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七章 木こりの唄

三十七話

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 「それじゃあ、行きましょうか。」

レイナス大佐は気合が入っていた。よほど何もしないのが嫌だったのだろう。

 しかし、危険なことには変わらないというのに、本当に大丈夫なのだろうか?

「カマキリはどの辺りにいました? 」

「結構奥ですよ。木が倒れる音がするので簡単に分かります。」

 木の音はやっぱり続いていた。森の中に入るとすぐに聞こえてくる。

「ズドーン! 」

「ほら、あっちですよ。」

「結構分かりやすいですね。」

 四人で歩いて行くと、やはり同じ場所にカマキリはいた。変わらず一心不乱にカマを振るっては巨木を切り倒していく。

「あれです。デカイでしょ? 」

「たしかに。でも何とかなるでしょう。」

大佐は斧を持ち上げた。

 人間が扱うとは到底思えないほど大きい両手斧だ。紺の刀身に金細工があしらわれている。掲げれば月明かりのような輝きを見せた。

「大佐ってそんな武器使うんですね。」

「あれ、タイセイさんは見るのはじめてでしたか? 」

「ええそうですよ。あなたといい、ピオーネといい、派手な武器を使っているので。」

 ピオーネの槍も翡翠色の鮮やかな見た目。まるで美しさも重視しているようだった。

「軍のルールなんですよ。佐官以上の階級になると専用の武器を持てるんです。」

「へえ、面白いルールですね。」

「もちろん昇進しても持たない人だっているんですけどね。けれど僕は斧が一番しっくりくるので。」

 大佐は斧を肩に下ろした。

「じゃあ、捕まえましょうか。」

「殺さないでくださいよ? 」

「大丈夫ですよ。任せてください。」

ほんとに大丈夫なのかな? 一撃で殺せてしまいそうな斧だけど。

 大佐は正面からカマキリに近づいていった。カマキリはすぐに大佐に気づくと、すぐに彼の敵意を感じ取った。

「シャーー!! 」

カマキリはすぐに臨戦態勢をとった。

 大佐は素早く距離を詰めると、斧を振りかぶってそのまま振り下ろした。

「ギシャオ! 」

斧はカマキリに命中した。

「殺してませんよね! 」

心配になってしまったが、よくよく見てみると斧は反対になっていた。峰打ちになっている。

 当然カマキリも死んではおらず、すぐに立ち上がった。

「シャオオオ! 」

今度はカマキリが大鎌を精一杯振りかぶると、大佐に全力で叩きつけた。

「ぬおお! なかなかの歯応えですね。」

大佐は斧を盾にして鎌を受け止めた。

 大佐は体勢を崩すことなく、つぎの攻撃を放った。

「ギシュ! 」

カマキリにはしっかりと効いていた。

 明らかに動きが悪くなっているのだ。

「そろそろですね。」

そろそろ? 何がそろそろなのだと不思議に思って見ていると、大佐が驚きの行動にでた。

 大佐は斧の先に付いた小さな槍をカマキリに対して突き立てたのだ。

「ギシュウウ……」

カマキリは倒れてしまった。

 「ちょっとちょっと大佐! 殺してはいけないってあれほど言ったでしょう! 」

「大丈夫、殺してはいませんよ。」

「へ、だって槍で……」

倒れたカマキリの方を見ると、彼の言う通り息があった。

 レイナス大佐は斧を僕に見せてくれた。

「この斧は特殊でしてね。斬った相手を眠らせることができるんです。普段は一撃で殺さなかったときのための予備みたいな機能なのですが、加減をすればこんな使い方もできるんですよ。」

 斧の紺の刀身は、よく見るとただの塗装ではなかった。もともとこんな色の金属のようなのだ。

「特殊な武器なんですね。何で作られてるんです? 」

「ムーンナイト鉱石っていう、特殊なやつです。安眠枕にも使われてますよ。」

この世界はやっぱり僕の常識から外れている。知らないことはどこまでもあるのか。

 カマキリはグッスリと眠っているままだったので、僕たちはこれをさっさと縛り上げて持ち上げた。

「ほら、しっかり持って。君たちどこかへ行ってしまっていたんだから、これくらいは手伝いなさいよ。」

ライアンくんと兵士くんは、カマキリから離れて見ていたが、動かなくなるとようやくこちらまで来た。

 カマキリはかなり大きいはずなのに、驚くほど体が軽かった。

「どうするんです。歌い鳥と配合して、もしも手当たり次第ものを斬りまくる鳥なんかが生まれてきちゃったら。」

「そのときはそのときだよ。割と役に立つんじゃないか? 」

「また無責任な……。」

四人は揃って陣営に戻った。

 陣営はシャラトーゼの本団はまだ来ていなかった。気配すらない。

「配合まで出来そうですね。」

ライアンくんたちはそのままカマキリを馬車に運び込んだ。

 カマキリは依然ぐったりしている。

「寝ているうちに始めてしまおう。」

 僕たちはさっそく歌い鳥を連れ出した。彼は彼で連日の静寂に疲れ果てたらしく、僕たちの姿を見るなりすぐに例の雅楽を歌い始めた。

 その歌でカマキリが起きてしまわないか心配になったが、大佐の斧の効果は強烈らしく、ピクリともしない。

 配合マシンは好調で、起動してセットするなり勢いよく動き始めた。

「さあ、一か八かですよ。」

「違うよ、どんな子が生まれても成功なんだ。」

「歌わなくても? 」

「それが責任だよ。最近になって思うようになった。」

程なくして配合は完了した。


 機械の真ん中を開けると、鳥が飛び出してきた。緑の体毛に包まれた小鳥だった。

 親である歌い鳥と同じくらいのサイズ。

「これは、歌うんじゃないですか? 」

見た感じは完全に歌い鳥だった。

 しかし、小鳥はなかなか歌わなかった。

「やっぱりダメだったんですかね? 」

「いやいや、まだ早いよ。」

そうは言いつつも、厳しいかと思ってしまった。

 ライアンくんが思いついたように口を開いた。

「さすがに練習しなきゃうたえないんじゃないんですか? 」

「それもそうか! 練習なしじゃ誰だって歌えないよな。」

 僕は親の雅楽歌い鳥をまた連れてきて、小鳥と同じカゴに入れた。これで、歌い鳥は子どもに歌を教えてくれるのではなかろうか。

 期待通りだった。子どもに会った歌い鳥は、それが何よりも重要だと言わんばかりに歌のレッスンを始めた。

「~~~♪♪~~♪」

「~~♪」

小鳥は少しだけ声を出した。

「おお! いいじゃないですか。」

 さすがは歌う種族というべきか、雅楽の歌い鳥は基本のボイストレーニングから始めた。

 みるみるうちに小鳥は声が出せるようになってきた。そろそろ歌を一曲歌えるのではなかろうかというところ。

「~~~~♪♪♪♪~~~~~♪♪♪」

雅楽鳥が雅楽を歌い始めた。

「おい! こいつ雅楽を教えるつもりだぞ! 」

 小鳥まで雅楽を歌うようになっては困るので、即刻レッスンを中止して雅楽歌い鳥を回収した。


 一羽になったあとも、小鳥はしっかりと練習を続けていた。

「マジメですね、この子。」

「歌い鳥なだけあって、歌にはストイックなんだろうね。」

「クロードくんにも見習ってほしいものです。」

「なんでそこで僕が出てくるんですか! 」

兵士くんが何やら横でぶつぶつと文句を言っているようだが、今はそれどころじゃない。

 小鳥の声はドンドンと一曲の歌に近づいてきた。

「~~~♪~~♪」

「~~♪~~~♪♪」

文句を垂れていた兵士くんだが、小鳥の歌い出した歌を聴いて驚きの声を上げた。

「これ! 『木こりの唄』ですよ! 」

「本当かい? これが。」

 三人で小鳥を囲うように歌を聴いていたのだが、そのうち意識がおぼつかなくなってきた。

「あれ、ちょっと眠たいな。……疲れちゃったのかな? 」

そのまま僕の意識は沈んでいってしまった。

 次に目を覚ましたときには、馬車の窓辺は差し込む夕陽に染まっていた。

「あれ、こんなに眠っていたのか。」

横を見ると、ライアンくんと兵士くんも寝ていた。

 僕は二人の体を揺すって起こした。

「おい、二人とも。」

二人は目を擦りながら起きた。

「おはよう。君たちも眠っていたのかい? 」

「「も」ってことはタイセイさんも? 」

「そうなんだ。歌を聴いていたところまでは記憶があるんだが。」

歌を聴いている最中に眠ってしまったというのは、三人とも共通だった。

 小鳥はカゴの中で大人しくしている。

「歌に眠らされたんでしょうか? 」

「そうとしか考えられないよね。」

「安眠効果があるのでしょうか? 」

ライアンくんが言う通り、よく眠ることはできたのだが、安眠効果というほど生やさしいものではなかった。言うならば、催眠効果だ。

「にしても強烈でしたよね。グッスリ眠れましたもん。」

「何ででしょうね。」

「あ、もしかして。」

 兵士くんは仮説を語り始めた。

「カマキリを捕獲するときに、レイナス大佐が斧の効果で眠らせたじゃないですか。あれがカマキリの遺伝情報だとマシンが誤って読み取って、子供に伝わったとすれば、この眠くなる歌にも合点がいくんですよ。」

にわかには信じられない話だが、この身に直に感じた力だったからな。あり得る話だ。




 小鳥について話し合っている最中に、馬車にメイデン少将がやってきた。

「君たちも待たせてしまったな。まもなくシャラトーゼ本団が到着するそうだよ。」
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