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オージン・メトオグという王子
オージン・メトオグという王子17
しおりを挟む「――オージン殿下。この度は、このようにお話出来る場を設けて頂きまして、誠に光栄でございます。改めまして、この学園にお招きいただいたことを、御礼申し上げます」
他者が干渉できないように、結界と小細工を施した特別教室の中で、そう言ってディビットは深々と頭を垂れた。
デイビッドがしている礼は、先日私がした貴族の礼とは違う、さらに下の身分のものが、高貴な立場の人物に謁見する際の礼だ。
汚れるのも構わず、両ひざを床につき両手を頭の下に置いたその姿勢は、まさにジャパニーズ土下座。ルーチェ家は一般庶民。身分差とは、かくも大きい。
オージンは思わず苦笑いを浮かべた。私だって、あの悪魔様が土下座をしている状況に、思わず乾いた笑いが漏れる。
……絶対腹の中、屈辱で煮えたぎっているんだろうなぁ。
「……立ち上がって、エンジェ。私はそんなことをさせる為に、君を呼んだのではないんだ」
「いえ、殿下と対等な姿勢をとるなんて、恐れ多いです……このままの体制で、いさせてください」
震える声でそう言いながら、顔をあげる悪魔様の姿は、演技と分かっていてもハッとする程弱弱しい。
「……ルクレア先輩から伺いました。先日殿下が私に声を掛けて下さったのにも関わらず、私は気づかず、無視をしてしまったとか……いくら思いがけないことが起って気が動転していたからって、なんてご無礼を……大変、申し訳ありませんでした……っ!」
そう言って、必死に頭を床にこすり付ける、デイビッド。
……よう言うわ。確実に気付いてて、無視しおった癖に。
てか、思いがけないこと(私からの剃刀レター)くらいで、動揺するたまじゃないだろ。
「頭をあげて、エンジェ。せっかくの美しい髪が汚れてしまうよ。……私はそんなこと、気にしていないから、大丈夫」
「……オージン殿下……」
自身もまた屈み込みながら爽やかに慰めるオージンも、感極まったように目を潤める姿も、本性を知っている身からすると、うすら寒い。後ろで見ている私としては、鳥肌ものだ。ゾワゾワする。
一見とても美しい構図に見えるだけに余計怖い。……二人とも内心ではどんな黒いこと考えているんだろうか。是非とも心の声を聴く能力が欲しい。
「……それより、聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「はい。先にルクレア先輩から伺ってます……」
そう言って、ディビットは悲痛な面持ちで目を伏せた。
「……殿下は私を、偽物だと、そう思ってらっしゃるのですね」
よっしゃ、きたきた、本題来たぁぁ!
思わず私は身を乗り出した。
正直、昨日から楽しみで仕方なかったんだ。悪魔様がどうやって、オージンを誤魔化す気なのか。上手くいくのか、それとも失敗して、オージンが悪魔様をけちょんけちょんに遣り込めるのか。
こちとら完全傍観者ポジション。高見の見物決め込んで、腹黒同士の舌戦を愉しませてもらいましょうかね。うはは。
「うん、君には申し訳ないけど、私は君があの時の彼女と同一人物だとは、とても思えないんだ。理屈ではない、感覚的なものだけど、そう確信している。……君は、私の目を見て、はっきりと自分がエンジェ・ルーチェその人だと、そう言えるかな?」
口調は優しいが、オージンの言葉の端々にはディビットを追い詰めるかのような、棘がちらほら見える。獲物を、確実に追い詰めて仕留めようとして来ている。
さて、悪魔様。どう出る? どう反論する?
「――そうですか……」
悪魔様は、掠れた声でそう言って俯くと
「……やはり、殿下の目は、誤魔化せませんね」
その澄んだサファイアの瞳から、大粒の涙を零して弱弱しく笑った。
…え!? 悪魔様、その涙、マジもん!? 涙まで自由自在な演技派!? すげぇええ!
……てか、え。認めちゃうの?
「殿下……この全ての咎は、私にあります……」
必死な声色で言い募りながら、ディビットは再び床に頭をこすり付けだす。それこそ額の皮が、擦りむけんばかりの勢いで。
「だから、全ての罰は、私にっ! ……家族や、エンジェ本人を、どうか罰しないで下さい……! 私が、私が言い出したことなのです……っ! 全ての責任は、私にあるのです……っ!」
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