星聖エステレア皇国

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大エレヅ帝国編

学術都市ゾビア

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 勇壮なる剣(ヴァレントスパーダ)の協力もあり、無事にビエンド渓谷を越えたわたし達は、目的の街へ到着した。
 学術都市ゾビア。大エレヅ帝国最高峰の学院と研究機関があり、選りすぐりの優秀な学生や学者が日々、学びや研究に勤しんでいるという。
 街を歩く人の中で、同じ制服や研究衣に身を包んでいる者が目立つ。本や文房具、研究器材等、学問特化の街らしい店が多いことに加え、カフェでまで討論を繰り広げている人がいるのは流石に驚いた。

「待ち合わせ場所はここだが……まだ来ないようだな」
 
 街の中心、大きな噴水の前。しばらく待っていたけれど、約束した人の姿はまだないらしく、わたし達は暇を持て余していた。

「港からここだもんねぇ。オレ達よりちょっとだけ遠いか。ま、今日中には来るだろうけどさ」
「どんな人が来るの?」
「ちょっと癖のあるお姉さんが来るよ。でも強いからエイコのこと、もっと安全に守れるようになるよ」

 もう十分に守ってもらえてるけど……。どんなお姉さまだろう。わたし、お姉ちゃん欲しかったから仲良くなれると良いな、なんて思って。
 でも、やっぱりまだ来ない。噴水に腰掛けてただ雑踏を眺めていると、ウラヌスが立ち上がった。

「少しだけ観光していくか」
「良いの? 入れ違いになったら……」
「本当に少しだ。退屈してるだろう。せっかくだから街を見て行くと良い。訪れるのは最初で最後かもしれないからな」
「じゃあさぁ、メイグーン研究所とかどうよ? 何か色々展示してるでしょ」
「良いな。そこにしよう」

 行き先はすぐに決まった。わたしはこの時間が伸びたことに、心のどこかでホッとしてしまう。

「研究所に入れるんだ。どんな研究をしているの」
「何でもさ。一部が一般解放されている。展示物があるから学ぶ物は多いだろう。ほら、あそこに高い建物が見えるな? あれが研究所だ」

 この世界について無知なわたしには良い場所かもしれない。それに異世界の研究って、どんなものか想像がつかないから、少し楽しみ…。
 わたし達は善は急げとメイグーン研究所に向かって歩き出した。ウラヌスの指した建物は街の奥の方に見える。一際抜きん出た高さはとても判りやすくて、人混みの中でも見失うことなく辿り着けそうだった。

(エレヅの街って、入り組んだ所が多いなぁ。エステレアはどうなんだろ。ウラヌス達の雰囲気からして、建物の色も違うかも)

 エレヅ人の服装を格調高いと表現するとしたら、エステレア人の服装は優美で清廉。堅いと柔い。全く違う印象を受ける。

(食べ物とか暮らしぶりとか、色々違うのかなぁ。……お城の人達も、違ってたら良いな)

 赤いワンピースを脱ぎ捨てて、ウラヌスとオージェとお揃いの色を着たい。
 盗み見た二人は楽しそうに街を観光してる。もう今日が彼らと過ごす最後の日だと思うと、どうしても気分は上がらなかった。
 早く皇子様に逢いたいのに、この時間が少しでも続けば良いとも思ってる。心の中の天秤は競うように砂が落ち続けて、全然安定しない。

「エイコ?」

 ウラヌスの晴れやかな顔がわたしを見る。ウラヌスはわたしとお別れするの、つらくないのかな。
 ……つらくはないか。
 昨日から、胸が痛い。



 街一番の大きな建物に重厚な扉。お城みたいなメイグーン研究所の展示エリアにてわたしは、ウラヌスとオージェから熱心な解説を受けていた。

「……このように、星術は対アザーだけでなく、生活においても必要不可欠なものであってだな……」
「……とまぁ、アザーの仮面の下を見た人はさ、こういう気が触れたり、非業の死を遂げたり~……」

 いくらわたしが字を読めないからって、こんなに説明してくれるなんて……!
 噛み砕いて言ってくれてるのは分かるけど、あまりの情報量に正直言って耳を通り抜けていきそうだった。ううん、多分いくつか抜けてる。

(なんでこんなに詰め込もうとするの…!? ちょっと時間潰すみたいに言ってたじゃない…!!)
「この森はエステレアにしかない聖なる地で……」
(次の話題に移ってるーー!)

 さり気なく離脱しようとしたらさり気なく両側を封鎖された。いつも頼もしく感じる二人の背丈が、今はこわい。
 冷や汗を流して展示物の記号みたいな文字を眺める。そこに、知らない笑い声が後ろから飛んで来た。

「フフフ! 随分と熱心な見学者ね」

 艶っぽい声だった。振り向くとイメージ通りの艶美な女性がわたし達を見て笑ってる。研究衣を着ているから、ここの人だ。
 女の人はわたしを見てパッと表情を明るくした。

「あら、可愛い……。お嬢さん、疲れたお顔ね。少し難しかったかしら?」
「あ……ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの? 頑張るのは素敵な事よ」

 知らない人が、最初からわたしを相手に話し掛けるなんて珍しくて。緊張からぎこちなく微笑うと、女の人の赤い唇が緩く弧を描いて開いた。わたしの背丈に合わせて屈んだ顔が、少し近くなる。

「……フラメウみたいに可愛いのね。もっとお話したいけど、残念だわ。今から研究会なの。ねぇ、また来てね。今度は私が案内するわ」
「……あ、ありがとう、ございます」
「ヨランダよ。覚えておいて」

 名前を告げて、その人は姿勢を戻すと軽く手を振りながら去って行った。
 残されたわたしは呆然とウラヌスの服を握る。そこで二人の声が帰って来た。

「……驚いたぁ。オレ達全無視」
「ヨランダといえば、天才と名高い研究者じゃないか。まさか会うことになろうとはな」
「フラメウって何?」
「花の精霊だ。可憐で……臆病で、すぐに泣いてしまう」
「…………」
「そろそろ待ち合わせ場所行ってみない? 来てるかも」
「そうだな」

 臆病で泣き虫になったのはこの世界に来てからだもん。わたしは誰に弁解するでもないのに、心の中でひっそりぼやいた。
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