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第三章
子供のハイトは決意する
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「これ、セシリアが作ったの?」
「そうよ。私これでも料理には自信があるの」
目の前に出された焼きたてのオムレツ。
僕の記憶の一番古い記憶。
スプーンをすくってそれを口に入れた時、僕は僕になった。
「・・・・・なに、コレ」
「オムレツよ。美味しい?」
美味しい?分からない。でも、今までこんな味のするもの食べた事なかった。
ふわふわしてまろやかで、優しい味。
その時、僕はそれがオムレツの味なんだって事を理解出来なかったけれど、無意識にオムレツを夢中で頬張ったのは覚えている。
「セシリア。これ、また食べたい」
「いいわよ。これから毎日、貴方のご飯は私が作るわ」
どうして母さんが作るものだけ味を感じる事が出来たのか、この時僕は分からなかった。でも、その日から日に日に僕は食事の時間が楽しみになった。母さんはわざわざ作る必要がないご飯を、僕の為に毎日作り続けてくれた。
ただでさえ大変な役目を負っていたのに。
ゼクトリアム家の血筋を引く者はとても限られている。
短命で、しかも子供が授かり難かったからだ。
僕は待望の子供でありながら、その体を大樹の核に奪われた。母は大樹と血の盟約で繋がっている。母が死なない限りその盟約が僕に引き継がれることは、ないらしかった。
その為母は今まで通り大樹への祈りの儀式を行った。
核を守る為のその儀式は母の体を蝕んでいった。
僕は何度かその様子を見て父にお願いした事がある。
「ヘリム・・・セシリアを止めて。あれじゃあ、いつか死んじゃうよ」
「心配しなくても大丈夫ですよ。そんな簡単に死んだりしませんから」
そんな言葉は嘘だと知っていた。
だって、母さんが祈りを捧げる度に、その声と力が僕に流れ込んで来たから。日を増すごとに母の体から生きる為の力が奪われていく。
「どうしてセシリアがそこまでするの?大昔の約束でしょ?セシリアがした約束じゃないのに」
「あはは!面白い事を聞くのね?そうねぇ?私も子供の頃はそう思っていたわ。何故私がこんな事って、でも」
「でも?」
「一人は寂しいでしょ?大樹は私達と違って死ぬ事が出来ない。私達が死んでも一人で生きていかなければならないのよ。私達の先祖の為に、この地に降りてきたのにね」
僕は、大樹の核だけど、大樹の記憶は持っていない。
きっと記憶はあそこに、立っている場所に置いて来てしまったんだ。僕は、大樹の本体の筈なのに。
それなのに、僕達はあの木に近づく事を許されていない。
核があの木に戻ってしまうと都合が悪いんだと思う。
この国を治めている。レインハートの一族が。
「ハイト。皇家が全て悪いのではないわ。彼等がいなければ私達みたいな脆弱な一族はあっと言う間に滅ぼされていたでしょうから。彼等はそれらから私達を守ってくれているのよ。でも、大樹には人間の都合なんて理解出来ない。彼は人ではなかったから」
「僕は何となく理解出来るけど?」
「そうね。貴方は大樹であり、人間でもある」
そうなんだ。でも僕は嫌だ。
母さんが弱って行くのも、父さんがそれを見て悲しむのも、僕は、一体何の為に存在しているんだろう?
僕が居なくなれば、皆幸せになれるんじゃないかな?
僕は、結局何もする事が出来ないまま、僕が10歳の誕生日を迎える前に母は動かなくなった。
死んだわけじゃない。身体が限界を迎えて眼を覚ます事が出来なくなったんだ。
「ハイト様。食事をお食べください」
「・・・・・・・」
「ハイト。少しでも食べなければ、体を壊してしまいます。少しでいいですから、何か口にして下さい」
心配する父に言われて無理矢理口に入れたローストチキンの味は最悪だった。だって、全く味がしなかったんだ。
「・・・・・う」
分かってる。全部僕の所為なんだ。
でも、だったらどうして父さんも母さんも僕を人間として育てたりしたんだろう。
どうして僕に、必要の無い感情なんて植えつけたんだ。
"一人は寂しいでしょ?"
寂しい。
お母さんが眠りについて、僕の世界はまた、色を失くしてしまった。こんな事なら何も知らないままでいたかった。そうしたらこんなに苦しくなかったのに。
僕の10歳の誕生日。
本当だったら母が僕に沢山の手料理を作ってくれる筈だった日。
「ハイト。ちょっと来て下さい」
「何?ヘリム。朝ご飯なら要らない」
「そう言わずに。一口だけでいいから」
あまりに辛そうに僕を見るから、言われるままついて行ったら、そこにあったのは少し焦げた卵の塊だった。
僕は訳も分からず父を見た。
「・・・・何、コレ」
「オムレツ・・・・なんですが」
「え?オムレツ?これが?」
母さんが作ったものとは全然違う。
そのオムレツは父が作った物だった。今まで一度だってまともに料理をした事がない父が僕に作った料理だった。
「前、何度かセシリアに作りかたを教わったのですが、中々上手く出来なくて。諦めていたんです。でも、また作ってみようと思って。是非食べて欲しいのですが」
「・・・・えー?」
いや、まぁどうせ味なんてまともに感じないし、いいんだけど。明らかにコレ美味しくはないよね?それを食べろって・・・。
呆れなが椅子に座って、スプーンを使って卵をすくおうとしたら、卵が固い!!
「・・・・えー?」
「言いたい事は分かってます!一口!一口でいいですから!!」
恐る恐る固いオムレツを口に含んだ後、襲ってきた苦味とパサパサとした食感。眉を顰めて、すぐ気付いたんだ。
「・・・味がする」
「本当に?本当に味がしますか?」
「うん。でも、どうして」
今までどんな料理人が作っても母以外の料理に味を感じる事なんて無かったのに。
「セシリアが言っていた事を思い出したんです。私達は大樹と心で繋がる事が出来る。なんでも分かち合えると」
「心で?」
「そう。でも、ただ気持ちを込めればいいだけじゃなく真実相手を想って作らなければ、その想いは伝える事が出来ないらしいです。ハイトはセシリアの想いをいつも受け取ってくれていたんですね」
そう言われて僕は自分が母以外の料理からも実は微弱ながら味を感じ取っていたのだと気付いた。ただ、あまりに弱いから分からなかったんだって。
「今日から一品は必ず私が料理を作ります。セシリアの様なご飯を作る事は出来ませんが・・・・ハイト」
僕は、この日決めたんだ。
この先、母が死んで僕の事を大樹が飲み込んでしまう日が来るかもしれない。でも、その日まで僕は人として生きる。大樹の核ではなく。中途半端な存在ではなく。ちゃんと、この人達の息子として一生懸命に生きて行く。
「うん。ありがとう・・・・・・お父さん」
そして叶うなら、大樹としてではなく。
人間として、その生涯を終える。その為に僕はなんでもやってやるんだ。母さん。どうか、見守っていて欲しい。
きっと僕はやり遂げてみせるから。
「そうよ。私これでも料理には自信があるの」
目の前に出された焼きたてのオムレツ。
僕の記憶の一番古い記憶。
スプーンをすくってそれを口に入れた時、僕は僕になった。
「・・・・・なに、コレ」
「オムレツよ。美味しい?」
美味しい?分からない。でも、今までこんな味のするもの食べた事なかった。
ふわふわしてまろやかで、優しい味。
その時、僕はそれがオムレツの味なんだって事を理解出来なかったけれど、無意識にオムレツを夢中で頬張ったのは覚えている。
「セシリア。これ、また食べたい」
「いいわよ。これから毎日、貴方のご飯は私が作るわ」
どうして母さんが作るものだけ味を感じる事が出来たのか、この時僕は分からなかった。でも、その日から日に日に僕は食事の時間が楽しみになった。母さんはわざわざ作る必要がないご飯を、僕の為に毎日作り続けてくれた。
ただでさえ大変な役目を負っていたのに。
ゼクトリアム家の血筋を引く者はとても限られている。
短命で、しかも子供が授かり難かったからだ。
僕は待望の子供でありながら、その体を大樹の核に奪われた。母は大樹と血の盟約で繋がっている。母が死なない限りその盟約が僕に引き継がれることは、ないらしかった。
その為母は今まで通り大樹への祈りの儀式を行った。
核を守る為のその儀式は母の体を蝕んでいった。
僕は何度かその様子を見て父にお願いした事がある。
「ヘリム・・・セシリアを止めて。あれじゃあ、いつか死んじゃうよ」
「心配しなくても大丈夫ですよ。そんな簡単に死んだりしませんから」
そんな言葉は嘘だと知っていた。
だって、母さんが祈りを捧げる度に、その声と力が僕に流れ込んで来たから。日を増すごとに母の体から生きる為の力が奪われていく。
「どうしてセシリアがそこまでするの?大昔の約束でしょ?セシリアがした約束じゃないのに」
「あはは!面白い事を聞くのね?そうねぇ?私も子供の頃はそう思っていたわ。何故私がこんな事って、でも」
「でも?」
「一人は寂しいでしょ?大樹は私達と違って死ぬ事が出来ない。私達が死んでも一人で生きていかなければならないのよ。私達の先祖の為に、この地に降りてきたのにね」
僕は、大樹の核だけど、大樹の記憶は持っていない。
きっと記憶はあそこに、立っている場所に置いて来てしまったんだ。僕は、大樹の本体の筈なのに。
それなのに、僕達はあの木に近づく事を許されていない。
核があの木に戻ってしまうと都合が悪いんだと思う。
この国を治めている。レインハートの一族が。
「ハイト。皇家が全て悪いのではないわ。彼等がいなければ私達みたいな脆弱な一族はあっと言う間に滅ぼされていたでしょうから。彼等はそれらから私達を守ってくれているのよ。でも、大樹には人間の都合なんて理解出来ない。彼は人ではなかったから」
「僕は何となく理解出来るけど?」
「そうね。貴方は大樹であり、人間でもある」
そうなんだ。でも僕は嫌だ。
母さんが弱って行くのも、父さんがそれを見て悲しむのも、僕は、一体何の為に存在しているんだろう?
僕が居なくなれば、皆幸せになれるんじゃないかな?
僕は、結局何もする事が出来ないまま、僕が10歳の誕生日を迎える前に母は動かなくなった。
死んだわけじゃない。身体が限界を迎えて眼を覚ます事が出来なくなったんだ。
「ハイト様。食事をお食べください」
「・・・・・・・」
「ハイト。少しでも食べなければ、体を壊してしまいます。少しでいいですから、何か口にして下さい」
心配する父に言われて無理矢理口に入れたローストチキンの味は最悪だった。だって、全く味がしなかったんだ。
「・・・・・う」
分かってる。全部僕の所為なんだ。
でも、だったらどうして父さんも母さんも僕を人間として育てたりしたんだろう。
どうして僕に、必要の無い感情なんて植えつけたんだ。
"一人は寂しいでしょ?"
寂しい。
お母さんが眠りについて、僕の世界はまた、色を失くしてしまった。こんな事なら何も知らないままでいたかった。そうしたらこんなに苦しくなかったのに。
僕の10歳の誕生日。
本当だったら母が僕に沢山の手料理を作ってくれる筈だった日。
「ハイト。ちょっと来て下さい」
「何?ヘリム。朝ご飯なら要らない」
「そう言わずに。一口だけでいいから」
あまりに辛そうに僕を見るから、言われるままついて行ったら、そこにあったのは少し焦げた卵の塊だった。
僕は訳も分からず父を見た。
「・・・・何、コレ」
「オムレツ・・・・なんですが」
「え?オムレツ?これが?」
母さんが作ったものとは全然違う。
そのオムレツは父が作った物だった。今まで一度だってまともに料理をした事がない父が僕に作った料理だった。
「前、何度かセシリアに作りかたを教わったのですが、中々上手く出来なくて。諦めていたんです。でも、また作ってみようと思って。是非食べて欲しいのですが」
「・・・・えー?」
いや、まぁどうせ味なんてまともに感じないし、いいんだけど。明らかにコレ美味しくはないよね?それを食べろって・・・。
呆れなが椅子に座って、スプーンを使って卵をすくおうとしたら、卵が固い!!
「・・・・えー?」
「言いたい事は分かってます!一口!一口でいいですから!!」
恐る恐る固いオムレツを口に含んだ後、襲ってきた苦味とパサパサとした食感。眉を顰めて、すぐ気付いたんだ。
「・・・味がする」
「本当に?本当に味がしますか?」
「うん。でも、どうして」
今までどんな料理人が作っても母以外の料理に味を感じる事なんて無かったのに。
「セシリアが言っていた事を思い出したんです。私達は大樹と心で繋がる事が出来る。なんでも分かち合えると」
「心で?」
「そう。でも、ただ気持ちを込めればいいだけじゃなく真実相手を想って作らなければ、その想いは伝える事が出来ないらしいです。ハイトはセシリアの想いをいつも受け取ってくれていたんですね」
そう言われて僕は自分が母以外の料理からも実は微弱ながら味を感じ取っていたのだと気付いた。ただ、あまりに弱いから分からなかったんだって。
「今日から一品は必ず私が料理を作ります。セシリアの様なご飯を作る事は出来ませんが・・・・ハイト」
僕は、この日決めたんだ。
この先、母が死んで僕の事を大樹が飲み込んでしまう日が来るかもしれない。でも、その日まで僕は人として生きる。大樹の核ではなく。中途半端な存在ではなく。ちゃんと、この人達の息子として一生懸命に生きて行く。
「うん。ありがとう・・・・・・お父さん」
そして叶うなら、大樹としてではなく。
人間として、その生涯を終える。その為に僕はなんでもやってやるんだ。母さん。どうか、見守っていて欲しい。
きっと僕はやり遂げてみせるから。
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