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アルク・ティムシーというドエム

アルク・ティムシーというドエム4

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 私の言葉にアルクの顔が、一層悲しげに歪む。
 イケメンの憂い顔。普通の女性ならば、さぞかし罪悪感をくすぐられることだろう。

 だが、しかーし。私はなんせ、悪役令嬢! あーんど、(最近忘れかけてるけど)前世からの生粋のドエス属性……!

 私の言葉で、イケメンが傷ついている様子なんて、快感以外の何物でもないんですよ! 無問題! 寧ろ、もっと傷つくがいい、アルク!

 ……え、さっき一瞬、デイビッドに忘れ去られたアルクに同情しかけてなかったけって?

 気のせいですわ。気のせい。悪役令嬢のアタクシが、そんなこと想うわけないでしょう!

 ……うん、ただのちょっとした気の迷いです。

「さぁ、アルク・ティムシー卿。私の言葉を理解されたなら、さっさと立ち去られたら……」

「――ルクレア先輩」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、そのまま叩きつけようとした拒絶の言葉を遮ったのは、他でもないデイビッドであった。

 デイビッドは、演技としては完璧だが、本性を知っている身としては薄ら寒くて仕方ない健気な感じの微笑を浮かべながら、困ったように眉を垂らした。

「心配して下さってありがとうございます。ルクレア先輩が私を心配してくれる気持ちは、とても嬉しいです。……ですけど、実のところ、私もアルク先輩と少しお話してみたいと思っているのです。後回しにするようで申し訳ありませんが、少しお時間を頂けますか?」

「……っ!?」

「……エンジェ嬢っ!」

 ぱあっと明るくなるアルクの顔と反比例するように、自分の顔が歪むのが分かった。

 ……守ろうとしていた相手こそが、その実、伏兵だっただと……!?

 そして一見、宥めるように肩に置かれたデイビッドの手が、痕をつけんばかりに私の方をぎりぎりと圧迫している。

 ……これは、お前は下がっていろと、そういうことですね。はい、意図は伝わってますよ。ちゃんと。

 ……でも、何で!? 私、ちゃんとアルクを嫌がっているデイビッドの意を汲んでいたと思ってたのに、何で!?

「――5分だけよ。エンジェ。そして、貴女をアルクと二人きりにさせるのは心配だけど、私もこのままここにいさせてもらうけれど、それでもいいかしら?」

 そんな内心の嘆きを押し殺して、私は不承不承と言う様に嘆息して、デイビッドの真意を探る。
 そんな私に、デイビッドはにっこりと微笑んだ。

「ええ、もちろんです。すぐに終わらせます」

 ……取りあえず、アルクと二人きりで秘密の談義をしたいというわけではなさそうだ。

 デイビッドが一体どうしたいのか分からないけれど、今はまず様子を見ることにするか。

 私がその場を一歩下がると、バトンでも渡されたかのように、デイビッドがずいと一歩アルクに近づく。

「――で、ダンスの誘いだったか? アルク・ティムシー卿とやら」

 発せられたデイビッドの言葉は、ルクレア・ボレアモードを演じている私に対する言葉よりも明らかに一オクターブは低く、面倒臭そうな心境がありありと滲んでいるものであったが、アルクはその扱いの差を別段気にすることなく、その表情を輝かせた。

「はいっ! 俺は貴女に、舞踏会のダンスのパートナーになって欲しいのです! ……あと、今すぐ痛めつけて欲しいです!」

「……ティムシー家の嫡男が、私のような庶民をパートナーなぞ頼んでいいのか? 単なる学園行事の一環とはいえ、舞踏会で誰をパートナーにしたかは、卒業後の評判にも影響すると聞くぞ。庶民をパートナーにしたら、ティムシー家の名を汚すことになりはしないか――しかも、お前は確か3年だろう。最終学年の生徒の舞踏会のパートナーは、ほとんどが当人の婚約者候補で、そういった意味でのお披露目も兼ねていると聞いていたのだが……」

「あぁ、後半部分をあっさり無視する貴方も素敵だ。……ええ、そうです。卒業を控えている三年の生徒は、パートナー選びは婚姻との結びつきが強く、学園に婚姻を意識する相手がいない場合は自粛するのが暗黙の了解になっています」

 デイビッドの言葉を肯定しながら、アルクは燃え盛る炎の様に赤く、熱を帯びているその瞳を、真っ直ぐにデイビッドに向けた。

「――だからこそ、俺は貴女にダンスのパートナーを申し込んでいるのです」

 僅かに頬を紅潮させて、そう言い放ったアルクの表情は、声は、どこまでも真剣だった。

「貴女に舞踏会で俺のパートナーになって頂き……ひいては、結婚を前提にした交際をと、そう望んでいます」
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