星聖エステレア皇国

文字の大きさ
上 下
9 / 96
大エレヅ帝国編

迎えが来た!

しおりを挟む

 ソイル王廟で人身売買の現場を押さえ、売買人を施設管理者に突き出し、拐われて来た女の子を引き渡したわたし達。
 ひと段落着いた頃にはもう夕暮れ時で、宿に戻って夕食まで休憩していた。

「八、九……」
「十五、十六……あ、十七!」
「くっそー、やっぱエレヅだと赤が多いかぁ」
「ふふ。わたしの勝ちかな」

 部屋の窓から通りを見下ろして、オージェと通行人の髪色を数える勝負で時間を潰す。オージェが青系、わたしが赤系を数えていた。

「十……」
「あ、オージェ自分をカウントするのはずるい!」
「お! ほらエイコ、また赤がいる! すげ~じゃん。燃えるような赤……」

 誤魔化すみたいに通りを指差すオージェに、素直に乗ってあげる。カウントを重ねようとして、でも、その人に心臓が大きく脈打つ。

(ローダー皇子)

 誰よりも鮮やかな赤色が、まるで夕陽そのものみたいに存在している。数人の従者らしき人達を連れて、堂々とした振る舞いで歩く先、人海が割れた。
 窓がーー音もなく閉まる。
 隣を見たら、オージェが口角をにんまり吊り上げていた。

「そろそろ寒くなってきたっしょ。ゲームはお~しまい」
「……そだね」

 さっきまでの楽しかった気持ちが針を刺されたみたいにみるみる萎んでいく。
 今すぐ逃げるべきかもしれない。だけど帝都を出てから一度もまともに休めていない。とくにウラヌスとオージェは。
 どうしたら良いんだろう。本当の事を話せば良いのかな。でも、話したら、置いて行かれるかもしれない。面倒だからいらないって言われるかもしれない。
 わたしの事で二人を巻き込みたくないのに、わたしはわたしが可愛くて、言い出せないでいる。卑怯な自分が嫌でぎゅっと手を握り締めた。
 そんな時、扉が開く。

「ゲームの結果はどうなった?」

 何も知らないウラヌスが軽快な声色でわたし達を茶化した。咄嗟にそれに答えようとして、わたしは、あろうことか失敗する。

「エイコ……?」

 もうあの城には戻りたくない。絶対に。
 その想いが強過ぎて一筋、涙が流れてしまった。この世界に来てからわたしはすっかり泣き虫になった。
 ウラヌスの表情が一瞬で真剣なものになる。慌てて顔を逸らしたら静寂が訪れて。気まずさに身動きが取れなくなる。
 ふいに足音が近付いて来た。それから掛けられた言葉に、わたしの浅い息は詰まる。

「君は誰に追われる夢を見たんだ?」

 古都バディオンの前に訪れた村の事。訊かれたくなかったそれを、今になってどうして。
 思いも寄らない問いにウラヌスを見た。わたしを見透かすような青がそこにある。

「教えてくれ、エイコ。君次第でーー君次第で、今すぐここを立っても良い」

 それは……どういう意味、なんだろう。
 彼の真意が分からない。だから言葉を紡げなくなる。
 そんなわたしにウラヌスは畳み掛けた。

「君が見たのは燃えるような赤髪に翠の目の、男か」

 あまりに、的を得過ぎた様相だった。

「なんで……?」
「答えてくれ。知りたいんだ。君の事を、知りたい」
「……わたし」

 本当の事、言って良いのかな。その一瞬の迷いがわたしから答えるタイミングを奪った。
 荒々しい足音が階段を上って来る。聞き覚えがある音。竦み上がったわたしは抱えられて、また勝手に事態が動いていくのを眺めるだけになる。

「大エレヅ帝国第一皇子ローダーである! 我が名の下に控えよ!」

 勢い良く扉が押し開けられた。剣を抜いたローダー皇子の高らかな名乗りが耳に障る。
 しまったと、思った。
 でもわたしはウラヌスの肩に顔を押し付けられて、何も見えなくなった。

「お前達、何者だ。その娘をどうするつもりだ!」
「そっちこそ、こんな一般旅行客に何の用なワケ? びっくりしちゃうじゃん」

 オージェのくぐもった声にまた口元を布で覆ったんだと察する。

「旅行客だと…? 何故顔を覆う必要がある」
「ただ旅行してただけなのにさ~、殿下に目を付けられるとかマジあり得ないっしょ。顔ぐらい隠すでしょ。てか皇子様こそ何の用ですか~?」
「何と無礼な……怪しい奴等め。とくにそこの娘! 顔を見せよ!」
「……!」

 あのローダー皇子がわたしに注目している。反射的に上げそうになった顔はウラヌスの手に押さえられた。

「何故そうもこの娘に固執する? 怯えているだけだ」
「顔の一切を見せない者を怪しんで、何がおかしい?」
「そうだとして、この部屋を尋ねた理由は何だ? おれ達に何か怪しいところがあったか。誰ぞの密告でもあったと言うのか?」
「……何が言いたい……」
「突然このような扱いを受ける謂れが分からないと言っているんだ」

 それは、わたしのせい。わたしが二人に甘えてしまったせいだ。
 真っ暗な視界の中で繰り返し後悔の念が押し寄せる。暗闇の中じゃ、ローダー皇子の誘惑が酷く響いた。
 
「娘、こちらに来い。今ならーー許してやろう。その二人の無礼も見逃してやる。お前さえ、私のもとへ来るのなら」

 離れようとした。でもわたしの身体は強く抱き締められて、どこにも行けなくなる。

「まるで脅迫だな。そんなんじゃレディは振り向いてくれないぜ」

 ウラヌスがローダー皇子を嗤う。初めて聞いた声だった。

「殿下への度重なる無礼。もはや黙ってはおれぬ。我が猛る炎を受けよ! 焼き尽くせ!」

 この声は……確かリビウスと呼ばれていた人。
 部屋の温度が一気に熱くなる。でもすぐに涼しい風が背中から吹き込んできて、一瞬の浮遊感の後にようやく視界が開けた時には、わたしは屋根を移動していた。
 目まぐるしく景色が移ろいでいく。ローダー皇子が追って来る後ろでは屋根に登りあぐねている兵士達の姿があった。

「一般人相手に随分と手荒な殿下だな!」
「あくまで従わないというのならエレヅ大陸中に手配書を出すぞ!」
「出せるものなら出せば良い。ーー大義があるというのならな!」
「貴様ら……!!」

 ウラヌスの挑発にローダー皇子は激昂した様子だった。ウラヌス達に負けない身軽さで屋根を伝い、わたし達を追い続ける。
 それに加えて平たい屋根は移動が容易い。家屋一つ一つの隙間も広いとは言い難くローダー皇子を撒くのは尚のこと困難だ。そこに殿を務めていたオージェが手を差し出す。

「ちょっと足止めさせてもらうぜ~。それ、流れろ!」

 光と共に彼の手のひらから水塊が押し寄せ、ローダー皇子に直撃した。そして彼はオージェの言葉通り水流に流されて、家屋と家屋の隙間から落下する。
 一国の皇子にこの仕打ち。この先どうなるのか、とてつもなく不安になってわたしはウラヌスに懸命に訴える。

「ウラヌス! もうこれ以上は……わたし、わたしあの人のもとに行く。迷惑掛けてごめんなさい。下ろして!」
「気にするな! あの様子、どう考えても普通じゃない。何をされるか分かったものじゃないぞ!」
「いいの! お願い、本当にごめんなさい。もう十分です。だから……っ」
「悪いが聞けないな!」

 これでこの話は終わりだと言わんばかりに、ウラヌスは言い切った。そして地上に降りた先にあったのもう一つの門。

「な、何事だ!? ちょっと君達!!」
「すまない! 失礼する!」

 狼狽える門番に一言だけ断りを入れて駆け抜けた。
 もう日没だ。赤い空に夜の気配が忍び寄る。安全だったはずの町は瞬く間に遠くになって。けれどウラヌスとオージェの速さは少しも緩まない。
 そしてわたし達はまた、暗闇の中を逃げることになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。 いや、ちょっと待て。ここはどこ? 私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。 マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。 私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ! だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの! 前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...