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## 25 簒奪の太陽王
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ヒナギクの罵声から逃げるように部屋を出た俺は、拗ねて走り去ったルナへのフォローを行っておきたかったのでその姿を探し回っていた。
だが、なかなか見つけられないでいる内に宮殿の外に出て庭園にまでやってきてしまった。
「やれやれ、うまくいかないもんだ」
溜息を零し、自分の拳を見つめる。
「ルナを怒らせてしまったし、ハルも失望させてしまったなあ……」
ベンチへと座り頭を抱える。
ルナを怒らせて、ハルにあれだけ恥ずかしい想いをさせて……。
そこまでしたにも関わらず、分析の結果は思わしくない結末を迎えていた。
「『分析』様……」
追いかけてきたハルに声をかけられる。振り返ると、彼女は少し息を切らせながら、心配そうな表情で俺を見つめていた。
「ハル……、どうしてここに?」
「あなたが、あんな様子で飛び出して行ったから……。何かあったのだと思って……」
ハルの言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。ルナを怒らせてしまったこと、そしてハルの期待に応えられなかったこと……。様々な感情が渦巻き、言葉が出てこない。
「……」
沈黙を破ったのは、ハルだった。彼女は少し躊躇した様子で口を開いた。
「"無かった"んでしょ?私の固有スキル」
その言葉に、俺は小さく肩を震わせた。
「名前:ハル・ローゼンブルク
職業:女王
Lv:25
HP:322
MP:304
力:66
敏捷:32
魔力:78
精神力:117
汎用スキル:剣術Lv4、精霊魔法Lv2、儀礼Lv8、陸軍統率Lv2、海軍統率Lv5、おねだりLv1
固有スキル:無し
特殊能力:無し
マイナススキル:無し
祝福:王家の加護
呪い:無し
称号:サルソ王、ベリーチェ王、ポトス侯爵
二つ名:簒奪の太陽王」
隠すつもりだったのだが、既にバレてしまっていたようだ。
「あなた、表情を隠すのが下手過ぎなのよ。私もイザベラさんもすぐに気が付いたわ。ヒナギクは頭に血が上ってたみたいで、察するのに少し時間がかかってたけど」
俺は意を決して顔を上げた。ハルの瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
「……ごめん」
絞り出すように謝罪の言葉を口にすると、ハルは優しく微笑んだ。
「あなたが謝ることじゃないわ」
「固有スキルなんか無くても君は立派な女王だ」
俺は精一杯の励ましの言葉をかけた。ハルは少し強がった態度で答えた。
「あなたに言われなくてもわかってるわよ。私、固有スキルに頼らなくてもやっていける自信はあるもん」
そう言いながらも、ハルの目からは涙がこぼれ落ちていた。彼女は俯き、震える声で続けた。
「私ね、実は固有スキルの性能そのものにはあまり執着してないの。だって、歴代の王の固有スキルは、必ずしも国の運営や戦いの役に立つものだった訳ではなかったから。例えば先王、つまり、私の父の固有スキルはね、『世界中の誰よりも美味しいトマトが栽培できる』というものだったの。到底王様のスキルじゃないわよね」
ハルの言葉に、俺は少し驚いた。トマト?
そんなスキルで王様としてやっていけるのだろうか。
ハルは、先代の王である父について語り始めた。
「数だって年に40個くらいが限度だから、商品にして国庫を潤わせるなんて真似も出来なかったし。せいぜい、ロマリの諸王へ毎年の贈り物として届けてご機嫌を取ることくらいにしか役に立たなかった。」
ハルは言葉を詰まらせ、少し俯いた。
「だけど、お父様のトマトは本当に世界一おいしかった……。収穫の時期はちょうど私の誕生日の時期でもあるから、毎年、そのトマトを使った料理がパーティで振舞われるの。お父様は王様としても父親としても男性としても最低の人だった。でも、そのパーティで出て来るトマトの味に関してだけは心からお父様を尊敬してたわ。世界でたった40人しか食べられない、特別な贈り物。私は毎年それをとても楽しみにしていたの」
ハルの言葉尻からは、彼女が何らかの事情で自分の父親を嫌い、軽蔑している様子が伺える。
それでも"世界一のトマト"を通じて父親の愛情に感じていたのは確かなのだろう。
「……あなたがこの国に来たのは、私が父を追放したのとほぼ同時期だったわね」
唐突に話題を変え、ハルは静かに言った。俺は以前から気になっていた「簒奪の太陽王」という彼女の称号について、改めて尋ねることにした。
異世界からの転生者で、この国どころかこの世界にやってきてからもまだ半年と少ししか経っていない俺は、自分が暮らす国、ハルの治めるこのサルソ王国の歴史もあまりよく知らない。
「ああ。そうみたいだな。君のことを『簒奪者』と呼ぶ人たちがいるようだが……それはどういう意味なんだ?」
俺はなるべく穏やかな口調で尋ねた。簒奪とは、つまり王位を奪うことだ。ハルは実の父親から王位を簒奪したのだろうか。
「ええ。私は先王である実の父、アルフォンソ2世を追放したの」
ハルは静かに答えた。なんとなく予想はしていたが、それでも彼女の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
実の父親を追放……。一体どういう事情があったのだろうか。
「ハルは一人っ子で兄弟姉妹は居ない、って以前に話していたよね。つまり君はお父さんにとって唯一の跡取りだったんだろう? だったら待っていれば追放なんてしなくても、いつかお父さんから王位を譲られる予定だったはずなのに、どうしてわざわざ……?」
俺は疑問をぶつけた。ハルは少し苦い笑みを浮かべ、答えた。
「アルフォンソ2世は、凡庸な王だったわ。とても気が弱くて、器の小さい人間で……。10歳年上のローザ王妃、つまり私の母に常に言いなり。政治の実権も完全に母に握られていたわ。威厳なんてあったものではなかった。でも……」
ハルは少し間を置き、続けた。
「……でも、とても優しい人ではあったの。少なくとも、母が生きていた頃は」
5年前、ローザ王妃が亡くなってから、アルフォンソ2世は変わってしまったという。自暴自棄に陥り、女遊びに酒、ギャンブルと、散財の限りを尽くすようになった。そして、トマト作りも一切やらなくなった。
「王妃の束縛から解放されたアルフォンソ2世は、まるで箍が外れたかのように享楽に溺れるようになった。凡庸どころか、国のお金を自分の欲望の為に使い込む暗君になってしまった」
ハルは悲しげな表情で言った。
「だから私が最後に世界一美味しいトマトを食べたのは5年前、母が亡くなった年が最後なの」
「国の未来を守る為に、暗君である父を追放した、ってことか」
「それだけじゃないわ」
ハルは静かに言った。彼女の言葉に、俺は耳を傾ける。
「アルフォンソ2世は……その欲望を、実の娘である私にも向けるようになった」
ハルの言葉に、俺は言葉を失う。
「ローザ王妃からは奴隷のように扱われていたアルフォンソ2世だけど、彼は彼なりに王妃に依存していたの。王妃はとても美しい人で……。その美貌を駆使してアルフォンソ2世を支配していたわ。でも、彼の性欲を満たす王妃が喪われたことで、彼の淫蕩と散財は歯止めが利かなくなった。そして、実の娘が成長すると……。彼は亡き王妃の面影を実の娘に重ねるように……」
ハルは俯き、小さな声で言った。
「……最初は、ただの行き過ぎたスキンシップだった。でも、次第にエスカレートしていき……ついに……」
ハルは言葉を詰まらせた。彼女の瞳には、恐怖と嫌悪が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。
「……そんな……。実の親娘なのに」
俺は絞り出すように言った。ハルの境遇を想像すると、胸が締め付けられるような思いがした。
「……ええ。それをきっかけに、私は父を見限ったの。反乱は国を守るためであると同時に、私自身の身体と尊厳を守るためでもあった」
ハルは静かに言った。彼女は、国のため、そして自分のために行動を起こしたのだ。
「私はアルフォンソ2世に不満を持つ貴族たちに根回しをして、簒奪を企てた。自分でもびっくりしてしまうくらい計画はスムーズに進んだわ。私が思っていた以上に彼は人望を失っていたから、みんな二つ返事で私についてくれたの。結局、ほとんど血を流すこともなかった。もう彼は決起した私に対し対抗する気力も部下もどちらも持ち合わせていなかった」
ハルは自嘲気味に笑う。
「こうして私は実父であるアルフォンソ2世を追放し、女王ハル1世となった。貴族だけでなく国民もほぼ全員が私を支持してくれたから、国内に混乱はほとんど起こらなかったわ。ただ、あまりにも鮮やか過ぎる王位争奪を成し遂げた私に対し、他のロマリの王は警戒心を抱き始めた。そしていつしか、私は人々から『簒奪の太陽王』と呼ばれるようになった」
「その年齢でそこまでのことを成し遂げた君は本当にすごいよ、ハル。やっぱり君は素晴らしい女王だ。周りの諸王もみんな君の才能を畏れているんだろう。固有スキルなんてなくても……」
俺は心から感嘆した。彼女は、まだ若いにもかかわらず、国のために、そして自分のために、大きな決断を下し、それを実行に移したのだ。
「だから言ったでしょう? 私、自分の才能や統治者としての能力には元々それなりに自信を持っているの。固有スキルに関しても『ある』ことだけが示せれば──、それをもって正当な王家の嫡子であることが示せれば、その内容や性能自体はどうでも良かった。『なし』という結果は、権威付けという意味で私の覇道に少しの遠回りを強いる可能性はあるけれど……、挫折に繋がるような致命的な事態ではない」
ハルは少し強がったように言った。しかし、彼女の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
「……ただ、自信が揺らぐことはないけれど……やっぱり、少しは失望しちゃった。それに……」
ハルは俯き、より一層大きな涙を流しながら言った。
「……もしかしたら、私の固有スキルも、『美味しいトマトを作れる』だったりしないかな、って。……そんなことを思っていた。母の死後、一度も父が作ってくれなかった、世界一美味しいトマト……。もしかしたら、自分の手で作ってもう一度食べられるかもしれない、なんて……少しだけ期待していたの」
ハルは声を震わせ、嗚咽し始めた。
「……そうしたら……まだ愛していた頃のお父様のことも……思い出せるかな……って……」
俺はハルの肩を抱き寄せる。
何の言葉もかけることは出来ず、彼女の身体の震えを感じながら、ただ時間が流れるのを待つしかなかった。
だが、なかなか見つけられないでいる内に宮殿の外に出て庭園にまでやってきてしまった。
「やれやれ、うまくいかないもんだ」
溜息を零し、自分の拳を見つめる。
「ルナを怒らせてしまったし、ハルも失望させてしまったなあ……」
ベンチへと座り頭を抱える。
ルナを怒らせて、ハルにあれだけ恥ずかしい想いをさせて……。
そこまでしたにも関わらず、分析の結果は思わしくない結末を迎えていた。
「『分析』様……」
追いかけてきたハルに声をかけられる。振り返ると、彼女は少し息を切らせながら、心配そうな表情で俺を見つめていた。
「ハル……、どうしてここに?」
「あなたが、あんな様子で飛び出して行ったから……。何かあったのだと思って……」
ハルの言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。ルナを怒らせてしまったこと、そしてハルの期待に応えられなかったこと……。様々な感情が渦巻き、言葉が出てこない。
「……」
沈黙を破ったのは、ハルだった。彼女は少し躊躇した様子で口を開いた。
「"無かった"んでしょ?私の固有スキル」
その言葉に、俺は小さく肩を震わせた。
「名前:ハル・ローゼンブルク
職業:女王
Lv:25
HP:322
MP:304
力:66
敏捷:32
魔力:78
精神力:117
汎用スキル:剣術Lv4、精霊魔法Lv2、儀礼Lv8、陸軍統率Lv2、海軍統率Lv5、おねだりLv1
固有スキル:無し
特殊能力:無し
マイナススキル:無し
祝福:王家の加護
呪い:無し
称号:サルソ王、ベリーチェ王、ポトス侯爵
二つ名:簒奪の太陽王」
隠すつもりだったのだが、既にバレてしまっていたようだ。
「あなた、表情を隠すのが下手過ぎなのよ。私もイザベラさんもすぐに気が付いたわ。ヒナギクは頭に血が上ってたみたいで、察するのに少し時間がかかってたけど」
俺は意を決して顔を上げた。ハルの瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
「……ごめん」
絞り出すように謝罪の言葉を口にすると、ハルは優しく微笑んだ。
「あなたが謝ることじゃないわ」
「固有スキルなんか無くても君は立派な女王だ」
俺は精一杯の励ましの言葉をかけた。ハルは少し強がった態度で答えた。
「あなたに言われなくてもわかってるわよ。私、固有スキルに頼らなくてもやっていける自信はあるもん」
そう言いながらも、ハルの目からは涙がこぼれ落ちていた。彼女は俯き、震える声で続けた。
「私ね、実は固有スキルの性能そのものにはあまり執着してないの。だって、歴代の王の固有スキルは、必ずしも国の運営や戦いの役に立つものだった訳ではなかったから。例えば先王、つまり、私の父の固有スキルはね、『世界中の誰よりも美味しいトマトが栽培できる』というものだったの。到底王様のスキルじゃないわよね」
ハルの言葉に、俺は少し驚いた。トマト?
そんなスキルで王様としてやっていけるのだろうか。
ハルは、先代の王である父について語り始めた。
「数だって年に40個くらいが限度だから、商品にして国庫を潤わせるなんて真似も出来なかったし。せいぜい、ロマリの諸王へ毎年の贈り物として届けてご機嫌を取ることくらいにしか役に立たなかった。」
ハルは言葉を詰まらせ、少し俯いた。
「だけど、お父様のトマトは本当に世界一おいしかった……。収穫の時期はちょうど私の誕生日の時期でもあるから、毎年、そのトマトを使った料理がパーティで振舞われるの。お父様は王様としても父親としても男性としても最低の人だった。でも、そのパーティで出て来るトマトの味に関してだけは心からお父様を尊敬してたわ。世界でたった40人しか食べられない、特別な贈り物。私は毎年それをとても楽しみにしていたの」
ハルの言葉尻からは、彼女が何らかの事情で自分の父親を嫌い、軽蔑している様子が伺える。
それでも"世界一のトマト"を通じて父親の愛情に感じていたのは確かなのだろう。
「……あなたがこの国に来たのは、私が父を追放したのとほぼ同時期だったわね」
唐突に話題を変え、ハルは静かに言った。俺は以前から気になっていた「簒奪の太陽王」という彼女の称号について、改めて尋ねることにした。
異世界からの転生者で、この国どころかこの世界にやってきてからもまだ半年と少ししか経っていない俺は、自分が暮らす国、ハルの治めるこのサルソ王国の歴史もあまりよく知らない。
「ああ。そうみたいだな。君のことを『簒奪者』と呼ぶ人たちがいるようだが……それはどういう意味なんだ?」
俺はなるべく穏やかな口調で尋ねた。簒奪とは、つまり王位を奪うことだ。ハルは実の父親から王位を簒奪したのだろうか。
「ええ。私は先王である実の父、アルフォンソ2世を追放したの」
ハルは静かに答えた。なんとなく予想はしていたが、それでも彼女の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
実の父親を追放……。一体どういう事情があったのだろうか。
「ハルは一人っ子で兄弟姉妹は居ない、って以前に話していたよね。つまり君はお父さんにとって唯一の跡取りだったんだろう? だったら待っていれば追放なんてしなくても、いつかお父さんから王位を譲られる予定だったはずなのに、どうしてわざわざ……?」
俺は疑問をぶつけた。ハルは少し苦い笑みを浮かべ、答えた。
「アルフォンソ2世は、凡庸な王だったわ。とても気が弱くて、器の小さい人間で……。10歳年上のローザ王妃、つまり私の母に常に言いなり。政治の実権も完全に母に握られていたわ。威厳なんてあったものではなかった。でも……」
ハルは少し間を置き、続けた。
「……でも、とても優しい人ではあったの。少なくとも、母が生きていた頃は」
5年前、ローザ王妃が亡くなってから、アルフォンソ2世は変わってしまったという。自暴自棄に陥り、女遊びに酒、ギャンブルと、散財の限りを尽くすようになった。そして、トマト作りも一切やらなくなった。
「王妃の束縛から解放されたアルフォンソ2世は、まるで箍が外れたかのように享楽に溺れるようになった。凡庸どころか、国のお金を自分の欲望の為に使い込む暗君になってしまった」
ハルは悲しげな表情で言った。
「だから私が最後に世界一美味しいトマトを食べたのは5年前、母が亡くなった年が最後なの」
「国の未来を守る為に、暗君である父を追放した、ってことか」
「それだけじゃないわ」
ハルは静かに言った。彼女の言葉に、俺は耳を傾ける。
「アルフォンソ2世は……その欲望を、実の娘である私にも向けるようになった」
ハルの言葉に、俺は言葉を失う。
「ローザ王妃からは奴隷のように扱われていたアルフォンソ2世だけど、彼は彼なりに王妃に依存していたの。王妃はとても美しい人で……。その美貌を駆使してアルフォンソ2世を支配していたわ。でも、彼の性欲を満たす王妃が喪われたことで、彼の淫蕩と散財は歯止めが利かなくなった。そして、実の娘が成長すると……。彼は亡き王妃の面影を実の娘に重ねるように……」
ハルは俯き、小さな声で言った。
「……最初は、ただの行き過ぎたスキンシップだった。でも、次第にエスカレートしていき……ついに……」
ハルは言葉を詰まらせた。彼女の瞳には、恐怖と嫌悪が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。
「……そんな……。実の親娘なのに」
俺は絞り出すように言った。ハルの境遇を想像すると、胸が締め付けられるような思いがした。
「……ええ。それをきっかけに、私は父を見限ったの。反乱は国を守るためであると同時に、私自身の身体と尊厳を守るためでもあった」
ハルは静かに言った。彼女は、国のため、そして自分のために行動を起こしたのだ。
「私はアルフォンソ2世に不満を持つ貴族たちに根回しをして、簒奪を企てた。自分でもびっくりしてしまうくらい計画はスムーズに進んだわ。私が思っていた以上に彼は人望を失っていたから、みんな二つ返事で私についてくれたの。結局、ほとんど血を流すこともなかった。もう彼は決起した私に対し対抗する気力も部下もどちらも持ち合わせていなかった」
ハルは自嘲気味に笑う。
「こうして私は実父であるアルフォンソ2世を追放し、女王ハル1世となった。貴族だけでなく国民もほぼ全員が私を支持してくれたから、国内に混乱はほとんど起こらなかったわ。ただ、あまりにも鮮やか過ぎる王位争奪を成し遂げた私に対し、他のロマリの王は警戒心を抱き始めた。そしていつしか、私は人々から『簒奪の太陽王』と呼ばれるようになった」
「その年齢でそこまでのことを成し遂げた君は本当にすごいよ、ハル。やっぱり君は素晴らしい女王だ。周りの諸王もみんな君の才能を畏れているんだろう。固有スキルなんてなくても……」
俺は心から感嘆した。彼女は、まだ若いにもかかわらず、国のために、そして自分のために、大きな決断を下し、それを実行に移したのだ。
「だから言ったでしょう? 私、自分の才能や統治者としての能力には元々それなりに自信を持っているの。固有スキルに関しても『ある』ことだけが示せれば──、それをもって正当な王家の嫡子であることが示せれば、その内容や性能自体はどうでも良かった。『なし』という結果は、権威付けという意味で私の覇道に少しの遠回りを強いる可能性はあるけれど……、挫折に繋がるような致命的な事態ではない」
ハルは少し強がったように言った。しかし、彼女の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
「……ただ、自信が揺らぐことはないけれど……やっぱり、少しは失望しちゃった。それに……」
ハルは俯き、より一層大きな涙を流しながら言った。
「……もしかしたら、私の固有スキルも、『美味しいトマトを作れる』だったりしないかな、って。……そんなことを思っていた。母の死後、一度も父が作ってくれなかった、世界一美味しいトマト……。もしかしたら、自分の手で作ってもう一度食べられるかもしれない、なんて……少しだけ期待していたの」
ハルは声を震わせ、嗚咽し始めた。
「……そうしたら……まだ愛していた頃のお父様のことも……思い出せるかな……って……」
俺はハルの肩を抱き寄せる。
何の言葉もかけることは出来ず、彼女の身体の震えを感じながら、ただ時間が流れるのを待つしかなかった。
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