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星聖エステレア皇国編
策士の前触れ
しおりを挟む「まず、君が大エレヅ帝国に召喚されたのは手違いだ」
臨時で用意された部屋。二人で使うには贅沢過ぎるテーブルを挟み見つめ合う。
そして開口一番に告げられた内容に、わたしはさっそく混乱に叩き落とされた。
「手違い…?」
「そうだ。そもそも君を喚んだのはこの星聖エステレア皇国。つまり本来であればこの宮殿に着いたはず。だが、時を同じくしてエレヅも召喚の儀を行ったと思われる。……結果、不測の事態が起き、君はエレヅに着いてしまった」
「……?」
「順を追って話そう」
頭の中が疑問符でいっぱいになったわたしを見て、ウラヌスは噛み砕くように話し始めてくれたので、懸命に耳を傾ける。
「事の始まりは我が城の星詠み達が<エステレアの滅亡>と<第一皇子の死>を詠ったことによる。星詠みとは創造主<星>の記憶を授かり、人々に伝える者。予言者だ。彼等は星との繋がりと信仰心が世界で最も強いエステレアにしか生まれない。……知っていたみたいだな」
「う、うん…。滅亡と、し……死んじゃうって話は、バウシュカから聞いたの」
「そうか、バウシュカが……。続けよう。そこで我が国は救国の手立てを求めた。それが異界の星詠み、君だ」
「うん」
「通常、星詠みの授かる記憶はタイミングも内容も不確定。だが力を合わせることで望んだタイミングで授かることが出来る。その結果、滅亡が詠われた。一方で異界の星詠みは<望むタイミング>で<望む記憶>を授かれる。だから君を求めたんだ。召喚の儀の執行は国家機密。しかし密偵に掴まれーーエレヅが我々と同時に召喚の儀を行った結果、あの娘が来て、君はあちらへ着いてしまった」
「……ノーヴが異界の星詠みは、星詠みによってエステレアの地でしか喚べないって」
「ああ。だからエレヅが星詠みを使ったとはいえ、何故君を喚べたのか、何故こちらに別の娘が来たのか……それはまだ判明していない」
……エレヅが星詠みを使った?
そのウラヌスの言葉が引っ掛かって、問い掛ける。
「エレヅに星詠みがいるの?」
わたしの問いに、ウラヌスは一度口を閉じた。それから考えるような間が少しあって、こちらをうかがうような様子で話を再開した。
「君が……レンを通じておれに救出を求めた者達がいるな?」
レンーー。
そうか、そう呼ぶんだ。胸に湧いた気持ち悪さから目を逸らそうと、返事を急ぐ。
「うん、エレヅ城からの脱出を手伝ってくれた女の子がいるの。一緒に逃げないのか訊いたら、自分が逃げたら他の人が責任を取らされるからって……まさか」
「彼等はエレヅに拐われ利用されている星詠みだ。民の手本となるべき国がまさか、率先して拐かしていたとはな」
……ずっと思い出したくなくて、記憶の底に沈めていた光景を勇気を振り絞って引っ張り出す。女の子が着ていた衣装はあの日、初めにわたしを囲んでいた人達と同じ。
つまり彼らこそ、エステレアを悩ませている人身売買の被害者だったんだ。
「もしかして、わたしが異界の星詠みだって分かってたから逃がしてくれた……?」
「喚んだのは他ならぬ彼等だからな。召喚の妨害は許されぬ事。……分かっていながらエレヅに逆らえなかったのだろう。だからせめて君を逃し、おれを訪ねるように告げた」
「……エステレアの皇子様がきっとわたしを探してるって言ってたのも」
「召喚の儀が執行されるのは国の窮地。そしておれが君を探す事になるのを知っていたんだ。そうして君は城郭の外で、星詠みの詠を頼りに探しに来たおれ達と出逢った」
「ウラヌスはわたしの事、最初から分かっていたの?」
彼は緩く首を振る。
「いや…初めは分からなかった。だが服に比べて君自身は随分と手入れが行き届いている様子と、どこの国籍か分からない姿にもしやと思い……最初の村で記憶を授かる様子にほとんど確信した」
「村って帝都の次に訪れた所? わたし、いつ記憶を授かってーーあ!」
思い出したのは夜明けの空を飛竜に乗って行くローダー皇子の姿。確かあれを見た後すぐに村を立ったんだ。あのまま滞在を続けていたら、遭遇していた?
わたしの話を聞いてすぐにウラヌスとオージェが出発を決めたのはそういうことだったんだ。
「でも授かってるってどうして分かったの?」
「星詠みが星と繋がる時、青い煌めきを放つ。おれ達でいう星術を扱う時と同じだ。あの日、君は寝台の中でまさに光を放っていた」
「見て、たんだ……」
「おれもオージェもな。だから速やかに出発した」
……そこまで聞いて、言葉にならない想いが胸に込み上げてくる。
じゃあ、わたしは早くからエステレアの人達に守られていた。誰と一緒にいても、心の奥底では孤独を感じていたけれど。真実、わたしは独りじゃなかった。
ウラヌス達はわたしを大切にしてくれていたのに、勝手に独りになっていただけだった。
「……そして、わたしはせっかくエステレアに連れて来てもらったのに逃げちゃったんだね……」
ぽつりと呟く。自嘲したら、ウラヌスは真摯な眼差しでわたしを庇ってくれた。
「おれの落ち度だ。君に近付けまいと、レンには事前にあの周辺へ立ち入ってはならぬと告げていた。しかしあの結果だ。唯一の頼りが潰えて、さぞ辛かっただろう……すまない」
「あ…謝らないで。わたしが早とちりしたんだし。……でも、あの子も異界の星詠みだって言ってたよ。どうしてウラヌス達はわたしの方だって思ったの。それにノーヴから聞いたんだけど、二人も召喚されるのはおかしいって」
わたしの疑問にウラヌスはまた口を閉じる。その目は遠くで考えを巡らせている様子で、ノーヴの言葉通りだったんだと察した。
「ーーそうだ。喚べる乙女は一人だけ。あの娘は詠えなかった。そんな時、一人の星詠みがエレヅ城郭の記憶を授かり、おれ達は向かったんだ。……だが星詠みが言うには、確かに力は感じるらしい」
「そう、なんだ……。来たってことはその方がおかしくないよね」
「しかし依然として謎だ」
話を纏めると、国の窮地にエステレアで行われる秘密の儀式がエレヅにばれて、同時に儀式が行われた。すると何故かエレヅでも儀式が成功してしまい、わたしはエレヅへ、あの子はエステレアへ召喚された。
だけどあの子は力を使えなくて、星詠みの詠から導き出されたエレヅに行ったところ、わたしがいた。わたしは星の記憶とやらを授かれる。ただ、あの子からも力は感じる。……こういう事だ。
「わたしが本当に異界の星詠みなら、その詠うっていうのをしたら良いの」
まだ不明点はあっても、わたしに出来る事があるならやりたい。それがウラヌスの助けになるのならなおさら。
彼は目を細めてわたしを見る。痛ましい表情だと感じた。
「……君には本当に酷な役目を押し付けてしまう」
「良いよ。わたし、やる。国が危ないっていうのに、勘違いして遅くなっちゃって……ごめんなさい」
「違う。君が謝る事ではない。だが……どうか、力を貸してくれ、エイコ」
喚んだのなら、彼らがわたしの面倒を見るのは義務かもしれない。でも彼らはそれを誠実に果たそうとしてくれているのが分かったし、事が余計に拗れた一端はわたしにもある。
それにわたしはすっかりウラヌスやオージェが大好きになったから、なれるものなら、力になりたい。
「もちろんだよ。ウラヌス」
しかと頷いたわたしに彼は殊更嬉しそうに笑った。
「では、明日は皇帝陛下へ謁見し、正式に異界の星詠みとして迎えられよう」
「うん」
「まずは宮殿内の貴族へのお披露目だ」
「うん!」
この時、使命に燃えるわたしの頭からはすっかり抜け落ちていた。それが意味するものが、救国の乙女の他にもう一つあったことを……。
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