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一章 ホルンメランの駿馬

五話

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 馬車は石畳の通りを揺れに揺れ、休むこともなく進み続けた。アイラはその間もほとんど口を開かなかったが。

 当然のことではあるが、町の外側に近づくにつれてしだいに街並みも静かになってきた。人が少ないので、店もあまり開かれておらず、専ら住宅街になっている。

 余り揺れるので尻が痛くなってしまい、腰をよじらせたのだが、それをアイラに見られてしまった。

「もうちょっとで着くから、頑張ってちょうだい。」

電車の中でダダをこねたところを諭される子供のようで情けなくなってしまい、何も言葉は返さなかった。

 影がさした。何かと思い窓から顔を出すと、目の前に巨大な壁がそびえ立っていた。

「あれが町の淵よ。飛ばない生き物なら何者の侵入も許さないホルンメランの防壁。都市全体がこれに囲まれているの。」

 近づくにつれて壁はみるみる高くなり、門前に辿り着いた頃には首が痛くなるほど見上げなければならないほどだった。

 門には守衛が二人控えていた。ゲームとかアニメとかでよく見るタイプのオーソドックスな門番という感じ。門の脇の壁には小さな扉が取り付けられてあり、どうやらそこが詰所になっているらしい。

 馬車が止まった。

「着いたわよ。」

と言ってアイラが降りたので僕もそれにならった。アイラは門まで行くと軽く守衛たちに挨拶をして、彼らもそれに返した。続く僕も彼らに挨拶した。返してはくれたが、どこかそっけなかった気がする。

 閉じられていた門が重々しい音を立てながら開いた。開いた先に見えた景色は、今までの街並みとは全く違った一面の大自然だった。人家などは一軒たりとも見当たらず、遥か遠くまで綺麗に見通すことができる。地平線の上には峰々の稜線が波打っているのが、もやに霞みながらも確認できた。

 門をすぐ出たところには人が二人いた。大男二人。二人とも趣味の古い軍服を着ていた。彼らはアイラに気づくと近づいてきた。

「お待ちしておりました、ジョシュア伯。」

年配の方の男がアイラに挨拶した。

「待たせてすまない。」

こんなに若いアイラだが、やはりめちゃくちゃ偉いらしい。

「それと隣の方も。お名前は確か……」

「長谷川大成です。」

年配の大男は厳つい見た目だったが、穏やかな雰囲気を出していた。

「私はシャラパナ国軍中将でホルンメラン分団の司令官を務めております、フェルマン・リアデ・エデルハンと申します。今回ハセガワさんに依頼をさせて頂いたのも私でございます。」

 エデルハン中将からの説明が少し続いた。内容としては、騎馬隊をホルンメラン分団に導入しようという旨だった。ここまではすでにアイラから聞いている。

「しかし、何が問題なんですか?」

と聞くと、中将はもう一人の若い男を近くに呼び寄せた。

「こちらが騎馬隊長に就任予定のリーヴァン・レイナス大佐です。」

紹介された彼は随分と無口らしく、何も喋らないまま会釈だけした。

「彼が今回の責任者になるので、あとの説明は彼から……」

そう言うと中将は脇にずれた。

 レイナス大佐は無口だったが、説明はちゃんとしてくれた。

「今回騎馬隊を結成するにあたって、肝心の馬について問題があるのです。」

確かにそれもアイラから聞いた。彼女は外までくれば原因が分かると言っていたが。

 大佐は僕の方を向いた。

「ハセガワさん、試しにちょっと行ったむこうを歩いてみてもらえませんか。」

「は、はあ」

よく分からなかったが、とりあえず言われた通りに彼が指し示すところまで行ってみた。

 特に変わったところはないが……と釈然とせずに歩いていたそのとき。

「のわぁ!」

足が突然沈んだ。右足を抜こうとして左足に力を入れると、左足も沈みだしてしまう。

 どうにもならなくなったところで大佐が僕の右肘をとり引き上げてくれた。

「大変でしょう。ここらへんは一帯が全て湿地になっているんですよ。早い話、ズブズブの泥んこというわけです。」

 僕が引き上げられたところで大佐は遠くにいた部下らしき兵士に合図した。部下は栗毛の馬を一頭連れてきた。かなり小さい馬で、頭の高さが兵士の胸ほどしかなかった。

「こちらが今ホルンメランにいる唯一の品種なのです。しかし、この馬だと……」

それ以上は言わなくてもなんとなく分かる。

 大佐は部下に指示した。部下は馬に乗ると、さっき僕がズブズブ沈んでいたところに走り始めた。地面の固いところは流石というべきか軽快なステップで駆け抜けたが、湿地に差し掛かったところで案の定の事態になった。

 急に真っ直ぐ走れなくなってしまったのである。足を取られてヨレヨレになっている。ぐるっと旋回してこちらに戻ってきた頃には、息が絶え絶えになってしまった。馬には気の毒だったが、こんなにもゼェゼェハァハァいっていると、面白くなってしまった。

 「と、この通りなのです。ホルンメランの近くにはこの軽種馬しかおらず、そしてそれだと湿地帯を真っ直ぐ走れない。だからといって大型の馬を取り寄せようとしても輸送にどれだけの費用がかかることやら。ですから私たちは頭を抱えておるのですよ。」

 なるほどな、この湿地を無理なく走れる馬を作って欲しいということか。しかし困った。僕はたまたま小魚の新種を作ってしまった、ただの一般人なのだ。しかし中将と大佐はそんな僕をよそにどんどん進めていく。

「ですから、我がホルンメラン分団のためにも湿地を縦横無尽に駆け抜ける馬を生み出してほしいのです。頼めますね!」

中将はすごい圧で、どうあっても断ることができない雰囲気だった。

 



 その後の展開はただただ僕がかわいそうな感じになってしまった。僕は軍人二人に詰められて結局断ることができずに、馬の品種改良を請け負ってしまったのだ。

 帰りの馬車の中、アイラは僕のことを可哀想な奴を見る目で見つめていた。

「いや、私が呼び寄せといてなんだけど、気の毒ね、タイセイ。」

「やめてくれ、ひとまわり年下の女子にそんな目で見られるのが一番気の毒だよ。」

「あ、いや、それはごめんよ。ところで馬の話だけどさ。」

アイラは露骨に話を逸らした。

「大型の馬をオスとメスのペアで二頭連れてきて、そこから増やしていけばいいだけじゃないの?」

 意外と的確な意見だった。だが……

「いや、それはできない。小魚なら近親配合を繰り返しても大して問題なかったけれど、馬ほど大きい動物になるとそうはいかない。」

「というと?」

「血が濃くなりすぎるんだ。例えば一世代目から娘が生まれたとして、次はその娘と父親を配合することになる。そうすると間に生まれた子供には父親の血が75%も流れることになる。それだと体質に問題が起こることが多いんだ。」

 アイラは途中から話に少し飽きていたが、頷いてはいた。

「まあ、難しいことは分かったわ。だけどホルンメランにとっても大事なことなの。報酬は4000万イデにプラス出来高というところよ。頑張ってちょうだい。」

 な、そんなことあるのか!しばらく働かなくてもよくなるじゃないか!そうとなると話が違う。  

「まあ金のためにやるわけじゃないんだけど、ホルンメランのためにもね。頑張らせてもらおうかな。」

「アンタね、もうちょっと隠そうとしなさいよ。」

 アイラは自分のバッグを持ち出して中から長方形の形をした厚めのプレートを二枚取り出した。彼女はその金色のプレートを僕に渡してきた。

「これ、前金よ。」

「ごめん、現金以外の仕組みよく分かってないんだよね。」

「あら、知らないの?このプレートを街角の換金所に持っていくと、そこにいる人が機械で読み込んでくれて現金に換えてくれるのよ。」

なんでパチンコのシステムを採用してるんだよ!

「それ一枚で一千万イデよ。大事にしなさいね。」

 そんな超高額の札なんて、元の世界にいたパチ狂いの斉藤くんは発狂するだろうな。

 


 報酬にテンションはだいぶ上がってしまったが、問題が山積みなのは変わっていない。第一、不可能にさえ感じてしまう。

「なあ、もし出来なかったら、どうなるんだ?」

「は?出来ないとか……ないよ?」

彼女はいたって真面目だった。大真面目に、睨んできた。年下の少女にビビらされるこの情けない男は、そのあとずっと黙ったまま馬車に揺られ続けた。
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