黒き死神が笑う日

神通百力

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人生図書館

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 夕日が顔を出して肌寒くなってきた中、私は図書館の前に立っていた。バイトの帰りに何気なく辺りを見回し、図書館の存在に気付いた。昨日もこの道を通ったが、図書館なんてなかった。一日足らずで図書館ができるはずがない。ドアノブに下げられた小さな看板には『全人類の人生を網羅』と書かれていた。
 全人類の人生を網羅とはどういう意味だろうか? 私は妙に気になったが、図書館に足を踏み入れる勇気が出なかった。どうするべきか迷っていると、隣の電気屋の前に並んだテレビから流れるニュースが目に入った。十年も前に行方不明となった男性の目撃情報に関するニュースだった。男性の顔写真を一瞥しながら、私は図書館に入る決心をした。
 恐る恐る扉を開けると、図書館に足を踏み入れた。小ぢんまりとした外観とは裏腹に、館内は想像以上に広く、数えきれないほどの戸棚が並べられている。等間隔で並んだ戸棚は大量の本で埋め尽くされていた。
 予想外の光景に圧倒されながら、私は館内を見て回った。すると一冊の本が目に留まった。本の背表紙には『蓑崎歩みのさきあゆみ』と書かれていた。なぜ私の名前が書かれた本が図書館にあるのだろうか? 不思議に思いながらも、ページを捲っていく。私のプロフィールや経歴、生まれてから現在までの出来事が詳細に記載されていた。これが作家ならまだ分かる。しかし、私はただの女子大生に過ぎない。
 あまりの衝撃に混乱していると、足音が聞こえた。反射的に顔を上げ、私は目を見開いた。十年前に行方不明になったはずの男性が立っていた。
「……ありがとう、来てくれて。ようやくここから出られる」
 男性は目尻に涙をにじませて頭を下げると、図書館から出ていった。私は慌てて男性を追いかけたが、見えない壁に阻まれるかのように、弾き飛ばされてしまった。
「……蓑崎歩、君を図書館の管理者に任命する」
 呆然としていると、声が聞こえた。それと同時に、目の前の何もない空間から白の衣装を身にまとった女性が姿を現した。
「……私は地球の創造者。この図書館には約73億人分の情報が詰まった本がある。それを君に管理してもらいたい。また必要に応じて出来事を書き足してもらう」
「……何を言っているの? 出来事を書き足すってどういうこと? それに何の意味があるの?」
 私は恐怖に体を震わせながらも、疑問を投げかけた。
「……公平を保つためだ。出来事を書き足せば、その通りのことが現実に起こる。公平を保つには善人だけじゃなく、犯罪者も必要なんだ。要するに君の主な仕事は犯罪者を作ることだ。言っておくが、君に拒否権はない。誰かが図書館を訪れない限り、君はここから出られないのだから」
 女性の言葉で男性の身に何が起きたかを理解した。さっきの男性は十年前にこの図書館を訪れ、出られなくなった。十年もの間、強制的に犯罪者を作らされていた時、私がこの図書館を訪れたのだ。それによって男性は図書館から出ることができ、私が閉じ込められる羽目になったわけだ。
「早速、君に犯罪者を作ってもらう」
 女性はそう言うと、一冊の本を私に渡してきた。私は仕方なく、その本を受け取った。この先の人生を憂いながら――。
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