上 下
41 / 43
八章 逃避行と商人の街

四十一話

しおりを挟む
 サミュール要塞は初めてだからというのもあるが、かなり複雑なつくりをしているので、何度も迷ってしまった。

 ようやくたどり着いた司令室の扉をノックすると、返事が返ってこない。

「どうしたのかな? 」

もう一度ノックしたが、やはり返事はない。

 不審に思ってしまうので、もう開けようとドアノブに手をかけたが、そこでトラウマが蘇った。

「もしかして、着替えてる? 」

やっぱり、返事はない。こんなに聞いたんだ。開けてしまっても怒られはしないだろう。

「入るよ。」

言いつつドアノブをひねり、司令室に入った。


 中にピオーネはいなかった。

「あれ? ピオーネ? 」

呼びかけても彼女は出てこない。

「おーい? いないのかい? 」

「彼女ならいないよ。」

「うわっ! 」

部屋の隅から声がして、僕は腰を抜かしそうになってしまった。

 声のした方を見ると、手錠をはめられて、繋がれた男がいた。彼は僕に話しかけてきた。

「司令官は君を待ちかねて、別の用事を済ませに行ってしまったよ。その間に僕は脱走しようと頑張っていたところに君が来たというわけだ。」

「正直ですね。」

「よく言われるよ。」

男はキツく繋がれた鉄の鎖をどうにかしようとしたらしく、彼のいるあたりは散らかっていた。

 男はちょび髭の小綺麗な男だった。

「ところで提案なんだがね。」

「なんです? 」

「この鎖試しに外してみないか? 」

「するわけないでしょ! あなた、見るからに怪しいですし。」

男はニヤリと笑った。

 男は両手が塞がったまま器用に立ち上がった。

「何を! 」

「いやいや、安心したまえ。別に逃げようってわけじゃないさ。そこの机に座りなさい。」

男の鎖は厳重に繋がれていたので安心した。

 彼が促すので、僕は円卓に座った。

「捕虜になったとしても、まだ私はもてなす側だからね。紅茶を淹れてあげよう。」

男は部屋の端にある棚の方まで歩いて行った。

「ガチャン! 」

「おおっと。鎖の長さが足りなかったよ。」

 彼の手は棚に届かなかった。

「すまないが、君。私の代わりに棚から茶葉を取ってはくれないかね。」

「は、はあ。」

 僕は言われた通りに棚の上から2段目を開いた。

「黒い缶があるだろう? 」

確かにあった。

「ええ。」

手を伸ばして奥の黒缶を取り、それを持ってまた円卓まで戻った。

 円卓では、男がこれまた器用に湯を沸かしていた。

「手錠も長時間かけられると慣れるもんだよ。」

白い蒸気がはやくも吹き出した。

 僕が円卓につくと、彼は対面に座った。

「まあまあ、リラックスしたまえ。あの怖いお嬢さんは当分帰ってこない。」

「へえ、分かるんですか? 」

「分かるとも。私だって軍人だ。今は違うかもしれないが。」

 紅茶ができた。ティーポッドからカップ二つに紅茶を移すと、さらに湯気が立つ。

「ところで君、軍人じゃないだろう。」

「そうですけど。」

「変わっているな。一般人にしても、かなり数奇だ。」

「そう……かもしれません。」

「私は君に興味が湧いてきたぞ。」

男は右手でカップをつまんで口をつけた。

 それから、僕は正体も分からない目の前の男と、しばらく談笑した。僕のことはいろいろと聞いてくるが、彼のことはあまり教えてくれなかった。

 けれど、不思議と僕は自分から話してしまった。警戒心はほぐれるどころか、消え去ってしまっていた。

「君は何処出身? 」

「日本です。」

「ニホン? 聞いたことないな。」

あれ、通じるはずがないのにどうしてこんなこと言ってるんだろう? ホルンメラン生まれとでも言っておけばいいのに。

「でもまあ嘘じゃないのだろう? 」

「ええ。そうです。」

何を聞かれても拒むことができない。

「この手錠を外す方法は知ってるかい? 」

「知らないですよ。」

「あら、やっぱり本当に知らないのか。そりゃ残念。」

 意識が遠のいていく。自分が何を考えて、何を話しているのかさえ分からなくなってきた。





 眠ってしまいそうなほど虚になったそのときだった。

「喋るな!! 」

突然部屋に怒号が響いた。

 扉を勢いよく開けたのは、帰ってきたピオーネだった。

「おおと、ご帰還かなお嬢さん。」

「黙りなさい。そして、タイセイさんにかけた魔法も解くのです! 」

ピオーネは短剣を腰から抜き男の喉元に突きつけた。

 男はまたニヤニヤと笑っていた。

「そんな剣幕で怒らんでもいいじゃないか。からかっていただけだよ。」

彼は指を鳴らした。

 すると、途端に僕の意識は明瞭になった。

「大丈夫ですか? タイセイさん。」

「ああ、意識がはっきりしてきた。」

 どういうことなのか、ピオーネは説明してくれた。

「この手錠をかけられた男は、もともとこのサミュール要塞の司令官、ミラージュ中将です。」

どこかで気づいていた。紅茶の場所を知っていたんだから。

 ミラージュ中将はピオーネに短剣を突きつけられたままだった。

「この男が危険なのは、単に敵だからというわけじゃありません。あなたも今しがた体験したでしょう? 」

「ああ、眠たくなったんだよね。」

「それ、魔法なんですよ。この男が使う危険な魔法です。」

「危険なことはないさ。」

「あなたは黙って! 」

ピオーネは一層鋭く短剣をミラージュ中将に突きつけた。

 彼女はかなり苛立っているようだった。

「ともかくです! この男の魔法は『かけた相手を真実しか喋れないようにする』というものです。」

「僕が日本だのなんだの口走ったのはそれなのか。」

「はい? 」

「いや、なんでもない。」

 このミラージュ中将、魔法を使うのか。え、でも……

「人間は魔法を使えないんじゃ? 」

「魔族が軍人やってちゃ悪いかね、タイセイくん? 」

「いえ、そんなことは……。」

彼をよく見てみると、人間っぽくない部分がちょくちょくあった。

 「彼はトゥルースヒアなんです。瞳が鏡になっているのが特徴です。」

彼の顔をよく見てみると、透き通るような瞳に僕の顔が写っていた。

 ピオーネは懐から銀色の首輪を取り出してミラージュ中将の首につけた。

「これ嫌いなんだよね。」

「あなたの天敵ですからね。」

首輪をつけると、ピオーネはようやく短剣をしまって椅子に座った。

 ピオーネは机に頬杖をついて、また話し始めた。

「この人はここの司令官だったんですよ。ミラージュ中将、普段は上官のはずでした。」

「ところが私は部下と、このお嬢さんに嵌められたというわけだ。まったくエグいことをするもんだ。」

「いえいえ、あなたのその厄介な魔法が原因なんですよ。正攻法で攻めたらこちらの被害が尋常じゃなくなってしまうでしょうから。」

 ミラージュ中将はさっきまでよりもグッタリとしていた。

「あの、ピオーネ。彼はどうしたの? 」

「首輪の効果ですね。それを魔族につけると、生気が吸い取られていきます」

ほう、魔族対策の道具か。さっきはそれを取りに行っていなくなっていたのか。






 ミラージュ中将は黙ってしまったので、僕は自分自身の本題に入った。

「あの、僕のことを呼んだのって……」

「お察しの通りです。あなた、馬車ごと置いてきたそうじゃないですか。」

「う、うん……。」

「いやいや、責めてるわけじゃないですよ。責任はむしろこちらにありますから。ただ話を聞きたいだけなんです。」

ピオーネは珍しく優しい顔をしていた。

「あれ、機嫌いいの? 」

「あらら。分かっちゃいましたか? 機嫌だって良くなりますよ。久しぶりに屋根ありの建物に泊まれて、お風呂にも入れるんですから。」

そりゃそうか。ずっとテントだったもんな。



 僕は、馬車を失くしてしまった件について、ピオーネに詳細を説明した。ピオーネは機嫌が良かったおかげで、彼女は終始穏やかに話を聞いてくれた。

「おそらく馬車は破壊されていないでしょうね。むざむざ壊してしまうような代物じゃありませんからね。ニフラインの人たちにも価値は分かるでしょう。だから、どこかに運ばれていると思います。」

「その場所はどこ? 」

「そうですね……」

 ピオーネはお馴染みのニフライン地図を広げた。

「ニフラインの本都市に運ばれるのであれば、進路的にこの要塞の前を通るので待っていればきっと現れますね。そうでないとすれば……」

ピオーネは地図のサミュール要塞の北のあたりを指でさした。

「商人街、フォッケトシアです。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...