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一、十年目の破綻
第25話『彼女の正体』
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北淀美依が目を覚ますと其処は病院のベッドで、彼女としては何故こんなところで寝ているのか理解できなかった。
そもそも意識が途切れるあたりの記憶が曖昧だ。伊藤を追いかけて、何か話した気がするが、それもどうも思い出せない。
ただ随分ぐっすり眠れた気がして、久しぶりに良い目覚めだった。
起きてすぐに兄・北淀露樹が泣きながら抱きついてくるまでは……。
何だ一体どうしたというのか。
兄の様子に混乱していると、兄は「お前、連続婦女暴行の三人目の被害者になるところだったんだぞ!」と泣きながら喧しく告げられる。
何言ってんだ。
そもそもどうして意識を失ったか覚えていない北淀美依としてはそんなことを言われても実感は沸かない。
けれど、警官である兄の口から『連続婦女暴行事件』の話題が出て、心臓が縮むような気分だった。
そういえば南寺静馬はどうなったのか。
彼が犯人として捕まったのか。遂にこの日を迎えてしまったのか。
北淀美依が顔を真っ青にしていると、丁度、病室の扉が開く。
やってきたのは南寺静馬で、北淀美依は思わず目を見開き「え」と声をあげる。
露樹も来訪者が南寺静馬だと確認すると顔を思い切りしかめた。
「南寺、何勝手に入ってきてんだ」
「すみません、露樹さん。でも下で他の刑事さんたちが困ってましたよ。早く戻ってきて欲しいと言ってました」
南寺静馬が穏やかに笑いながらそう告げると、露樹は南寺静馬に苦々しく舌打ちをして渋々という様子で病室を出て行った。
北淀美依と南寺静馬は露樹の退室を見送る。やっと静かになった北淀美依はほっとするが、直後に南寺静馬がさっきまで露樹が座っていた椅子に座るので思わず息を呑む。
そういえば、コイツに関しては何一つ解決していなかった。
北淀美依は恐る恐る南寺静馬に視線を向けると、南寺静馬は冷ややかな視線を彼女に向けていたので思わず視線を逸らす。
だけど視線を逸らす前に見えた南寺静馬の服装は何故か昨日と同じシャツで、一瞬北淀美依の脳裏に朝帰りの日のことが蘇る。
もしかして昨晩も何か遭ったのかと南寺静馬を見た。
南寺静馬は北淀美依が顔を向けると、不満そうに口を開いた。
「昨日お前は婦女暴行殺人犯に拉致られた」
「へえ……え?」
「伊藤と浅井がお前を助けようとして、浅井は犯人に殺された」
「は?」
「伊藤は幼馴染が死んだことにショックを受けて、今日付で会社を辞めて実家に帰るそうだ」
「……」
淡々と事後報告をする南寺静馬に、北淀美依は開いた口が塞がらない。自分の知らない間に一体何が、とただただ混乱が広がる。
「露樹さんが来て、お前は救急車で運ばれて、俺と伊藤くんは朝まで事情聴取。大黒さんに報告したら、今日は俺も美依も休んで良いって。というか、浅井の件で会社もそれどころじゃあないみたいだ」
「浅井くん……」
北淀美依は南寺静馬の言葉を聞きながら、数日前入ったばかりとは言え、会社の後輩が死んだことに涙ぐむ。
自分を助けようとして殺されたなんて、そんなの自分が殺したようなものじゃないのか。北淀美依は涙を零す。
そんな北淀美依を見ながら、南寺静馬は「悪いのは殺人犯だ。お前が自己嫌悪に浸るのは勝手だけど、お前に非はない。殺した奴が悪いに決まってる」と言う。
その言葉に北淀美依は「……アンタが言うと、何だかガッカリするわ」と素直な感想を漏らした。
そんな話をしていると、また病室の扉が開く。
「失礼します、北淀さんお加減如何ですか?」
そう言ってやってきたのは久住桜雪だった。その手には花束が抱えられている。色取り取りの綺麗な花たちと久住の可愛らしい笑顔に、北淀美依は思わず見蕩れるが、南寺静馬もいることを思い出して一気に気不味い気持ちになる。
しかし。
久住は北淀美依が泣いていることに気がつき、顔をしかめてベッドまでやってくる。そして座っている南寺静馬をまるで親の敵でも見る様子で口を開く。
「静馬、アンタ北淀さんに何かしたの?」
「別に何も」
「嘘。じゃあどうして泣いてるのよ。どうせアンタは酷い事言ったんでしょ? 本当に最低」
久住は刺々しい口調でそう南寺静馬に言い放つと、今度は北淀美依に向き直りさっきとは打って変わって可愛らしい笑顔で花束を差し出す。
「これお見舞いのお花です。どうぞ」
「あ、ありがと」
北淀美依は二人の想像もしていなかった殺伐とした様子にさっき以上に混乱しながらも花束を受け取る。それを見ていた南寺静馬が「今日退院するのにわざわざ買ってきたのか」と冷ややかに言うではないか。
まるで売り言葉に買い言葉。
久住は南寺静馬を振り返って舌打ちをすると、すぐにまた北淀美依へと向き直り彼女の手を握る。
「北淀さん、本当にお願いですからこの男と縁を切ってください今すぐ。この男は北淀さんに害しかもたらさない悪縁の権化です。不幸になります」
彼女は捲し立てるように言い放つ。
それはまあその通りだし、切れるものならすぐにでも切りたい。
そう思うが、驚きのあまり言葉が出てこず北淀美依は曖昧に笑うしかできなかった。
南寺静馬は久住の発言が気に障ったのか、わざとらしく息をつく。
「何よ」
「お前は相変わらず俺の目の敵にしているな、鬱陶しい」
「私はアンタが大嫌いなの。身内にこんな男がいるなんて恥ずかしいわ」
久住がそう吐き捨てるように言うが、北淀美依は思わず「身内?!」と驚く。
その様子に、南寺静馬も久住も怪訝そうな顔をする。
「あれ、私言ってませんでしたか?」
「聞いてない。えっ、身内ってどういう……」
北淀美依は南寺静馬と久住の顔を交互に見る。確かに顔の系統は何処となく似ているような。そんなことを考えていると南寺静馬は「従兄妹だ。母さんの弟の娘」と答える。
その言葉に、北淀美依はよくよく考えるが、久住に出会って感じた第一印象は、忘れたい話だが南寺静馬と出会った時の印象によく似ていた。
そして昨日『バー・ジュラブリョフ』で観た監視カメラの映像に映っていた久住の冷ややかな笑い方も、南寺静馬が北淀美依を小馬鹿にするときの笑い方そのものではないか。
何故気付かなかったのか。
北淀美依は「あー……」と悲鳴地味た声を上げてしまう。
つまり、最初の時に久住が言っていた『そうですよね、全然釣合いませんよね』という発言も南寺静馬に対しての発言。女子トイレでの涙も、本気で北淀美依を心配してのことだったのかと思えてしまう。
「えっと、じゃああの飲み会の日って」
「え、あれですか? 実はこっちに引越ししたばかりで部屋が散らかってまして。家具を移動させるのに人手が欲しかったのでコイツを」
久住がにこやかに言うと、今度は南寺静馬が舌打ちをした。
「酒が入ってる人間を明け方まで扱き使いやがって」
「酒が抜けて良かったでしょ?」
久住がそう言い放つと、南寺静馬は彼女を睨みつけた。南寺静馬も彼女を睨みつけて「心の底からお前を黙らせたいよ」と重々しくぼやく。
その言葉に北淀美依はぞっとする。
だけど、恐らく、彼の『本当』を知らない久住は「やれるものならどうぞ」と微笑む。
……近いうち、本当に久住が死体になるかもしれない。
北淀美依は内心冷や汗を掻きながらこの状況がどうにかなることを願った。
そもそも意識が途切れるあたりの記憶が曖昧だ。伊藤を追いかけて、何か話した気がするが、それもどうも思い出せない。
ただ随分ぐっすり眠れた気がして、久しぶりに良い目覚めだった。
起きてすぐに兄・北淀露樹が泣きながら抱きついてくるまでは……。
何だ一体どうしたというのか。
兄の様子に混乱していると、兄は「お前、連続婦女暴行の三人目の被害者になるところだったんだぞ!」と泣きながら喧しく告げられる。
何言ってんだ。
そもそもどうして意識を失ったか覚えていない北淀美依としてはそんなことを言われても実感は沸かない。
けれど、警官である兄の口から『連続婦女暴行事件』の話題が出て、心臓が縮むような気分だった。
そういえば南寺静馬はどうなったのか。
彼が犯人として捕まったのか。遂にこの日を迎えてしまったのか。
北淀美依が顔を真っ青にしていると、丁度、病室の扉が開く。
やってきたのは南寺静馬で、北淀美依は思わず目を見開き「え」と声をあげる。
露樹も来訪者が南寺静馬だと確認すると顔を思い切りしかめた。
「南寺、何勝手に入ってきてんだ」
「すみません、露樹さん。でも下で他の刑事さんたちが困ってましたよ。早く戻ってきて欲しいと言ってました」
南寺静馬が穏やかに笑いながらそう告げると、露樹は南寺静馬に苦々しく舌打ちをして渋々という様子で病室を出て行った。
北淀美依と南寺静馬は露樹の退室を見送る。やっと静かになった北淀美依はほっとするが、直後に南寺静馬がさっきまで露樹が座っていた椅子に座るので思わず息を呑む。
そういえば、コイツに関しては何一つ解決していなかった。
北淀美依は恐る恐る南寺静馬に視線を向けると、南寺静馬は冷ややかな視線を彼女に向けていたので思わず視線を逸らす。
だけど視線を逸らす前に見えた南寺静馬の服装は何故か昨日と同じシャツで、一瞬北淀美依の脳裏に朝帰りの日のことが蘇る。
もしかして昨晩も何か遭ったのかと南寺静馬を見た。
南寺静馬は北淀美依が顔を向けると、不満そうに口を開いた。
「昨日お前は婦女暴行殺人犯に拉致られた」
「へえ……え?」
「伊藤と浅井がお前を助けようとして、浅井は犯人に殺された」
「は?」
「伊藤は幼馴染が死んだことにショックを受けて、今日付で会社を辞めて実家に帰るそうだ」
「……」
淡々と事後報告をする南寺静馬に、北淀美依は開いた口が塞がらない。自分の知らない間に一体何が、とただただ混乱が広がる。
「露樹さんが来て、お前は救急車で運ばれて、俺と伊藤くんは朝まで事情聴取。大黒さんに報告したら、今日は俺も美依も休んで良いって。というか、浅井の件で会社もそれどころじゃあないみたいだ」
「浅井くん……」
北淀美依は南寺静馬の言葉を聞きながら、数日前入ったばかりとは言え、会社の後輩が死んだことに涙ぐむ。
自分を助けようとして殺されたなんて、そんなの自分が殺したようなものじゃないのか。北淀美依は涙を零す。
そんな北淀美依を見ながら、南寺静馬は「悪いのは殺人犯だ。お前が自己嫌悪に浸るのは勝手だけど、お前に非はない。殺した奴が悪いに決まってる」と言う。
その言葉に北淀美依は「……アンタが言うと、何だかガッカリするわ」と素直な感想を漏らした。
そんな話をしていると、また病室の扉が開く。
「失礼します、北淀さんお加減如何ですか?」
そう言ってやってきたのは久住桜雪だった。その手には花束が抱えられている。色取り取りの綺麗な花たちと久住の可愛らしい笑顔に、北淀美依は思わず見蕩れるが、南寺静馬もいることを思い出して一気に気不味い気持ちになる。
しかし。
久住は北淀美依が泣いていることに気がつき、顔をしかめてベッドまでやってくる。そして座っている南寺静馬をまるで親の敵でも見る様子で口を開く。
「静馬、アンタ北淀さんに何かしたの?」
「別に何も」
「嘘。じゃあどうして泣いてるのよ。どうせアンタは酷い事言ったんでしょ? 本当に最低」
久住は刺々しい口調でそう南寺静馬に言い放つと、今度は北淀美依に向き直りさっきとは打って変わって可愛らしい笑顔で花束を差し出す。
「これお見舞いのお花です。どうぞ」
「あ、ありがと」
北淀美依は二人の想像もしていなかった殺伐とした様子にさっき以上に混乱しながらも花束を受け取る。それを見ていた南寺静馬が「今日退院するのにわざわざ買ってきたのか」と冷ややかに言うではないか。
まるで売り言葉に買い言葉。
久住は南寺静馬を振り返って舌打ちをすると、すぐにまた北淀美依へと向き直り彼女の手を握る。
「北淀さん、本当にお願いですからこの男と縁を切ってください今すぐ。この男は北淀さんに害しかもたらさない悪縁の権化です。不幸になります」
彼女は捲し立てるように言い放つ。
それはまあその通りだし、切れるものならすぐにでも切りたい。
そう思うが、驚きのあまり言葉が出てこず北淀美依は曖昧に笑うしかできなかった。
南寺静馬は久住の発言が気に障ったのか、わざとらしく息をつく。
「何よ」
「お前は相変わらず俺の目の敵にしているな、鬱陶しい」
「私はアンタが大嫌いなの。身内にこんな男がいるなんて恥ずかしいわ」
久住がそう吐き捨てるように言うが、北淀美依は思わず「身内?!」と驚く。
その様子に、南寺静馬も久住も怪訝そうな顔をする。
「あれ、私言ってませんでしたか?」
「聞いてない。えっ、身内ってどういう……」
北淀美依は南寺静馬と久住の顔を交互に見る。確かに顔の系統は何処となく似ているような。そんなことを考えていると南寺静馬は「従兄妹だ。母さんの弟の娘」と答える。
その言葉に、北淀美依はよくよく考えるが、久住に出会って感じた第一印象は、忘れたい話だが南寺静馬と出会った時の印象によく似ていた。
そして昨日『バー・ジュラブリョフ』で観た監視カメラの映像に映っていた久住の冷ややかな笑い方も、南寺静馬が北淀美依を小馬鹿にするときの笑い方そのものではないか。
何故気付かなかったのか。
北淀美依は「あー……」と悲鳴地味た声を上げてしまう。
つまり、最初の時に久住が言っていた『そうですよね、全然釣合いませんよね』という発言も南寺静馬に対しての発言。女子トイレでの涙も、本気で北淀美依を心配してのことだったのかと思えてしまう。
「えっと、じゃああの飲み会の日って」
「え、あれですか? 実はこっちに引越ししたばかりで部屋が散らかってまして。家具を移動させるのに人手が欲しかったのでコイツを」
久住がにこやかに言うと、今度は南寺静馬が舌打ちをした。
「酒が入ってる人間を明け方まで扱き使いやがって」
「酒が抜けて良かったでしょ?」
久住がそう言い放つと、南寺静馬は彼女を睨みつけた。南寺静馬も彼女を睨みつけて「心の底からお前を黙らせたいよ」と重々しくぼやく。
その言葉に北淀美依はぞっとする。
だけど、恐らく、彼の『本当』を知らない久住は「やれるものならどうぞ」と微笑む。
……近いうち、本当に久住が死体になるかもしれない。
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