星聖エステレア皇国

文字の大きさ
上 下
46 / 96
バハル自治区編

暗躍

しおりを挟む
 アザー暴走の現場は本当に近く、出動する自警団に着いていけばすぐに着いた。
 大地を覆い尽くさんばかりの夜色が盛大な土煙を立てて暴れている。それを自警団と冒険者、もしくは傭兵の人達が制圧しようと奮戦していた。
 でもアザーの数は多くみんなの顔には焦りが見える。

「戦況はどうだ!?」
「だいぶ押されてしまった!」

 声を飛ばし合う自警団の人達。
 一方こっちでは、ウラヌス達が困惑の表情を浮かべた。

「このアザー達、普通じゃない。……やけに統率が取れている」
「え……」

 ウラヌスの呟きにアザーをよく観察すると、確かに連携する姿がそこかしこで見られた。これまで見てきたアザーはこんなに協力していない。そこまでの知能がないといえた。
 ましてマーヴスネットで見た暴走時のアザーたるや、正気を失ったかのように暴れていたのに。

「どうするウラヌス。参戦する~?」
「ああ……ん?」

 頷きかけたウラヌスは言葉を止める。そしてどこかを注視し始めたので倣うと、戦場から少し離れた場所、樹々の茂みに紛れる人影があった。
 木陰ではっきりとは見えないけれど、多分黒いローブで頭まで覆っている。
 得体の知れない不気味さを感じる人達だった。

「あのローブと仮面……まさか」

 ノーヴが驚愕の声を上げる。続きはウラヌスが引き継いだ。

「アザー崇拝教、か……!?」

 それは、邪教と呼ばれるもの。

「奴等はここで何をしている……?」
「ウラヌス、この暴走、まさかあの人達が関係しているとか……」
「……アザーと意思疎通など出来ないはずだが。しかし何か臭うな」
「行ってみる?」

 わたしの問い掛けにウラヌスは少し迷った目でわたしを見た。アザー崇拝教は危険な組織だから、彼は関わるのを良しとしていなかった。でも。

「わたしの視た記憶はアザーが関係してた。アザー崇拝教の人達が関係してても、おかしくはないよ!」
「……そうだな。よし、探ってみよう!」

 彼の掛け声でわたし達は喧騒の真っ只中から少し外れ、アザー崇拝教らしき人達が隠れている場所へ忍び寄る。
 幸い気付かれている様子はない。
 全貌が見えてくると、その異様さにゾッとした。
 
(アザーと同じ仮面を被ってる……)

 あの一切の感情が読み取れない気味の悪い物を。
 その時、背中から嫌な感じがした。じっとりと纏わり付くような、重苦しい気配。

「そこか!?」

 身体を引かれると同時に発砲音が聞こえた。わたしを抱くウラヌスの腕に、庇われたんだと理解して、音がした方をおもむろに見る。
 ノーヴが星銃を構えていた。その銃口が向けられた先からぼとりと落ちてきたのはアザー……いや、人間。その人はまるで骨がないように身をくねらせ、起き上がった。

「外したか!」
「包め暗黒、静謐の眠りを!」

 シゼルの星術が直撃する。だけど闇の名残りの後にはーー何もなかった。

『闇は始まり。我等の母なる腕(かいな)』

 爽やかな風が吹き抜ける樹々の騒めきの中、不釣り合いな声がどこからともなく響いた。

『闇こそーー始まり』

 騒めきが濃くなる。穏やかだったはずの風は勢いを増し、突風となってわたし達を通過した。
 そして夜色の者は誰もいなくなる。頭上からひらりひらりと舞い落ちる葉だけが、残された。

「狂信者め!」

 ルジーの苛立つ声が響く。
 世界中で邪教と呼ばれる集団。人を襲うアザーを信仰対象に掲げている人達。
 どうして、あんな恐ろしいものを信仰するんだろう。アザーがいなければきっと世界はもっと暮らしやすくなるのに。

『闇こそーー始まり』

 だけど耳にこびりついて離れない。
 だってその言葉自体は、そうだと思ったから。

「エイコ、大丈夫か?」
「う、うん……」

 守ってくれていたウラヌスからそっと身を離す。そこでオージェが声を張り上げた。

「見ろよ! アザーが瓦解していくぜ!」
「本当ですわ。やはり、彼等が関与していたのかしら」

 彼の言う通りアザーの連携は乱れた……というより、それ自体がなくなって見える。
 さっきまで苦戦していた自警団側が徐々に押し返し始めていた。

「アザー崇拝教の行方も気になるが、ひとまず参戦しよう。エイコはたとえ力を使えそうになっても、今は使っては駄目だ。素性が知られると面倒なことになる」

 エステレアの足を掬おうとする人達から狙われてしまうだろうから。それにアザー崇拝教の真意も分からないから、物事がどう転ぶか想像が付かない。

(そもそもわたし、力を思うように使えないけど)

 それが出来たらきっとみんなの助けになるのに。
 みんなが戦うのをわたしは、護衛に付いてくれたシゼルと一緒に歯痒い思いで眺めていた。



「これからどうする? まだ船は出ないらしいし」

 アザー暴走も鎮圧され、ジューク港に戻ってきたわたし達はこれからの事ついて話し合う。
 オージェの問い掛けにウラヌスはもう決まっていた様子で返事した。

「アザー崇拝教を追う」
「ま、そうなるよねぇ」
「危険だが、エイコの視た記憶と何か関係している可能性が出てきた。奴等の存在と共にアザーの連携が消えたのは気になる」
「最近、アザーの暴走頻度も異常ですし。三国で立て続けに起きるなんて、きな臭いですわ」
「ああ……邪神崇拝の少数派の者達。具体的な活動内容は今まで掴めなかったが、奴等はとんでもない事をしているのかもしれない。一度調べておこう。まずは情報を集めたいが……アザー崇拝教について知る者などいるだろうか」
「調べる行為自体が怪しまれるだろうねぇ」

 そんなに危険視されているんだ……<邪教>なんて呼ばれているぐらいだもんね。

「……実は、私の知人に昔アザー崇拝教について調べていた者がおります」

 話は迷路入りかと思われた時、ノーヴからの思いがけない言葉にみんなの視線が一気に向いた。

「本当かノーヴ! どこにいる? 良ければ話は聞けそうか」
「それが少し辺鄙な所なのですが……このジューク港から東へ行った先に沼地があります。そこを越えるとただ一軒、居が構えられている。それが彼の屋敷です」
「厭世の暮らし~?」
「そうです。アザー崇拝教について調べるのを彼はやめて、人里離れた地へ籠った。片脚と正気を失ったのです」
「!!」

 誰からともなく息を呑む気配。衝撃が過ぎてわたしは一瞬理解が追い付かなかった。

「それって、話を聞けますの?」
「多少は。それに世話役の者がおりますから、彼女にも何か聞けるかもしれません。あまりその話題をしたことがないので、私も彼女が何を知るのか分かりませんが」
「いや……行ってみよう。礼を言う、ノーヴ」
「とんでもない」

 ノーヴは<ウラヌスに恩を売れた>とばかりに機嫌良さそうに笑んだ。知人が脚と正気を失った原因を今から追求するのに、なんで笑ってられるの……? その人、絶対何かされてるよ……。
 でもその怖いものなしな感じ、心強くもある。

「エイコ、大丈夫か? 顔色が良くないぜ」

 ルジーがわたしを心配してくれた。そう言う彼もあんまり顔色が良くない。でも普通の感性にかえって安心した。

「大丈夫。みんないるから」
「そうだ。おれがいるからな……」

 ウラヌスが横から抱き付いて主張してくる。
 そういえばルジーはバハル海域で現れたおばけを放って健やかに寝てたな。そんな過去を思い出して、わたしは自分こそ怖がり過ぎなのかと錯覚しそうになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。 いや、ちょっと待て。ここはどこ? 私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。 マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。 私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ! だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの! 前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...