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オージン・メトオグという王子

オージン・メトオグという王子12

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「……それでは殿下。ご機嫌よう」

 私は固まっているオージンの腕の間をすり抜けて、背を向ける。
 すぐさま、静止の声がかかるが振り返りはしない。私はこれからすぐにやらねばならないことが山積みなのだ。色ボケ皇太子になぞ構ってはいられない。

 まず第一にすべきことは、王弟ショムテとの接触。

 王位継承者キャラではありがちのことではあるが、オージンルートに突入した場合、途中で学園から離れて王位簒奪イベントが起きる。
 ショムテはオージンと10も離れておらず、精力的で有能な野心家だ。後継者がオージンであることに不満を抱いていたショムテは、メトオーゲ王国に不満を抱いていた地方貴族たちを集めて反乱を起こすのだ。

 追い詰められたオージン。そこで聖魔法の真の力を開花するエンジェ。エンジェの手を借りて、ショムテを打ち倒し、民は庶民のエンジェを伝説の天使の再来として、受けいれ、祝福の中二人は結婚する。……これがオージンルートのトゥルーエンドだ。

 こう書くと、ショムテが真の意味で悪役でね? お前悪役令嬢語るとかおこがましいんじゃね? ……とか突っ込みが入りそうだが、待ってほしい。
 だって、ショムテはオージンルートでしか出現しないのだから。

 別のキャラのルートに入った場合、反乱などは起らず至って平和に学園生活が遂行される。オージンとショムテは水面下でライバル心を燃やして争うだけだ。まぁ、他人の御家騒動に巻き込まれるイベントなんて、あんまりおもしろくないからな。

 オージンルートのみでしか存在の意味がない悪役を、悪役と認めていいのだろうか。否、そんなものは悪役ではない!
 ヒロインを他キャラとくっつければ、はいおしまい。悪役回避~。なんてチョロイ悪役、乙女ゲーム転生の悪役道に反する……っ! 全てのキャラのルートにおいて、ヒロインに嫌がらせをする私こそ、悪役令嬢キャラというにふさわしいっ!

 ……以上、自分のアイデンティティを譲りたくない、私の主張でした。だっていいよね。悪役令嬢って響きが、王道観満載で!

 まぁ、悪役の定義なんてどうでもいいことだ。大事なのは、エンジェがデイビッドに成り代わり、オージンがデイビッドに攻略されることを不本意としている時点で、「オージンルート」における特定の強制力は起りえないことが確定しているということだ。

 つまり、うまくやれば、ショムテを次期王に後押しすることは充分可能であるということ。

 ゲームをやっているプレイヤーに限らず、一般の人々は概ね、年若い皇太子の少年と10近くも年上である王弟が争っている場面をみると、皇太子がよほど性悪でもない限り、皇太子に同情するだろう。年若い少年が頑張る姿に、庇護欲をそそられるだろう。それはとても自然なことだ。人間には弱者を保護する本能があるのだから。そして弱者が強者を打倒すカタルシスに感動するのだから。

 だけど、本質を誤ってはいけない。大事なのは、王としての素質だ。起こりうる反乱は、ただ観客として見ていればいいだけの、舞台上の劇ではない。どちらが勝者になるかで、国民のその後の生活が変わってくるのだ。

 王としての素質を鑑みた時、年齢は積み重ねた経験は立派な武器になる。いくら優秀とはいえ、机上の論理しか知らぬ皇太子に、けして劣らない武器に。

 ゲーム上で、ショムテはなかなかの悪漢のように描かれている。皇太子サイドの視線から見た姿なのだから、当たり前だ。同じ人間でも、自分を害する人間か否かで、見方は随分変わってくる。
 ゲーム上のショムテを、貴族教育を受けた今の私から分析すると……なかなかどうして、悪くないのだ。

 確かに彼が求める改革は急進的で荒削り。メリットもデメリットも非常に大きく、実現するには甚大な被害をもたらす可能性がある。彼がゲームのまま王になったら、最終的には分からないが、十年は国は衰退するだろう。

 だが、それは彼が一人で突っ走った場合、だ。ただ従う事しか出来ない無能な貴族だけに囲まれて王政を行った場合の未来だ。

 ボレア家が手を貸し、助言をし、軌道修正を測れば、彼は「偉大な王」になりうる素質がある。奢らなければ、王という地位を私欲化しなければ、彼はオージン以上の賢王になりうる素質がある。
 そう言った素質を見通す能力では、ボレア家の目は確かだ。
 王家特有の光魔法の能力では、オージンの方がかなり優れているが、そんな能力、統治のうえではほとんどお飾りだ。実力さえあれば関係ない。

 ――ショムテに、王としての冠を与えよう。

 ボレア家を侮蔑したオージンの代わりに。

 困難は山積みだが、私なら出来る。

 だって私は、ルクレア・ボレアなのだから。


「――待って、待ってくれ……ルクレア嬢!」

 自分の夢想に口端を上げていた私は、腕を引かれた感覚と共にかけられた声に、引き戻される。

 振り返れば、息を切らしたオージン。
 不快感に思わず眉が寄った。

「……気安く触らないで下さいま……」

「すまないっ!」

 私の苦言は、勢いよく告げられたオージンの言葉にかき消される。

「君の矜持を傷つけたことを、心から謝罪するよ…っ! 私は確かに、君の本質を見誤った……っ!」

 そう言ってオージンは、王族らしくもなく、深々と頭を下げた。

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