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オージン・メトオグという王子

オージン・メトオグという王子18

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 そんなデイビッドの様子に、オージンは小さく嘆息する。
 その目元が爛々と光っているように見えるのは、恐らく目の錯覚だろう。うん、きっとそう。

「……そんなに脅えなくても、私は君の家族も、君も罰する気はないよ、エンジェ……いや、なんて呼べばいいのかな」

「……デイジーです。デイジーと、お呼び下さい」

「分かった。デイジー……君は、エンジェとどういった関係かな?」

 オージンの問いかけに、デイビッドは涙に濡れた顔を上げた。

「――私は、エンジェ・ルーチェの双子の妹でございます」


 そして、デイビッドは語りだした。
 性別以外はあながち嘘ではないが、明らかに過分に脚色された真実を。


 曰く。
 エンジェ・ルーチェは治癒魔法の能力の高さ故に、小さい頃から、その利便性に着目した人間に狙われることが多かったということ。(これはゲームでも語られていた真実だ。治癒魔法の使い手は、分母自体が元々少ないが故にこの世界では珍重される。なんどか誘拐未遂もあったらしい)

 そのせいか分からないが(恐らくそのせいではない。元々引きこもり性質なだけだ)、エンジェは家族以外の人物、とくに男性に対して非常に苦手意識を抱いており、人の集団の中に長時間いると具合が悪くなってしまうようになった。

 そんな際に、届いた学園の招待状。
 学園に通うならば、経済的理由から寮暮らしをしなければならない。家でも、学園でも、四六時中他人に囲まれている暮らしは、エンジェには不可能に思われた。
 だが、王族からの招待だ。一般庶民に過ぎないルーチェ家が断るわけにはいかない。

 真っ青になって震えるエンジェを見るに見かねて、身代わりを申し出たのが、デイビッドこと、双子の妹デイジー。
 幸い、顔は瓜二つ。エンジェのように治癒魔法能力は高くないが、デイジーもまた、簡易な治癒魔法能力なら使える。(治癒というか、厳密には単なる傷み止めである。フェロモンで痛覚を麻痺させるだけで根本的治療にはならないらしい)
 幸い、学園のものは誰も元々のエンジェを知らない。唯一オージンのみエンジェに対峙したことがあるが、怪我で朦朧としていたオージンは、あまりエンジェのことを記憶していないだろう。怪しまれないように、極力近づかなければいい。

 そうして、ただひたすら謝るエンジェを宥めて、デイジーは学園にやってきた。双子の姉、エンジェ・ルーチェとして。


 ………美談である。
 悪魔様が、姉思い、家族思いの優しい美少女設定になっている。
 おかしい。エンジェが盛大に引きこもりやらかした件とか、家族に必死に懇願されて、心底いやいや身代わり引き受けたとか、都合が悪い真実がすっかりなかったことになっている。
 嘘とも言い切れない微妙なラインをついているところが非常にもどかしい。


「――……そうか、私の申し出が、彼女を苦しめていたのか」

 私のそんな内心のモヤモヤを知らないオージンは、痛みを耐えるように目を伏せた。
 自分が学園に招待したばかりに、エンジェを苦しめていた事実が衝撃だったらしい。

 喜ぶと信じて疑っていなかったあたり、俺様というか、なんというか、アホである。

  普通、庶民が王公貴族御用達の金持ち学園なんかに入学を迫られたら恐縮して当たり前だろう。些細な粗相が命取りになる。処分が自分一人で済めばまだいい。自分の仕出かしたことが、一族全体に害を及ぼす可能性だってけして少なくないのだ。
 よほど立ち回りが上手い、野心家の人間でなければ、この学園の招待状なんぞ喜ばないだろう。

「……姉は、最後までオージン殿下のことを気にしておりました。せっかく善意から招待状を送って下さった殿下を騙すのは心苦しいと。申し訳ないと、そう一人謝っておりました」

 肩を落とすオージンを慰めるように続けるデイビッド。

 ……残念ながら、恐らくこれはフィクションだな。聖魔法で異次元に別空間作ってまで逃げた引きこもりが、んなこと気にするわきゃない。リップサービスだな。
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