星聖エステレア皇国

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星聖エステレア皇国編

もう一人の異界の娘

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「では、少しだけでございますよ。皇子がじきに戻られますから」
「はい。ありがとうございます」

 無事エステレア城に着き、身支度を整えてもらいウラヌスの戻りを待っていたけれど。
 何だか落ち着かなくて休む気になれず、散歩を望んだわたしをミーヌは根負けして許してくれた。それも付き人なしという条件で。
 代わりに許されたのは中庭限定だけど。それで良かった。とにかく一人になって色々と考えたかった。
 広い、陽の光をたくさん受けた庭に足を下ろす。ここにも水路が通り、噴水まであって涼やかな心地になれた。混乱していた頭が少しだけ落ち着くのを感じる。

(ウラヌスが皇子様だったなんて……。どうして言ってくれなかったの。ううん、わたしが皇子様に逢いたいとは言わなかったから。……言えば、もっと早く分かってたかな。でもウラヌスが皇子様じゃなかったら、やっぱりわたし変なやつになってた……)

 もっとああしていればと考えては無駄な仮定だって思い直す。ベンチに腰掛けて、清涼な水の流れを眺めた。
 何はともあれ当初の目的が一つ果たせたんだから。次はわたしを探していた理由を訊いて、そしてエレヅ城にわたしを助けてくれた女の子がいる事を話さなきゃ。あの子、望んであそこにいる感じじゃなかった。きっと何か理由があるんだ。

(……そういえば、ウラヌスがわたしを探してたことになるんだ)

 思い出すのは学術都市ゾビアでのウラヌスの言葉。 

『ーー多分、もう……見つかった』

 あれはわたしを指していたことになる。つまりわたし、自分に嫉妬して落ち込んでたんだ。

(わー! 恥ずかしい。馬鹿みたい。ウラヌスが探してる間、ずっと自分を羨んでたってこと?)

 顔が熱くて一人で悶えた。
 ……いつからウラヌス達は気付いてたのかな。だからずっと、傍にいてくれたのかな。何があっても手を離さないで、いてくれたのかな……。

(それからオージェとシゼルは、きっとウラヌスの臣下だったんだ。ずっと親しく話してたから気付かなかったけど……そういえば何があるか分からない所じゃ、いつもオージェが先導してた。後ろが危ない時は、オージェが殿を務めてた。買い出しだってオージェだった) 

 一度気付いてしまえばピースがはまっていく。何でもない顔でオージェはウラヌスを守っていた。いつも、いつも。

(皇子様だから)

 芋蔓式に判明していく衝撃の真実にまた気が立ってきた。そうだ、お水にでも触れて冷まそう。そう思い立ち、噴水に歩み寄る。
 その時、中庭の入り口の方から警護の兵士さん達と女の子の声が聞こえてきた。

「星詠みさま、こちらは今封鎖中でして…!」
「あら、どうして。少し休みたいだけ。すぐに出て行きますから」
「なりません。お戻りください! 嗚呼…!」

 何の騒ぎだろう。そっと様子をうかがうと、植物の向こうからこちらへ向かって来る女の子が見えた。
 見た目はわたしと同じくらいの歳で、だけど随分と落ち着きを感じる。彼女はエステレア色のそれは繊細な意匠のドレスを纏い、品良く髪を結い、爪先まで磨き上げられた、まるで宝石のような佇まいだった。
 柔そうな耳たぶに垂れる青い石に、ウラヌスを思い出す。

「まぁ、人がいらしたのね。こんにちは」

 おっとりした口調で彼女はわたしに語り掛けた。その後ろの方では、兵士さん達が困った様子で右往左往している。

「…こんにちは」
 
 エステレア人じゃなさそう。人種を問われたら、まるで……。

「私はレンよ。貴方は? お見掛けしない方だけれど……」
「エイコ、です。ここには今日来たばかりなんです」
「そうなの? 奇遇ね、私もここに来てまだ新しいのよ。信じられないでしょうけど、違う世界から来ましたの」

 穏やかな世間話に織り交ぜられたそれは、あまりに唐突な衝撃だった。唖然と彼女を見つめるわたしに、レンは一人でに話を続ける。

「私、この国に呼ばれたの。この国とウラヌス皇子をお助けする為に。皇子はずっと、私を求めていらしたのですって」

 皇子? ウラヌスが、この人を求めていた?
 それはまさか、探していたってこと?

「驚きですわよね。でも私が一番驚きましたの。この世界へ来てから、まるで宝物のように大切にしていただいて……私が<異界の星詠み>だからと。貴方、この言葉ご存知?」

 何かが脳裏にチラつく。初めて聞いた気がしない。
 わたしは彼女に答えることも忘れて、自分の記憶に潜っていた。
 たくさんの映像、音声が雑多に流れては消えて行く。その中でエレヅでの出来事が引っ掛かる。遡っていく記憶。あれはそう、確か、一番最初の出来事。

『ようこそ、異界の星詠みよ』

 封じられていた記憶が、蓋を開く。
 大エレヅ帝国ローダー皇帝がわたしに告げた言葉。

 ーー異界の星詠みーー。

「……私、この国の救世主なんですって」

 無邪気な、夢見る乙女のような表情だった。
 そこまで話すとレンは我に返った様子ではにかんで見せた。

「あら…私ばかり話してしまってごめんなさい。貴方の事も教えて。貴方は? 何をしにここへ、いらしたの」

 何をしに、ここへ?
 問われて考える。何故、考える必要があるの。わたしはウラヌスに探されていて、だからこの場にいるのでは……なかったの。
 でも今ここには、エステレアとウラヌスが望んだという彼女がいる。
 記憶喪失の設定だからなんて理由じゃない。もっと他の違う何かで、口が縫い留められている。

(拝啓……愛しい、貴方へ……。もう、見つかった……)

 駆け抜けた、雷のような直感。二つの出来事が急速に結び付いてしまった。

「星詠みさま! ここは封鎖中と申し上げたではありませんか! 何をなさっておいでですか。お稽古のお時間ですよ、さ、参りましょう!」
「ああ、ごめんなさい。ミーヌを探していたの。そうしたら疲れてしまって、こちらで休もうとしたら、初めてお見掛けする方がいらしたものだから」

 突然現れた女性はレンの話にわたしを見る。その目は訝しげにわたしの姿を上から下へとなぞり、合点がいかない様子ながら頭を下げられた。
 きっとわたしがどこの誰か判らなかったんだ。

「これは失礼いたしました。ご無礼をお許しくださいませ」
「何故謝るの?」
「さぁさぁ星詠みさま!」
「あ、貴方。またお話しましょうね」

 侍女に連れられて中庭を去ろうとする彼女に、口を突いて出たのはエレヅ城にいた女の子の事。

「あの……! 皇子に、お伝えいただきたい事があるんです!」

 レンは振り返り、たおやかに微笑んだ。

「なぁに?」
「エレヅ城に……皇子を知る、助けの必要な人達がいるんです」
「……どなたかしら」
「何者なのか、分かりません。でも皇子に敬意を払っていました。どうか……その事を、お伝えください! お願いします」
「ええ、分かりましたわ。安心なさってね。エイコ」

 今度こそ彼女は去って行く。
 わたしは独り佇んで、考えていた。自分がここにいる意味を。
 ウラヌスが探していたのは、きっとあの娘(こ)。手紙を送ったのも、あの娘。

(意味なんてない)

 わたしを求めていたのはエレヅだけだった。わたしを探しているのは、あの恐ろしい国だけ。

(わたしは、いらない!)

 全て、全て優しさに過ぎなかった。わたしは彼女になろうとした、紛い物。
 不安定だった足場がついに崩れていく。奈落の底に落ちて行く。
 ーーここまでだ。これ以上ウラヌスの邪魔にはなれない。
 その想いを胸にわたしはウラヌスを、迎える。
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