星聖エステレア皇国

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世界救済編

汝の幸を今も願う、この聲が

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「もはやそなた達だけに任せてはおけぬ。私も行くぞ」

 エレヅ城の一室。
 あと一歩のところで世界大戦を止められなかったわたし達は、次なる手立てとして、星が視せた場所を目指す旅に出ることをローダー皇子に告げた。返ってきたのは今の発言だ。

「く…国は? 戦時中に皇子が不在なんて」
「今、城で政変を起こせば国が滅びかねない。かといって無言で城を出れば父上はエステレアの咎とするだろう。故に私は、時を見て野で名乗りを上げる」
「……」
「大エレヅ帝国皇子、ローダーはここにいると」

 わたし達と共に、救世の旅の最中に在ると?
 でもそれは……。

「皇帝に背くのと、同義になるんじゃ……」

 いくら傲慢な男といえど、彼にとってはお父上。そのお父上が敵視するわたし達といるのは、叛意ありに他ならない。

「ーーそうだ。私は、皇帝陛下に背くのだ。我が民の命を、無益に散らさぬ為に」

 確かにエレヅは大国だ。でも星信仰のあるこの世界ではエステレアを崇める国々が圧倒的に多く、現状エレヅは不利……というのが正直なところだった。
 だから余計にローダー皇子はこの戦争に反対している。
 国民から支持の熱い彼だけど、皇帝に忠誠を誓う人々だってたくさんいる。その皇子と皇帝が真正面からぶつかれば、文字通りエレヅ国内は割れてしまうだろう。この戦時中でそんなことが起きれば、エレヅ侵攻を企てる国が現れるかもしれない。

「私が目指すエレヅの繁栄は……こんなものではなかった」

 臣下を、民を巻き込まないためにたった独り国を離れて、皇帝と戦うというの?
 中から変えられないなら、外から変えるために。
 皇子の瞳に揺らぎはなく。本気で一緒に来る気だと語っていた。
 
「おれも行こう」

 わたしの隣に立っていたウラヌスまでもが言う。驚いて見上げると真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「君と、ローダーまでもが旅に出るというのに、エステレア皇子たるおれがのうのうと城で待つのでは……名折れだ。我が国には、君を呼んだ責任がある」
「そんなの……私は望んで行くんだよ。気に病んだり、しないで。ウラヌスは皇子様として大変なのに……」

 彼を気遣うつもりの言葉だった。でもウラヌスは、少しも嬉しそうじゃなくて。
 距離を詰められ何か言いたげに見つめられた後、諦めたように……自嘲するように首を振った。

「ありがとう。だがせめて……傍で守らせてくれ。異界のため、危地に向かってくれる君を」
「…ウ、ウラヌス…? わたし、何か分かってない? ごめん、教えて。ごめんね、ウラヌス……」

 元気のなさそうな様子に不安が溢れて、思わず縋る。するとウラヌスは少しだけ持ち直したように見えた。

「……いや、君不足に、少し疲れていたようだ。心配いらないさ」
「ほ、ほんと……? わたしもだよ。一緒に来てくれるのなら、嬉しい……」

 ウラヌスはわたしを召喚した国の、皇子としての責任を果たそうとしてくれている。でもわたしと一緒にいたいと思ってくれてるのも本心で。
 なら、見栄を張って無茶を通すのはやめようと思った。

「……そなた達、まだ婚約状態……であったな?」

 ローダー皇子の唐突な問い。意図が分からないながらも頷くと、皇子はウラヌスへ向けて意味深に笑った。それを受けたウラヌスは、まるでーー苦虫を噛み潰したような、表情だった。



「エイコが見たのは標高が高い山だったよね~」
「うん。とにかく、高いって感じた」
「標高が高い山はいくつもあるけど、とにかく高いといえば……」

 エステレア皇帝陛下に旅立ちの許可をもらい、城壁外で待ってもらっていたローダー皇子と秘密裏に合流したわたし達は、次なる目的地について話し合っていた。
 思い当たるものがある様子のオージェは皇子を見る。彼は訝しげな顔で口を開いた。

「まさか……あの未踏の山か?」

 未踏の山……人が入ったことのない場所に建物があるかな?
 みんなも同じ事を考えたようで、微妙な表情を浮かべていた。

「……ひとまず行ってみる? わたしの力ならひとっ飛びだし」
「……そうだな。頼めるか? エイコ」
「うん」

 ウラヌスに頷いて飛ぼうとした。青い光がわたし達を包んで……だけど、消えてしまう。

「あれ?」

 いつもと同じようにやったのに。原因が分からないけど、とにかくもう一度試してみる。でも結果は同じだった。これは多分……。

「……ごめんなさい。適当には飛べても、知らない場所を目指すのは、出来ないみたい」

 驚きの新事実だ。すごく便利な力だと思ってたけど、制限があったらしい。みんなも驚いた顔で、異界の星詠みの力は後世に詳細に伝わってる訳じゃないと察する。

「では、旅支度を整え直す必要がありますわね」
「ごめん、ごめんね~……!!」
「謝る事じゃねーって! またオレのリュックの活躍時だな!」
「一人増えた。より運べるぞ」

 意気込むルジーにウラヌスがちらりと皇子を見て言った。当の本人は戸惑い気味だ。

「……私も運ぶのか?」
「当たり前だろう。この旅で快適に尽くしてもらえるとは、思わないでくれ」
「……」

 何か言いたそうだったけど、言わずに肯首した。

(そっか……皇子様だもんね。普通、荷物を運んだりすることないよね。野営の準備どころか、料理までしてくれるウラヌスの方が珍しいのか)

 ウラヌスは色々と動いてくれる。元の世界だったら、絶対良い旦那様だっただろうと思うと顔が緩みかけて、あるはずのない<もしも>に少しだけ切なくもなる。
 彼は皇子で、わたしは妃。だからわたしがかつて描いていたような家庭を築くことはない。
 世界が平和になれば、こうしてみんなと近い距離で旅することもなくなるだろう。

(皮肉だなぁ。こんな情勢だから、わたし達はこうしていられるなんて……)

 いずれ失うものだと思えば名残惜しいけれど。それでもわたしは平和のために進む。
 この時を、みんなも尊く感じてくれていたら良い。そしていつか懐かしむことが出来たら。
 旅支度の中、仲間達の盛り上がる声。優しい響きが耳に触れるのを感じながら、宵闇に灯るランプのような温かさを味わっていた。
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