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最後の18歳

71.凛と伸びる小さな背中 《アッシュ・ブラッド side》

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「おはよー! 今日はすっごく良いお天気だねっ」

 眩しい朝陽が降り注ぎ、空の青が憎らしいほど爽やかだ。
 神託により人類滅亡が予言された日である、ラズの誕生日当日になってしまった。

 愛らしいラズが生誕した素晴らしい日。
 人類が救われるにはラズの犠牲が必要だという。

 それなのに、当の本人は可愛らしい笑顔で俺達を迎えてくれた。
 待ち合わせていた神殿内の聖女様専用通用門の前でエリアス師匠とともに。
 今日はラズが創造神様より神託をうけたある場所へ魔物討伐ピクニックをしにいく。

 朝陽を浴びたラズの白髪は、宝石を散らしたように輝き美しいな。
 ローブの白とあいまり眩しい清らかさを放ち、見惚れ言葉を失った。

 俺以外の2人も同様に、ラズの聖女様姿にぽやーと見惚れている。

「えっと……皆?」

 桃色の瞳を戸惑いがちにぱちくりさせたラズは首を傾げる。

「あ、いや……。ラズの本当の美しい姿を……こうして神殿内で堂々と見られたことが嬉しすぎて……」

 自分の口から不用意に零れ落ちた言葉にハっとする。
 わざわざ言わなくても良いことだ。
 そんなことは当然のことなのだから。
 もうラズは神託で選ばれた聖女様であり、白髪を理由に『色無し』と神官たちに忌み嫌われることも無い。

 こそこそと神官たちの目を盗み、俺だけに白髪姿を見せる必要は無くなった。
 喜ばしいことなのに、俺は未だにその事実に心がざわめき追いつけない。
 寂しさとも違う子供じみた独占欲だ。

 神殿内でラズがマントを脱ぐのは俺の前だけだった。
 ラズと俺だけが世界に2人きりになれた、と感じた大切な時間だったんだ。一緒にその場にいたエリアス師匠には申し訳ないけれど。

 言葉の形をなさないうめき声だけが唇から漏れる。
 なにか言わなければ、ラズをさらに傷つけてしまう。
 喉が無性に乾き、冷や汗が首筋に垂れる。

「ありがとう。アッシュ。僕も未だに信じられないよ」

 ラズは肩に流れる白髪の1房を摘み照れ臭そうに微笑んだ。

 レオン殿下とイヴくんからの冷ややかな視線をさらに浴び、逃げるように顔をエリアス師匠へ向ければ悪魔の微笑み。
 エリアス師匠は眼鏡をかけておらず、鋭い殺気が漏れている。

 やってしまった。

 ラズを護るはずが護られ、自分の不甲斐なさを痛感する。

 エリアス師匠に手を引かれ馬車へ乗り込むラズの真っ直ぐ伸びた小さな背中を見ながら、腰に刷いた剣の柄を握りしめた。




 強さが欲しい。

 最初に願った夢。
 強さを求める理由は至極単純だ。
 自らの至らなさから起こる暴力や罵倒に、むやみに傷付きたくなかった。

 記憶の中にいる自分は、両親と兄達から当たり前に罵倒され暴力をふるわれる。

 そうされるきっかけはその都度違う。
 名前を呼ばれ返事が遅いだとか、食事中に食器の音を立てたから、など。
 彼らが不快に思ったその瞬間から俺は『出来損ない』であり、罵倒や暴力を受けて『当然』の存在となる。

 幼心に、両親や兄達から自分がこのような扱いを受ける理由を考えた。

『出来損ない』なのは弱いから。

 疎まれる理由がわからなければ、理由がなかったら耐えられない自分で作れば良い
『出来損ない』の俺は、彼らの神経を逆なでしてしまう失態の些細な違いがわからない。同じ失態をしても、ある時は許され、またある時は叱責をうけるから。
 家族は俺が原因だと言うのだから、俺が彼らを苦しめているのは事実で。

 これ以上、迷惑かけないように強くなろう。そう結論づけたのだ。

 それに、強くなれば、殴られ、蹴られた痛みも感じなくなる。
 強くなれば、両親や兄達から「いなくなれば良い」なんて言われなくなる。

 強くなれば、彼等も自分を認めてくれるだろう、と。

 だが、年を重ねるごとに苛烈になる両親や兄達からの叱責や暴力。 
 両親の望む『大神官』の地位に俺が果てしなく遠い存在だからだ。

 兄達のように聖典をスラスラ暗唱もできず、家庭教師から褒められるほど優秀な頭脳もない。
 唯一体だけは頑丈なため、強さを求め剣を握れば、さらに彼らは俺を疎み出す。

 悪循環だった。

 弱くても良い。出来損ないでも良い。
 家族から認められなくても良い
 そう投げやりになれればよかった。

 目の前で繰り広げられる家族の団欒に自分がいるべきではない、と潔く諦められたらよかったのに。

 手に入らない温もりを求めてしまう。

 身の内にずっとあり続ける望みが『強さ』の中へ救いを求め、俺はさらに固執した。

 強さとは何か、と。

 レオン王子のように好きな人のために自らの性格を抑え込む、自制心か。
 自らの魅力を活かしながら愛情を享受し、確実に捕えるため虎視眈々と準備に勤しむイヴくんの執念深さなのか。

 最期まで控えるため、仮面のような表情の奥へ全てをひた隠し堪え忍ぶ、エリアス師匠の持つ精神力をいうのか。

 しかし、俺は思う。

 ラズの「しなやかな強さ」が求める『強さ』ではないのか。

 ラズの強さは自分のためでは無く、相手を笑顔にするための強さだ。
 出来損ないの俺なんかのために自身の不甲斐なさを怒る。
 また、俺の夢を馬鹿にすることなく受け入れ、応援するために婚約者候補にまでしてしまう。
 強さの象徴だから「騎士」を選んだだけという、手に入らない温もりへしがみついた見苦しい夢なのに。

 愚かで浅慮な俺のために、自分の手の中にあるものを利用する『強かさ』がラズにはある。

 思えば、友人がいないのを馬鹿にされた俺が、『色無し』なら拒絶しないからという理由で近づいたことを見抜いていた。
 「じゃあ、僕達お友達になればお互いに一人じゃなくなるね!」と提案するくらい「強か」だった。

 差し出された小さな手をおずおず握り返せば、温もりが伝わる。心の奥深く空っぽな冷えた場所がラズの温もりで充ちた。

『出来損ない』で弱い自分で良かった、と生まれて初めて思えたんだ。
 ラズの唯一の存在友人になれたなら。

 ある時、神殿内で他の信者の子供に馬鹿にされたのを目撃されてしまった。すると、ラズはわざわざ『クレイドル公爵家嫡男』と自分の身分を明かし、さらにエリアス師匠を彼へ仕向ける。
 エリアス師匠が例の笑顔でナイフを取り出した時には、俺までも泣きそうになった。
 それ以来、彼等は俺の姿を見ると顔色悪く走り去る。

 あんなに普段にこやかで愛らしい姿をしているのに、誰かを護るためなら容赦しない。

 彼の持つ心の芯、優しさ溢れる強さに憧れた。
 凛と伸びた小さな背中は、『色無し』と蔑まされようが、『しきたり』による政略結婚であろうが受け入れ、前を向き続ける。
 俺は、たゆまず歩む背中の後ろを追っていた。
 いつか「強さ」を手に入れ、気高き聖女となった彼の騎士として隣に立ちたい、と。
 ラズを護れたあかつきには想いを告げ、本物の婚約者となり彼の隣に一生居座ろう、と。

 だから学院訪問の時、魔物との戦闘をラズの隣で戦えたとき。
 やっと、「強さ」とラズとともに歩む未来に手が届く、と期待した。

 ⸺なのに

「アッシュも食べる? 美味しいよー」

 移動中の馬車の中でぼんやりしていた俺へと向かいに座ったラズが声をかける。
 はい、とラズが俺の手を掬い、こんぺいとうをそっと手の平へ置いた。
 剣だこまみれのごつごつした手の平の上を、ころりと可愛らしく転がる桃色と白のこんぺいとう。
 可愛らしい見た目の割に硬くて、とびきり甘い。

 ラズみたいだ。

 手の平でこんぺいとうを転がしたまま、まじまじと見つめる俺を心配してか、ラズが不安そうな声をあげる。

「えっ、……好きじゃなかった?」
「いや。大好きだ」

 良かった、と微笑むラズを見つめ、口に放り込むと、噛み潰すごとに無邪気な甘さが広がっていく。仲間たちと楽しげに談笑する目の前の彼を思わず抱き締め……攫いたくなった。

 腰が浮きそうになるのを堪え、仲間たちを想う。
 彼らもこのままラズを奪ってしまいたい衝動を我慢しているのだから。

 しかし、彼らは実行しない。できない。

 ラズ本人が望んでいないためだ。
 この世界が救われ、俺達に明日を迎えさせるため生命を賭す決断をした彼の意志を無視できるはずがない。

 俺達にとって、ラズがいない明日に意味なんかないのにな。

 途端、もうこんぺいとうの甘い味なんてしなくなる。砂利を食べているようなザラザラした感触が口内を満たす。
 こんぺいとうも本音も吐き出すこともできず、無理くり喉奥へ呑み込んだ。


 やがてエリアス師匠が運転する馬車は、ゆっくりと速度をさげながらある場所で止まる。

 ラズが指定した場所はなんとも美しい花々が咲き乱れる花畑だった。
 花に詳しくない俺では、花畑の混ざり合う沢山の色あいや芳しい香りなど幻想的な美しさを上手く形容できないけれど。
 反対に、レオン殿下は興味津々に花々を観察しだし、前のめりにしゃがみこむ。煌びやかな服の裾が地面に着いてしまっているのも気づかずに。

「これは……見たことない花ばかりだな。ほら、この桜色の花なんて花弁の形が珍しい……。アヤメのようにも見えるが……」
「へー。レオでも見たこと無いお花なんて珍しいねー」

 レオン殿下とラズはさり気なく肩を並べてしゃがみ、桜色と白色の花を覗き込む。
 すぐに小さく舌打ちが聞こえ、音の主へ顔を向けると、ラズの小さな背中へ覆い被さるイヴくんが艶やかな濃紺髪を揺らしていた。

「ラズの美しさには叶わないけど花満開の美しい光景だね。そろそろ僕の隣に座ってランチにしよう? ねぇ、ラズにいさまぁ?」
「んー? イヴは疲れちゃったかな?」
「うん。お腹も空いたから、ラズ兄様にあーんで食べさせてもらいたいなっ」

 イヴくんは手馴れた手口でレオン殿下からラズに悟らせないよう引き離す。いつの間にか大きな木の根本へ敷かれた昼食の準備万端な敷布へラズをそそくさと誘導した。

 イヴくんのいつもながらの鮮やかな手口にレオン殿下と目を合わせ、お互い肩をすくめ苦笑いしあった。

「私も隣に座りたいぞ! あーんも!」
「俺もっ!」

 タイミングをあわせたように慌てて二人同時にラズの背中をいつものように追う。ラズの小さな背中はさらさらとしなやかな白髪が風になびき、花畑なんかよりもため息が漏れるくらい美しかった。
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