69 / 96
世界救済編
汝の幸を今も願う、この聲が
しおりを挟む「もはやそなた達だけに任せてはおけぬ。私も行くぞ」
エレヅ城の一室。
あと一歩のところで世界大戦を止められなかったわたし達は、次なる手立てとして、星が視せた場所を目指す旅に出ることをローダー皇子に告げた。返ってきたのは今の発言だ。
「く…国は? 戦時中に皇子が不在なんて」
「今、城で政変を起こせば国が滅びかねない。かといって無言で城を出れば父上はエステレアの咎とするだろう。故に私は、時を見て野で名乗りを上げる」
「……」
「大エレヅ帝国皇子、ローダーはここにいると」
わたし達と共に、救世の旅の最中に在ると?
でもそれは……。
「皇帝に背くのと、同義になるんじゃ……」
いくら傲慢な男といえど、彼にとってはお父上。そのお父上が敵視するわたし達といるのは、叛意ありに他ならない。
「ーーそうだ。私は、皇帝陛下に背くのだ。我が民の命を、無益に散らさぬ為に」
確かにエレヅは大国だ。でも星信仰のあるこの世界ではエステレアを崇める国々が圧倒的に多く、現状エレヅは不利……というのが正直なところだった。
だから余計にローダー皇子はこの戦争に反対している。
国民から支持の熱い彼だけど、皇帝に忠誠を誓う人々だってたくさんいる。その皇子と皇帝が真正面からぶつかれば、文字通りエレヅ国内は割れてしまうだろう。この戦時中でそんなことが起きれば、エレヅ侵攻を企てる国が現れるかもしれない。
「私が目指すエレヅの繁栄は……こんなものではなかった」
臣下を、民を巻き込まないためにたった独り国を離れて、皇帝と戦うというの?
中から変えられないなら、外から変えるために。
皇子の瞳に揺らぎはなく。本気で一緒に来る気だと語っていた。
「おれも行こう」
わたしの隣に立っていたウラヌスまでもが言う。驚いて見上げると真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「君と、ローダーまでもが旅に出るというのに、エステレア皇子たるおれがのうのうと城で待つのでは……名折れだ。我が国には、君を呼んだ責任がある」
「そんなの……私は望んで行くんだよ。気に病んだり、しないで。ウラヌスは皇子様として大変なのに……」
彼を気遣うつもりの言葉だった。でもウラヌスは、少しも嬉しそうじゃなくて。
距離を詰められ何か言いたげに見つめられた後、諦めたように……自嘲するように首を振った。
「ありがとう。だがせめて……傍で守らせてくれ。異界のため、危地に向かってくれる君を」
「…ウ、ウラヌス…? わたし、何か分かってない? ごめん、教えて。ごめんね、ウラヌス……」
元気のなさそうな様子に不安が溢れて、思わず縋る。するとウラヌスは少しだけ持ち直したように見えた。
「……いや、君不足に、少し疲れていたようだ。心配いらないさ」
「ほ、ほんと……? わたしもだよ。一緒に来てくれるのなら、嬉しい……」
ウラヌスはわたしを召喚した国の、皇子としての責任を果たそうとしてくれている。でもわたしと一緒にいたいと思ってくれてるのも本心で。
なら、見栄を張って無茶を通すのはやめようと思った。
「……そなた達、まだ婚約状態……であったな?」
ローダー皇子の唐突な問い。意図が分からないながらも頷くと、皇子はウラヌスへ向けて意味深に笑った。それを受けたウラヌスは、まるでーー苦虫を噛み潰したような、表情だった。
「エイコが見たのは標高が高い山だったよね~」
「うん。とにかく、高いって感じた」
「標高が高い山はいくつもあるけど、とにかく高いといえば……」
エステレア皇帝陛下に旅立ちの許可をもらい、城壁外で待ってもらっていたローダー皇子と秘密裏に合流したわたし達は、次なる目的地について話し合っていた。
思い当たるものがある様子のオージェは皇子を見る。彼は訝しげな顔で口を開いた。
「まさか……あの未踏の山か?」
未踏の山……人が入ったことのない場所に建物があるかな?
みんなも同じ事を考えたようで、微妙な表情を浮かべていた。
「……ひとまず行ってみる? わたしの力ならひとっ飛びだし」
「……そうだな。頼めるか? エイコ」
「うん」
ウラヌスに頷いて飛ぼうとした。青い光がわたし達を包んで……だけど、消えてしまう。
「あれ?」
いつもと同じようにやったのに。原因が分からないけど、とにかくもう一度試してみる。でも結果は同じだった。これは多分……。
「……ごめんなさい。適当には飛べても、知らない場所を目指すのは、出来ないみたい」
驚きの新事実だ。すごく便利な力だと思ってたけど、制限があったらしい。みんなも驚いた顔で、異界の星詠みの力は後世に詳細に伝わってる訳じゃないと察する。
「では、旅支度を整え直す必要がありますわね」
「ごめん、ごめんね~……!!」
「謝る事じゃねーって! またオレのリュックの活躍時だな!」
「一人増えた。より運べるぞ」
意気込むルジーにウラヌスがちらりと皇子を見て言った。当の本人は戸惑い気味だ。
「……私も運ぶのか?」
「当たり前だろう。この旅で快適に尽くしてもらえるとは、思わないでくれ」
「……」
何か言いたそうだったけど、言わずに肯首した。
(そっか……皇子様だもんね。普通、荷物を運んだりすることないよね。野営の準備どころか、料理までしてくれるウラヌスの方が珍しいのか)
ウラヌスは色々と動いてくれる。元の世界だったら、絶対良い旦那様だっただろうと思うと顔が緩みかけて、あるはずのない<もしも>に少しだけ切なくもなる。
彼は皇子で、わたしは妃。だからわたしがかつて描いていたような家庭を築くことはない。
世界が平和になれば、こうしてみんなと近い距離で旅することもなくなるだろう。
(皮肉だなぁ。こんな情勢だから、わたし達はこうしていられるなんて……)
いずれ失うものだと思えば名残惜しいけれど。それでもわたしは平和のために進む。
この時を、みんなも尊く感じてくれていたら良い。そしていつか懐かしむことが出来たら。
旅支度の中、仲間達の盛り上がる声。優しい響きが耳に触れるのを感じながら、宵闇に灯るランプのような温かさを味わっていた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている
百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……?
※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる