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一、十年目の破綻
第18話『涙』
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監視カメラの映像を確認したが、本来の目的は達成されなかったことに北淀美依は落胆する。いや、『バー・ジュラブリョフ』の監視カメラの映像ではわからないだろうことは覚悟していた。
それなら、事件現場近くの監視カメラの映像はどうだろう。
当然警察が確認しているだろうが、警察に監視カメラに映る人全てが事件への関係の有無を見分けることはできない。だけど北淀美依が探したのは、たった一人、南寺静馬だけだ。彼が映っているかどうかが知りたいだけ。
二件目の現場は昨日の時点で警察がブルーシートでバリケードを張っていた。今日はもうブルーシートは無くなっているだろうが、一応事件現場ということもあり、制服警官が立っている可能性もある。
行くなら、一件目の方か。
近くの店で監視カメラの映像を見せてくれるよう頼み込めば、一店くらい見せてくれるところがあるかもしれない。
そう考え、北淀美依はマスターにお礼を言って店を後にする。
しかし、何故かそんな北淀美依の後を樢上西駕が着いてくる。いつも手にしている上品な光沢のある黒い杖を片手に歩く。足取りはしっかりしているので、バーであまり酒は飲んでいないのかもしれない。
「あの、樢上さん?」
「何でしょうか?」
「どうして私たち一緒に歩いているんでしょうか」
隣りを歩く老紳士に、北淀美依は恐る恐る尋ねる。すると樢上は、怪訝そうに北淀美依を見る。
「興味本位です。私は、お嬢さんが何も探しているのか知りたいんですよ」
樢上の穏やかな口調が、ここ暫く張り詰めていた北淀美依の心情に染みる。その言葉に思わず胸が詰まり、北淀美依は唇を噛み歩みを止めた。
樢上は北淀美依が立ち止まったことに気付かずゆっくりとした足取りで歩きながら言葉を続ける。
「とはいえ、気が乗らなければ勿論話さなくて大丈夫です。私はお嬢さんを駅までお送りしてまた飲み直すとします。何せ例の事件が続いてしまいましたからね」
そう言って樢上は自分の隣りを見るが、少し前まで確かに横を歩いていた北淀美依の足が止まっていることに気がつき、彼も足を止めてゆっくりと振り返る。
「お嬢さん?」
北淀美依は俯いていた。
樢上は不思議に思いつつ彼女に近づこうと一歩踏み出すが、それと同時に北淀美依は顔を上げた。
彼女の目尻は涙で濡れており、眼も赤くなっていた。北淀美依は唇を噛んだまま、声を上げず涙をいくつもほろほろと落としていく。
樢上は彼女の様子に驚くが、何も言わず彼女の前まで戻ると、ハンカチを差し出す。
「どうぞ」
差し出されたハンカチに、北淀美依は恐る恐る受け取り両目を隠すように押し付けた。そして噛んでいた唇から息を吐くような嗚咽を漏らした。
樢上はその様子をただ黙って見ている。
きっと行き交う人がいれば、痴情のもつれかと勘繰る人もいるだろうが、幸いこの通りの人通りは少なく泣いている北淀美依に好奇な視線を向ける者もいない。そして樢上へ不審な目を向ける者もいない。
「樢上さん」
北淀美依は嗚咽で滲んだ声で老紳士を呼ぶ。
彼は「何でしょうか」と最初から携えていた穏やかさで返す。その声がどうにも北淀美依の涙腺を刺激する。
「自分の知っている人が、人を殺しているかもしれないって考えたことありますか」
「いえ……幸いなことにありませんね」
樢上が答える。でも、もしかしたら北淀美依が誰を指して言っているのか、この老紳士ならすぐに気が付いたかもしれないと思ったが、彼女は自分の気持ちに急かされるように言葉を続ける。決壊したビーカーから中身が止めどなく溢れていくように、北淀美依は気持ちを吐露していく。
「もうずっと、ずっと、ずっと、疑っているんです。もしかしたら、三月の事件も一昨日の事件も、もしかしたらそうなんじゃないのかって。今回だけじゃない。私が知らないだけで、もっと多くの人間が殺されてるかもしれないって」
ずっと、ずっと、ずっと。
疑っている。自分の首に彼の指がかかった時から。
だけど誰に相談できるというのか。あの、首に絞め痕がついた日から、北淀美依は一人で悩み続けていたのだ。
それが涙と一緒に零れていく。
樢上は黙って北淀美依の言葉を聞きながら、何も言わずに彼女の肩を摩った。
北淀美依は止まらない涙をハンカチに押し付けながら嗚咽を漏らした。
それなら、事件現場近くの監視カメラの映像はどうだろう。
当然警察が確認しているだろうが、警察に監視カメラに映る人全てが事件への関係の有無を見分けることはできない。だけど北淀美依が探したのは、たった一人、南寺静馬だけだ。彼が映っているかどうかが知りたいだけ。
二件目の現場は昨日の時点で警察がブルーシートでバリケードを張っていた。今日はもうブルーシートは無くなっているだろうが、一応事件現場ということもあり、制服警官が立っている可能性もある。
行くなら、一件目の方か。
近くの店で監視カメラの映像を見せてくれるよう頼み込めば、一店くらい見せてくれるところがあるかもしれない。
そう考え、北淀美依はマスターにお礼を言って店を後にする。
しかし、何故かそんな北淀美依の後を樢上西駕が着いてくる。いつも手にしている上品な光沢のある黒い杖を片手に歩く。足取りはしっかりしているので、バーであまり酒は飲んでいないのかもしれない。
「あの、樢上さん?」
「何でしょうか?」
「どうして私たち一緒に歩いているんでしょうか」
隣りを歩く老紳士に、北淀美依は恐る恐る尋ねる。すると樢上は、怪訝そうに北淀美依を見る。
「興味本位です。私は、お嬢さんが何も探しているのか知りたいんですよ」
樢上の穏やかな口調が、ここ暫く張り詰めていた北淀美依の心情に染みる。その言葉に思わず胸が詰まり、北淀美依は唇を噛み歩みを止めた。
樢上は北淀美依が立ち止まったことに気付かずゆっくりとした足取りで歩きながら言葉を続ける。
「とはいえ、気が乗らなければ勿論話さなくて大丈夫です。私はお嬢さんを駅までお送りしてまた飲み直すとします。何せ例の事件が続いてしまいましたからね」
そう言って樢上は自分の隣りを見るが、少し前まで確かに横を歩いていた北淀美依の足が止まっていることに気がつき、彼も足を止めてゆっくりと振り返る。
「お嬢さん?」
北淀美依は俯いていた。
樢上は不思議に思いつつ彼女に近づこうと一歩踏み出すが、それと同時に北淀美依は顔を上げた。
彼女の目尻は涙で濡れており、眼も赤くなっていた。北淀美依は唇を噛んだまま、声を上げず涙をいくつもほろほろと落としていく。
樢上は彼女の様子に驚くが、何も言わず彼女の前まで戻ると、ハンカチを差し出す。
「どうぞ」
差し出されたハンカチに、北淀美依は恐る恐る受け取り両目を隠すように押し付けた。そして噛んでいた唇から息を吐くような嗚咽を漏らした。
樢上はその様子をただ黙って見ている。
きっと行き交う人がいれば、痴情のもつれかと勘繰る人もいるだろうが、幸いこの通りの人通りは少なく泣いている北淀美依に好奇な視線を向ける者もいない。そして樢上へ不審な目を向ける者もいない。
「樢上さん」
北淀美依は嗚咽で滲んだ声で老紳士を呼ぶ。
彼は「何でしょうか」と最初から携えていた穏やかさで返す。その声がどうにも北淀美依の涙腺を刺激する。
「自分の知っている人が、人を殺しているかもしれないって考えたことありますか」
「いえ……幸いなことにありませんね」
樢上が答える。でも、もしかしたら北淀美依が誰を指して言っているのか、この老紳士ならすぐに気が付いたかもしれないと思ったが、彼女は自分の気持ちに急かされるように言葉を続ける。決壊したビーカーから中身が止めどなく溢れていくように、北淀美依は気持ちを吐露していく。
「もうずっと、ずっと、ずっと、疑っているんです。もしかしたら、三月の事件も一昨日の事件も、もしかしたらそうなんじゃないのかって。今回だけじゃない。私が知らないだけで、もっと多くの人間が殺されてるかもしれないって」
ずっと、ずっと、ずっと。
疑っている。自分の首に彼の指がかかった時から。
だけど誰に相談できるというのか。あの、首に絞め痕がついた日から、北淀美依は一人で悩み続けていたのだ。
それが涙と一緒に零れていく。
樢上は黙って北淀美依の言葉を聞きながら、何も言わずに彼女の肩を摩った。
北淀美依は止まらない涙をハンカチに押し付けながら嗚咽を漏らした。
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