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はじまりの10歳
18. 夢に、甘く堕ちる《イヴ・クレイドルside》2
しおりを挟む姿見にいるピカピカに磨き上げられた自分。
どこからどう見てもお姫様だ。
これなら、今からいくお屋敷で僕は本物のお姫様になれる!
長い時間をかけて移動し、とっても広くて大きいお屋敷に到着。
全然ガタガタ揺れない馬車から降り、僕は息を呑んだ。
どでかい正門からお屋敷まで続くとっても広い庭園に見事に咲く色とりどりの花々。
全体を紫色とピンク、白で統一され、見たこともないような沢山の品種の花々で配色され美しい。
お屋敷なんて横にも縦にも驚くほど大きく豪華だ。
見上げると首が痛いし、目が痛くなるくらいどこかがピカピカしている。
これから暮らすお屋敷の凄さにワクワク気持ちを浮つかせた僕に、お養父様になったリヒト・クレイドルが告げた。
「兄となるラズを紹介しよう」
僕の屋敷が丸ごと入りそうな桁違いにだだっ広い玄関ホール。
天井もすっごい高いし、鏡かと思うほどつるつるな大理石の床で、震える膝をなんとか伸ばしその兄を待つ。
1つ年上の『ラズ・クレイドル』さん。
でも、クレイドル本家に嫡男がいるという、噂なんて聞かなかったけど。
僕のお家が辺境の田舎だから知らなかっただけなのかな。
お養父様が『ラズ』と呼ぶ声は、淡々と話す彼にしては異質なほど、優しい響きを持っていた。
大事にしている、愛しい存在と主張している。
気まずい無音の空間とかした玄関ホールに話し声が近づいてくる。
「ラズ様。お手を」
「いいよ。僕1人で下りられるよ」
「お怪我されたら困りますので。それとも抱き上げましょうか?」
わいわい気安い会話。あどけない高めの声がやけに耳に残る。
同時に僕を取り囲む空気もガラリと一変する。
氷室の中にいたみたいな寒々とした冷たい空気が、突然春の陽射しが降り注ぎ始めたように温かみを帯びだした。
あの声の主が来たことで、隣のお養父様や執事たちの表情が穏やかな慈しみに溢れたものに変わる。
玄関ホールの奥、ふかふかのカーペットが敷かれた長い階段をゆっくりと下りてくる人影。
見た瞬間、胸を突かれたように、息が止まった。
その彼がこちらまで近付く姿がやけにゆっくり見え、頭の中が彼の姿で埋まる。
動くたびにさらりと波打ち、光に溶け、透き通るような白髪。
雪のように白くまろい頬、大きなぱっちりとした瞳は甘いキャンディーを思わせるピンク色。
ふわりと揺れる白いまつ毛は風が起きそうに長い。
華奢な体躯は折れそうに細く、スラリと伸びた足は、足音も立てず気品あふれる足取りだ。
正真正銘のお姫様。
だって、エスコートして来た従者、執事、お養父様が彼を守るように自然と傍らに寄り添い出す。
その後自己紹介をされ、白く細い手を眩しい笑顔で当たり前のように差し出すお姫様。
僕は自分のカサついた指先と艶のない爪を見て、ショックを受けた。
目の前に差し出されたキレイな手との落差に。
で、でも。この人は『色無し』だ。
クレイドルの聖力を持つかも怪しいし、しきたりで王族に嫁がせるには恥ずかしかったんだな。
だから、お養父様はわざわざ僕を養子にせざるを得なかったんだ。
僕の濃紺の髪を「見事だ」と言ってくれたし、使用人たちも毎日お手入れのときに褒めてくれる。
すべてを悟った僕は、そのお姫様に宣戦布告した。
なんだかわかってなさそうなぽやんとした反応だったが。
手は見た目通りに柔らかくすべすべだった。しかもいい匂いがした。ふんっ!
その日から、敵情視察と称して彼の観察を開始した。
でも、王族に嫁ぐには高レベルの教養が必要といわれ、徹底的にこの国の歴史やらマナーを学ぶ厳しい授業も始まった。
びっちりと組まれた授業スケジュールの合間を縫い、観察をしていく。
あの人を見つけるのは簡単だ。
悔しいことに、このお屋敷に務める使用人は彼の視線、顔が動く先を常にみている。ほとんどの使用人がだ。
また、彼が笑みをこぼすだけで、敬意と慈しみを持って、頭を垂れる。窓の外にいようが。
彼らの視線の先にはいつだって『色無し』がいるからだ。監視か?
お姫様は使用人にさえ愛されていた。
お姫様は花を愛す。変わった方法で。
自らの手を土まみれにし花壇のお世話をする。
その姿をこっそりと庭師が絵に残しているため、仕事内容の混迷が起きていた。
ちなみにその絵画はお養父様執務室に飾ってあるのは、何故か。
しかし、あの人を観察していただけで、使用人に何故か警戒された。
僕があの人を見に行くと、誰かがすぐに僕を探し出して講師が迎えに来る。
「ラズ様に大変興味がお有りみたいですね。接触の際は、必ず私を通してくださいね」
ダメ押しに、お姫様専属従者という名の悪魔にきれいな笑顔でチクリと釘も刺された。
初めて笑顔が怖かった。
お部屋を訪ね、次は直接交流をしようと意気込んでいたら。
屈託ない笑顔で、お茶に誘われた。
あの笑顔にほわんと胸が温められ、断ることができなかった。わからないけど。
そのまま思わずソファーの凄さに油断した僕。
しかも出されたお茶は渋みも抑えられとっても飲みやすい。勧められたクッキーもサクサクで美味しい。
くっ。やられっぱなしは悔しいから、少し困らせてみようと思ったんだ。
クッキー、ペン、キャンディー、ハンカチなど豪華なお部屋にある、目に入ったものをとりあえずねだってみた。
お姫様はまたあの可憐な笑顔で当然のようにすべて差し出した。
あまつさえ、また来てねとお茶にまで誘ってくれたんだ。
僕の腕の中にたくさんのお姫様の優しさがある。
甘くて、善良なまっとうな人。
なぜだか、貰った品を見るだけで、優しさで温められた胸が苦しい。
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