上 下
6 / 43
一章 ホルンメランの駿馬

六話

しおりを挟む
 翌日から僕は役所管轄の研究所に通い始めた。初日にアイラから紹介された場所だが、これがかなり進んだ施設だった。なんでも国の金でつくられた研究所なので、設備が充実しているのだとか。

 研究室には大勢の研究員が働いていたが、みんな無口だった。僕の存在に気をとめる人もおらず、みんな黙々と仕事をしていた。僕のことをいろいろお世話してくれたのは、ライアン・マーベルという僕と同じくらいの歳の青年だった。

「よろしくお願いしますね!タイセイさん。」

と爽やかな笑顔を振りまく好青年だ。金髪イケメンなのが少し鼻につくが。

 僕に割り当てられたのは無論生物学部門のスペースだった。いろいろな機材で溢れていたが、何の知識もないのでとりあえずは放っておくことにした。

 目下必要なのはまずアイデアである。もう一度おさらいすると、「湿地帯の泥んこの中を駆け抜けられる力強い馬を生み出す」ことが最終目標だ。

 まず考えたのは、ホルンメラン近郊に住む強い脚を持った魔物と掛け合わせるというものである。しかし問題はすぐに浮き彫りになった。

「ここら辺に馬くらい足が速い魔物なんていませんね。」

ライアンくんが言うのだから間違いないだろう。

 脚がそれで強くなること自体は喜ばしい。しかしながら、馬よりずっと足の遅い魔物と配合するということは、生まれてくる子どももそれにつられて足が遅くなってしまうということである。そうなると騎馬の意味はない。

 だけど、机上の空論のまま終わらせるのは良くないということでいくつか試してみようというライアンくんの意見に従ってみた。

 そこで疑問が一つ僕にはあった。僕がハプルを飼っていた時は、小魚で一、二週間ほどで繁殖を繰り返すから品種改良が可能だったのもある。だけど今回は馬だ。生まれてからま満足に騎馬をこなせるまで、少なくとも二年以上はかかるだろう。それだと、完成までに気が遠くなるような時間がかかってしまう。

 どうするつもりかとライアンくんに聞いてみた。彼は一瞬キョトンとした。

「いや、機械使えばいいじゃないですか。」

「機械?」

「ご存じない?それじゃちょっとこっちに来てください。」

 ライアンくんはスペースの中でも一際巨大な装置のもとへ僕を連れて行った。装置は僕の背丈をゆうに越え、というか僕自身がすっぽり収まるほどのガラスのケースが真ん中に備えてあった。

「これは?」

「生物繁殖装置です。元々は野菜とか家畜とか、育てる時間を削減するためにあります。」

 凄まじくハイテクじゃないか!要は遺伝子情報だけあれば成長時間を無視して生物の成体を即時生産することができるマシンなのだ。いや、しかし倫理的にどうなんだろう。野菜はともかく、動物でこれをやると、元の世界では多少叩かれそうなものだが。

 ともかく、これを応用すれば、馬と何かしらの配合を短時間で試していくことが可能になるのである。今回は基本のフォルムを馬にしておくために、馬の母体に他の生物の精子を受精させることにした。




 まず最初に試したのは、ゾウだった。ゾウの力強さに期待しての配合だったのだが、見事に裏目に出てしまった。生まれた仔は馬のパワーのまま、ゾウの太い足を持ってしまったのである。心なしか、鼻もちょっと長くなっていた。

 ようはただただ鈍くなったのだ。もちろん騎馬としては使いようがないので、その子には他の仕事に就職してもらうことにした。

 言うのを忘れていたが、今回の研究で生まれた失敗作(そんな呼び名では失礼だが)はみんな他の仕事に従事してもらう。こちらの都合で生み出しておいて屠殺なんてしたらあまりに道徳に反しているので、そこはアイラに頼んでおいたのだ。



 二番目は、湿地帯の中で捕らえられた人喰いガエルを試してみた。ブヨブヨした青黒い皮膚に覆われた毒々しい巨大なカエルだが、僕たちのねらいはそのパワーと水かきヒレだ。それを馬に持たせたら、湿地帯でもスイスイかきわけて進んでいけるのではないかと考えた。

 しかし、結果は論外だった。パワーとヒレは狙い通りについたものの、僕たちはカエルの性質を忘れていた。しょっちゅう飛び跳ねるのだ。それもかなりの高さをぴょんぴょん跳ねるから、これでは落馬待ったなしだ。よってこれも没にした。



 次はオークを試した。オークは多少の知性があるらしく、色々と苦労した。僕としては初めて目にする毛むくじゃらのオークに大変興奮したのだが、それをよそにライアンくんは淡々と作業を続けた。

 さて、生まれた子供だが、いい具合に大きく、均整がとれた体をしており、それでいて所々にはオークから受け継いだと思われる力強さがあった。これは初めて期待が持てると、僕とライアンくんはウキウキしながらその仔を町壁の外の湿地帯まで連れて行った。

 手の空いている兵士に協力してもらい、馬具まで装着してさっそく試験走行をしてもらった。

 ところが、そう上手くはいかなかった。重すぎたのである。勢いよく駆けていったのはいいが、湿地に入ってすぐにズブズブと沈みだし、全く進めなくなってしまった。脚が4本とも沈んでしまった馬上で兵士が困った顔でこちらに振り返ったので、そこで止めにして彼と馬を助けた。



 さて、どうしたものか。重すぎたら今度は沈んでいってしまうことが分かった。こんなことではもしも大型馬をホルンメランに持ち込んだとしても、到底騎馬として使用できるようにはならない。求められる条件は、軽くて力の強い馬なのである。

 かなり無茶な課題を目の前に、心が折れそうである。軽さと力強さは、そもそも両立することができるのだろうか?

 軽くて力強い……軽くて力強い……あ!そうだ。

「ライアンくん。ホルンメランにシャコはいるかい?」

 唐突な提案にライアンくんはかなり戸惑ったようだが、彼にはすぐに意図が通じた。

「海が周りにないので普通のシャコはいませんが……」

「普通じゃないやつならいるのかい?」

「いるにはいるんですが……」

どこか煮え切らない様子だったのが気になるが、今はすぐにでも試したいことがある。

「いるならそこに連れて行ってくれ!」

 連れて行かれたのは、ホルンメランから南に少し行ったところにある洞窟だった。

「この中の湖の畔に住んでいますよ。」

と、説明してくれたライアンくんは表情が曇っていた。そこも気になるが、それよりも気になったのは護衛の軍人が五人ほどついてきたことだ。

 五人は、ホルンメランを出る前にライアンくんが連れてきた。いずれも若い軍人で、そのリーダーから挨拶を受けた。
リーダーはスタッド・ノックル少尉というらしい。

 僕たち七人は洞窟の中に入っていったわけだが、ノックル少尉たち軍人を前に、僕とライアンくんを後ろにという並びだった。しかしどうしてシャコ一匹を捕まえるためにここまでするのだろうか。

 確かにシャコは危険ではある。元いた世界でも、シャコに指を砕かれたという話を聞いたことがある。しかし軍人を連れてくるほどだろうか?大人二人で注意して捕獲すれば特段心配することはないように思えるが。

 途中魔物から身を守るための護衛かとも思ったが、そもそも湿地帯に好んで住む魔物などはほとんどおらず、唯一凶暴な先の人喰いガエルは夜行性なので、そこの心配もないはずだ。

 しかし僕以外の六人は先程からずっと緊張しっぱなしだ。そして、やけにゆっくりと進んでいく。

 暗い細道をしばらく進むと、急に広い空間に出た。わずかに天井の隙間から入り込んだ光を水面が反射させていたので、湖にたどり着いたことが分かった。

 湖は思っていたよりもずっと大きいものだった。湖の底は淡く翡翠色で、綺麗だった。洞窟の中だというのに木が生えていたのは不思議だった。

 となりのライアンくんはまだ浮かない顔をしていた。

「タイセイさん、あなたが言い出したことですから、覚悟してくださいね。」

何を大げさなことをと思ったが、ライアンくんはいたって真剣な表情だ。彼は持ったきた袋から巨大な肉塊を取り出した。

「それ、何の肉?」

「豚ですよ。ヤツの好物なんです。」

にしてもでかい肉だ。業務用スーパーで売られていそうなサイズ。

 ライアンくんはそれを水面に放った。それを見た軍人たちはなおさら緊張感を高めた。

「構えろ!来るぞ!」

 一体何が来るんだと首を傾げたその瞬間だった。水面が弾けて飛沫がこちらまで飛んできた。すごい音がしたものだから、驚いてしまい何が起きたのかすぐには分からなかった。

 水飛沫が全て地に落ちて再び静かになったとき、目の前には、頭だけで人一人の大きさはあるほどの巨大シャコがいきり立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。 世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。 それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。 マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。 注)途中から黒猫君視点が増えます。 ----- 不定期更新中。 登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。 100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。 それではどうぞよろしくお願いいたします。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...