まし、体を起こす。今は何日だろうかとカレンダーを見る。
-1965年3月5日-
私はカレンダーを確認したあと研究所へと向かう。あれから既に3日が経っていることに驚きはしない。悲しみは乗り越えなければいけない。
いつもの正装、いつもの所持品で私は研究所の門の中へ入ろうとするがそれを止める手が現れる。
「失礼、少しいいかな?」
「あんたは…」
「ジョーヒンだ。話す、というか伝えることがある」
ジョーヒンは一息置いたあと
「カシヤノフは死んだ。もう捜す必要はなくなった」
「……あぁ、そうなのか。それで結局彼は何だったんだ?」
「大体は分かった。口の中にカプセルがあった、ストリキニーネという猛毒のな。我々にもし捕まったら、捕まった瞬間に噛み砕いて死ぬ予定だったんだろう。その前に死んでしまったが」
「その前に…か、何故彼は死んだんだ?」
「車に撥ねられた。速度はそんなに出てなかったがフロントガラスに頭をぶつけた勢いで外傷性のくも膜下出血、医者はそう言っている」
「…そうか、なるほどな…私はもう必要ないわけだ。他に話すことは?」
「しばらくこの街にいることになった。奴がここで何をしていたのかを確認するためだ。だからお前が必要になる時もくる。その時はここにいる」
「まだいるのか」
「そうだ。嫌と言ってもいるぞ。それとだ…あいつ、カシヤノフはお前の同僚じゃなかった、だから悲しむ必要はない」
「大丈夫。その事は既に…」
「承知している…か?話は終わりだ、行っていいぞ」
ジョーヒンはそう言うとここから立ち去って行く。それに合わせて私も研究所へと入る。
_________________
仕事が終わり、私は家の郵便ポストの中を確認した。
一つの手紙が送られてきていた。郵便局の物ではない。私は家の中に入り、手紙の封筒を破り、読む。
---諸君、お勤めご苦労。ここに記すことは極秘事項であり君達の命に関わることだ。
昨々日のことだ。アラスカ州アムチトカ島で謎の生物が出現した。この生物を発見した我が国の海軍の戦艦が攻撃を受けた。
その生物の特徴としては1対の羽とトカゲのような顔をした四足歩行の巨大生物だ。
特筆すべき点は火炎放射機能もあるということだ。これが我が軍に対する軍事的な意図があるということは明らかだ。既に海軍の戦艦は沈没。船員も12人程亡くなっている。
我々はこの事態を重く見ている。大統領の判断でデフコン4を宣言している。
現在までにデフコンは4であるが、ソ連の対応次第でデフコン3、あるいは爆撃を行う。
現在アラスカ州の方で爆撃機の準備が整えられつつある。万が一この事態が発生しうる場合、すぐにソ連国外に逃亡する準備と集合地点を手紙で知らせる。
第三次世界大戦が発生する可能性があることも危惧するように。
---CIA長官
私はしばらく立ち尽くした。
いわゆるレストラン。小さく構える木製の店だ。中はきれいに整えてあったことを覚えている。
彼はここの茶が好きだった。紅茶、イギリス人のような趣味を持つ彼は最後にここで一息しようとしたのだろうか…
私は外から窓越しで様子を見ている。距離は8mくらいあるだろうか。ジョーヒンのような格好をした男達はとある席を囲むようにして立っている。4人程だ。だがその中心にはおそらく…
(クソッ!)
私は内心そう呟いた。あの状態では助かる道はないだろうと思ったからだ。それが分かったからと言って、動くことはできない。私が出たところで変わりはない。おそらく彼は連れて行かれるであろう…
だが予想を裏切るかのような事態が起きた。2人の男らしき人物が突然吹き飛ばされたのだ。
(なんだ?)
私は内心呟くと突然一人の男が店の出口に向かって走り出す。
(あれは…カシヤノフ)
その男は研究所の屋上で話していた人物とそっくりだったのだ。その跡をKGBらしき奴らが追う。
「まずい…」
私は声に出してそう言うと連中にバレないように彼らを追う。カシヤノフの走る速さは確か諜報員の中でもずば抜けていたはずだ。
だが安心感など一つもない。連中が何も持たないはずがない。私が彼らを正面で捉えた瞬間、そのうちの一人が拳銃を取り出しながらカシヤノフが逃げた角を曲がるのが見えた。
(いや撃たないはずだ)
私は咄嗟の状況判断でそう下した。時刻は午後4時くらいだろう。人通りも少なくなく、この状況で発砲などすれば民間人に当たる可能性だってあるのだ。
それに…最悪だが民間人を盾にするという方法もあるだろう。ひとまずは…逃げ切れる。
……ドン!……
突然、僅かにだが鈍い音がした。まさか発砲したのかとなったがすぐに否定する。
あの音は…何かぶつかったような音だ。勢いのある何か硬いものに
嫌な予感がした。彼らは確かこの角を…曲がった先に…
まず耳に入ってきたのは人の声だ。叫びではなく何か騒ぎがあったかのようなザワザワとしている。その先は十字路だ。
人混みはできていなかった。だがよく見えない。もう少し先にと足を踏み入れる。
次の瞬間私は一瞬にして状況を理解した。
カシヤノフは倒れていた。仰向けに。その体は脱力していて、バッタリと動かない。
頭からは血を流している。そして彼が倒れている場所は車道だ。
「そんな…」
その中にジョーヒンがいるのかは分からない、ただ黒服黒帽子の男達が民衆を遠ざけているのを私は遠目に見ることしかできなかった。
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いつもの日々が始まる。私は目を覚まし、体を起こす。今は何日だろうかとカレンダーを見る。
-1965年3月5日-
私はカレンダーを確認したあと研究所へと向かう。あれから既に3日が経っていることに驚きはしない。悲しみは乗り越えなければいけない。
いつもの正装、いつもの所持品で私は研究所の門の中へ入ろうとするがそれを止める手が現れる。
「失礼、少しいいかな?」
「あんたは…」
「ジョーヒンだ。話す、というか伝えることがある」
ジョーヒンは一息置いたあと
「カシヤノフは死んだ。もう捜す必要はなくなった」
「……あぁ、そうなのか。それで結局彼は何だったんだ?」
「大体は分かった。口の中にカプセルがあった、ストリキニーネという猛毒のな。我々にもし捕まったら、捕まった瞬間に噛み砕いて死ぬ予定だったんだろう。その前に死んでしまったが」
「その前に…か、何故彼は死んだんだ?」
「車に撥ねられた。速度はそんなに出てなかったがフロントガラスに頭をぶつけた勢いで外傷性のくも膜下出血、医者はそう言っている」
「…そうか、なるほどな…私はもう必要ないわけだ。他に話すことは?」
「しばらくこの街にいることになった。奴がここで何をしていたのかを確認するためだ。だからお前が必要になる時もくる。その時はここにいる」
「まだいるのか」
「そうだ。嫌と言ってもいるぞ。それとだ…あいつ、カシヤノフはお前の同僚じゃなかった、だから悲しむ必要はない」
「大丈夫。その事は既に…」
「承知している…か?話は終わりだ、行っていいぞ」
ジョーヒンはそう言うとここから立ち去って行く。それに合わせて私も研究所へと入る。
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仕事が終わり、私は家の郵便ポストの中を確認した。
一つの手紙が送られてきていた。郵便局の物ではない。私は家の中に入り、手紙の封筒を破り、読む。
---諸君、お勤めご苦労。ここに記すことは極秘事項であり君達の命に関わることだ。
昨々日のことだ。アラスカ州アムチトカ島で謎の生物が出現した。この生物を発見した我が国の海軍の戦艦が攻撃を受けた。
その生物の特徴としては1対の羽とトカゲのような顔をした四足歩行の巨大生物だ。
特筆すべき点は火炎放射機能もあるということだ。これが我が軍に対する軍事的な意図があるということは明らかだ。既に海軍の戦艦は沈没。船員も12人程亡くなっている。
我々はこの事態を重く見ている。大統領の判断でデフコン4を宣言している。
現在までにデフコンは4であるが、ソ連の対応次第でデフコン3、あるいは爆撃を行う。
現在アラスカ州の方で爆撃機の準備が整えられつつある。万が一この事態が発生しうる場合、すぐにソ連国外に逃亡する準備と集合地点を手紙で知らせる。
第三次世界大戦が発生する可能性があることも危惧するように。
---CIA長官
私はしばらく立ち尽くした。
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