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兆す15歳→16歳

45. 『ぷちざまぁ』と危険な出会い

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「こちらお釣りです! お買い上げ大変ありがとうございました!!」
「あ、……こちらこそ」

 手芸店の店員さんがなぜか両手でガシっと僕の手を握りお釣りを渡す。
 ニコニコ笑顔の店員さんだけど、お釣りの銅貨ごと中々手を離してくれない。
 まさか、お釣りあげるの嫌になっちゃったのかな。
 でも僕はちゃんとお金計算して渡したよ。

「リズ。こっち向いて」

 感情を抑えた無機質なテノールが間近で降ってきた。
 とってもよろしくない予感をしつつ振り向くと、爽やかに微笑むエリアス。
 しかし、先ほどまで蕩けていた眼差しは冷え切っている。

 突然の怒気垂れ流しだ。
 呆気にとられていると、顔の横を通り抜ける鋭い風音。

「びぎぁあ!」

 物騒な悲鳴と同時に握られた手が振り払うように離された。
 とってもよろしくない予感が僕の顔を戻す。
 店員さんの右のこめかみから下の髪の毛が刃物でスパッと切ったように無くなっていた。
 会計台の上に無残にも散らばる髪の毛。

「今日は風が強いみたいだ。気をつけないとな!」

 ご機嫌な好青年は爽やかに、はははっと笑う。
 場違いな爽やかさに目を見張る僕の肩を好青年はかなり強引に抱き寄せた。
 そのまま背中、むしろ全身をぐぐっと押してお店から僕を引きずり出す。

 カラン、と可愛らしく鳴る閉じるドアの鈴の音に混じり、断末魔まがいの謝罪が背中から聞こえた。

 とてとて再び石畳の道を大通りに向かって手を繋ぎながら歩く僕達。
 手芸店や治癒院の建つあたりは微妙に道幅が狭く、公爵家所有の一番小さい馬車ですら入れないんだ。
 御者と待ち合わせている馬車停めまでいつもこうやって徒歩で歩く。

「あれはやり過ぎだと思うよ」
「たまたま風が強くふいただけだよ」
「あ、同じリボンを色違いで沢山買って何を作るんだ?」と、わざとらしく笑みを深めたエリアス。

 わざとらしく話題を変えたエリアスの態度やさっきのキスのふり。
 すこーしイジワルが過ぎると思うんだよね。

「リズは裁縫や手芸は止めたほうが……」

 良いことを思い付き、ピタッと足を止める。
 失礼極まりない言葉を重ねるエリアスをじっと見上げた。

「…………エル」
「ん? 怒った? リズ?」

 長い足を止め、眉を下げ覗き込む琥珀色の瞳にぼそっと呟いた。

「……あのさ。……好きだよ」
「な……え、らず、……?」

 耳まで真っ赤になってドサリと手芸店の品物を落とすエリアス。

「ほ、ほら! 恥ずかしいでしょっ!」

「ぷちざまぁ」のつもりで言ってみたが、僕も恥ずかしい。
 心拍数は急激にあがり、手に汗が滲む。
 エリアスにバレたくない僕は全く力が入っていない手を離し、1人で先を歩き出した。

 後ろを振り返りたいけど、僕もこの真っ赤なお顔を見られるのはいや。
 いつもより早い心臓の音につられるように歩調を早め、エリアスを置いて行った。

「ん? どうしたんだろう……」

 しばらく夢中で歩いていたが、なぜか追いついてこないエリアス。
 ありえない事態を不思議に思い、振り返ろうとしたところ、足にドンっとなにかがぶつかる。
 小さな男の子が僕の足にしがみついていた。6歳くらいの本当に小さな男の子。

「え? ご、ごめん。大丈夫?」
「う、うん。青い髪のすっごくきれいなお兄ちゃんっ!」
「は、はい?」
「……あ、あっちに、み、みせたいものが! あるのっ!」

 小さな指先で示された先は、ここよりも道幅がとっても狭く薄暗い路地。
 爪の間まで垢まみれの小さな指先を震わせる小さな男の子。
 着ている衣服も数カ所破れており、破れた箇所から覗く身体は骨が浮かび上がっていた。
 子供らしくふっくらしているはずの頬はこけている。

 見た目から彼の劣悪な環境が透けて見える。
 しかも、明らかに脅され、怯えている様子の彼。

 頭をよぎるは最近頻発している「治癒者誘拐事件」のこと。
 魔物の出現が活発化し、討伐や魔物による攻撃を受けた一般市民の被害者が急増したためだ。
 治癒者の数に対して、重傷者はじめ被害者が多過ぎ、各地で奪い合いのような状況。
 医療崩壊間近なこの悲惨な状況は王都内だけでなく、世界全体で起こっている……らしい。
 このかなり切迫した状況をレオがお手紙で教えてくれ、注意喚起されたんだ。

 魔物の出現を防ぐ手段が未だ不明。
 先が見えない不安は人々の心を荒ませてしまったのか。
 
 エリアスを呼ぼうと後ろに視線をやるも、なにやら怒号まじりの大男の集団が邪魔して姿が見えない。

「ね、ねえっ。き、来てよっ!」

 助けを求めるように声を荒げ、僕の腕を掴む男の子。
 必死に僕を掴む細すぎる肉のない腕に、犯人たちへの怒りがこみあげる。
 同時に、今まで生きてきた中で初めての感情を生み出した。

「いいよ。でも、君は僕がその人にあったら振り返らずにすぐ走って逃げてね」
「あ、あ……」

 大きな瞳に涙を溜める今にも泣き出しそうな男の子の頭を優しく撫でる。

「じゃないと、僕はついていかない」

 膝をつき、目を合わせきっぱり言い切ると、男の子は頷く。
 彼は俯きながら「ごめんなさい」と小さく漏らした。

 脅迫内容は知らないが、僕なんかよりこの子の安全が第一だ。
 それに、エリアスなら僕がいないことに気付き探す。

 必ず来てくれる

 いつもそうだったからさ。
 でもね、僕は護られるだけは嫌なんだ。

 男の子が何度も横から見上げ、僕が付いて来ているのか確認しながら隣を歩く。
 怯える小さな彼に微笑みかけ、胸元に忍ばせたお守りにそっと手をあてた。
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