星聖エステレア皇国

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世界救済編

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「アザーを狩る正義の戦士が邪教徒だって? ……テメェ、目眩しにしてやがったな」

 オージェのらしからぬ凄んだ声を、バウシュカは落ち着き払った様子で受けた。

「救われた者達は、大勢いるだろう?」
「アザーの暴走で死んだ者達は、どれ程の数だ?」
「王にそのちっぽけな命を捧げられたのだぞ。……光栄な事ではないか。矮小な闇も数を揃えれば足しになる」

 ……分かり合うのは難しそうだ。みんなが武器を構える。
 するとバウシュカの後ろの教団員が割れ、向こうから二人が出てきた。仮面をしていて顔は分からないけど、背丈とシルエットからして男と子供のようだ。
 その内一人が鞭を取り出す。それには見覚えがあった。

(まさか……)

 バウシュカだけじゃなくて。

「お目当てはアレか?」

 彼が顎で示したのは船尾ではためくエステレア国旗。あれを掲げているということは、また何かやろうとしているんだ。
 今まさに出発しようと考えていたのか、乗船口が開いている。

「教団員はオレ達が相手する。……手に入れられる? エイコ」
「まかせて」
「分かってる? 危なくなったら」
「一旦退く……でしょ」

 バウシュカには答えず。こちらにだけ聞こえるように言ったオージェに返事した。
 退くとは、わたしだけの事。自分だけが飛ぶのなら咄嗟の判断でも可能だから、場所を考えてもう一度やって来るつもりだ。
 船を守ろうと一斉に駆けて来る教団員と、迎え討つべく地を蹴ったわたしの仲間達。戦いの火蓋は切られた。

「何か策はあるのですか?」
「……今、思い付いたのを試してみようかと」

 ナルシス議長に答えると含みのある笑い声が返ってきた。

「そういったところもお有りなのですね。楽しみです」
「あの、ついて来るおつもりですか? お命の保証が出来かねますが……」
「ご心配くださるのですか? これは嬉しい」

 接し方が難しい……。
 彼のことは一旦思考から外すことにして、戦況をうかがう。
 みんなは善戦しているけど、数ではこちらが負けている。とくに厄介そうなものといえば、小さな背丈の教団員から繰り出される、数々の星術。一発一発が重くて直撃すれば大怪我だろう。

(あんなにいろんな属性を自由に……そんな人、滅多にいるものじゃない)

 それから自分の手足のように縦横無尽に鞭を振るう男。リーチの長さが邪魔をして、誰も接近出来ないでいる。

(少しでも相手の数を減らしたい)

 甲板に飛んだら、星術の的にされるのは時間の問題。その時にみんながわたしを狙う教団員に手を割けるように、減らせるものは減らしておくと楽だ。
 戦場を避けて走り出した。向かうは乗船口。
 手の内を見せるのは最低限にしたい。だから星の力を使うのは乗船の後。

「!!」

 すぐにわたしに気付いた一人の教団員が立ち塞がる。斬りつけてきた双刃に怯みそうな心へ喝を入れて、一か八かで身体を逸らした。

(いーー痛くない! 多分避けられた!!)

 本当に賭けだ。わたし達には策らしい策もない。それはアザー崇拝教があまりに謎に包まれていたせいで、出方が何も予想出来なかったから。
 後ろを確認することなく走り続けた。ナルシス議長の感心するような声がするから多分、続々と追手が掛かってる。

「行かせないぜ、異界人」

 参戦していなかったバウシュカがわたしを待ち受ける。彼の身の丈程もあるのではという大剣を構えられて、ひやりと肝が冷えた。

(止まれば死ぬかも。止まらないのも死ぬかもーー)

 迷いは鈍さを生む。ほんの一瞬でわたしは心を決めた。
 もう後戻りは、出来ないのだと。

(半身まではウラヌスが治してくれる!!)

 もはやその事実は御守りだった。
 褒められたものじゃないけど、ウラヌスをあてにすることで今は動ける。

「ほう、怯まぬか。その心意気や、良し!!」

 バウシュカの剣が風を斬る。限界まで研ぎ澄ました神経でその剣筋を見定めようとした時、彼の身体は氷漬けになった。

「え…!?」

 驚きに思わず止まりかけた足。そんなわたしの身体は宙に浮いて、すぐ頭上から浮き立つ熱を当てられた。

「なんて大胆な方だ。貴女は」
「は……?」

 ナルシス議長に抱き上げられている。混乱するわたしにお構いなく、景色が通り過ぎていった。
 走っている。向かうはーー乗船口。

「慎ましい乙女かと思いきや、こうもお転婆だったとは。最初の教団員はやり過ごせても、あの男はそうはいかないよ」
「手は、出さないんじゃ……」
「貴女の覚悟は分かりました。とてもね」

 背後で硝子の割れるような甲高い音がした。それからバウシュカの面白がる声が聞こえて、ほんの足止めにしかならないと分かっていたからこそ、ナルシス議長は先を急ぐのだと理解する。

「行くよ、エイコ」

 柔く、やけに親しみを感じる響きで彼は言った。
 勢い良く乗船口に飛び込む。腕の中から振り返ると思うよりたくさんの教団員がついて来てくれていた。
 ある程度廊下を進み、彼らをしっかり引き付けたのを確認してわたしはーー飛んだ。

「早く旗を!!」

 辿り着いた甲板。海風にはためくそれへ飛び付いた。
 今、船内の教団員はわたし達が消えたことに動揺しているはず。でも甲板だと予測するのはすぐだろう。この稼いだわずかな時間で、旗を手に入れなければ。

「う、固い……!!」

 当たり前だけど、旗は頑丈に固定されていてわたしがしがみ付いて身を捩ってもビクともしない。

「私に任せなさい」

 下がるよう促されて、代わりにナルシス議長がポールを掴む。彼は腰を入れて踏ん張ると、力技で固定器具を破壊してしまった。

「はい、どうぞ」
「あ…ありがとうございます」

 まるでもぎ取った果実でも渡すかのように差し出されて、動揺しながらもなんとか受け取る。その直後、彼の鉄扇が何かを叩き落とした。
 ……矢だ。

「帰ろうか。お早く、ね」
「は、はい!」

 あとは帰城すればこちらの勝ち。
 逸る気を整え、みんなを城へ連れ帰るイメージを浮かべた。

(旗をーー手に入れた!!)

 勝利の証を腕に抱えて、安全な場所へ帰る。愛しい彼が待つ、わたしの新しい家へ。
 ナルシス議長まで手を貸してくれて、みんなで掴み取った勝利だ。

「ウラヌス! ただいま!」
「おかえり、エイコ!」

 目の前に現れたウラヌスに抱き付く。ここは彼の政務室だ。城をイメージしたはずなのに、わたしはまたウラヌスのもとへ帰ってしまったみたい。

「見て、旗を取ってきたよ。ナルシス議長も協力してくれて、みんなで取ったの」
「ああ。よく頑張ったな。本当に……無事で良かった」

 彼の顔を見たらわっと安心感が湧いてきて、善は急げと腕を抜け出して議長を振り返った。

「ナルシス議長、これを証拠としてくださいますか?」

 彼は、目が合わなかった。その視線はわたしを通り越して見えた。
 でもそれは一瞬のこと。すぐに議長はこちらを見て微笑んでくれた。

「貴女が命を懸けて掴んだ証拠……役立ててみせましょう」
「ありがとうございます!!」

 ウラヌスがわたしの隣へ来て、同じく礼を述べる。

「感謝します。ナルシス議長殿」
「エステレア皇国のお力となれること、光栄でございます。……ウラヌス皇子」

 手を取り合う二人に安心した。
 城で調べた結果、旗の糸には正規のエステレア国旗にはない物が織り込まれていると判明し、これも偽造品の証拠の一つとして挙げることにした。
 次はバハルへ帰ったナルシス議長からエレヅへ会談の打診をしてもらう。打診はこちらへも来るはずだった。でもそれより早く、事は起きてしまった。

『地上を猛りが渡るは、恵みの地と我が庭に静謐が戻らず、恵みの地が刃が守り水の揺籠へ放たれし時。これ過ち』

 エレヅ艦の誤射が、バハル自治区の一都市を直撃する。何の罪もない人々から……多数の犠牲を出してしまったのだ。

『すまなく思う。犠牲が、あまりにも出てしまった。民は憤っている。この上なく。これを無理に抑えれば、我が自治区が壊れてしまう』

 議長はわたし達へ背を向けた。仕方のないことだった。
 一気に不安定さを増した情勢。そして芋蔓式に、各国が参戦していく。人々の不安は加速していく。

『負を盾として<人>は二つに割れるだろう』

 星の記憶する大河の流れにわたし達は、抗えないの? やっぱり未来は暗いの?
 ーーいいや、抗ってみせる。たとえ何度流されそうになったって。
 ウラヌス。
 あなたを救うためなら、わたしは。

「次はどこへ行けば良い? 何をするべき? 星よ、教えて!」

 授けられたのは遥か高み、天に近い山の上。そこにポツポツと並ぶ建物が視えた。

『我が愛し子の、落とせし珠が眠る地には真が在る。戻されし汝は真を訪ねるだろう。識るは救い。識らぬは救い……』

 謎かけのような記憶を詠い、わたし達はまた新たな地を目指す。戦争が終わるまで。
 世界を救う、その日まで。
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