観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
上 下
31 / 106
第二章 弓張月

反撃、賽の目は如何に

しおりを挟む
 前触れもなく訪れたわたしたちに、司は「来たな」とだけ返した。眉一つ動かすこともなく。

「大崎家の意思は固まったか」
「……はい」

 短く言葉を交わした司と千波は、揃って要に視線を向ける。つられてわたしも要を見ると、彼は口元に笑みを浮かべた。

「これでようやく自由に動けますね」
「お前が自由じゃなかったことがあるとでも?」
「失礼な、私は常に従順でしょう?」

 軽やかに掛け合いを繰り広げる要たち。置き去りにされたわたしは、司の方を見やるしかなかった。

「お前たち、音島の存在を忘れるな」

 やれやれと首を左右に振り、司が軌道修正を図る。彼も十分説明不足だったが、わたしはあえて指摘しないことを選んだ。
 千波たちが口を閉ざすと、その代わりのように司が口を開いた。単刀直入に言おう、と。

「我々は『第二の水沢家』として大崎家に協力を申し出る」
「当主代行を失脚させ、新たな当主を打ち立てる……。それまでは、あなた方の思惑にも気づかない間抜けを演じましょう」

 司と要は顔を見合わせる。そして、示し合わせたように口の端を吊り上げた。あからさまに悪い笑みだ。
 千波は二人の悪巧みを聞き入れると、こちらへ視線を寄越す。結局置き去りにされ、半ば魂を飛ばしていたわたしは慌てて姿勢を正した。

「音島、ここまで来たらお前も一蓮托生だ。私たちの計画が失敗すれば、お前の居場所もなくなるだろう」
「一蓮托生は構わないけど。その計画って何? 千波が考えたの?」

 わたしは頷きながらも疑問を問いかける。千波は「疑問が残っているのに賛同するな」と頭を押さえていた。
 そもそも、わたしの居場所は千秋と千波が用意してくれたものだ。彼らに巻き込まれるのは致し方ないだろう。考えるまでもない。
 しかし、そんなことより気になるのは「計画」とやらである。内容は恐らく――水沢家当主代行を失脚させ、何者かを新たな当主として据えること。では、一体誰がそれを企てたのだろう?

「私が考えたわけじゃない。大体、私にはそこまで大がかりな計画を練ることはできないぞ」

 思案していると、千波が首を振った。ならば千秋が考えたのか、と巡らせた思考も否定されてしまう。

「そんなことは些事ですよ、音島さん。我々が今考えるべきは、どうすれば計画を成功させられるか……それだけです」

 突然、要がそう言って遮ってきた。煙に巻くような態度は気に食わないものの、司の「……意外と時間がないな」という呟きに反発はできない。わたしは言葉を飲み込んで説明を促した。

「計画と言っても、現時点では何も進んでいない。あの男の後ろ暗いところを探っている最中だ」
「我々だけでも、大崎家だけでも、あれの権威を失墜させるに足る証拠は掴めなかった。そこで――」
「双方が手を組めば万事解決、ということです。……あぁ、音島さんも含めると三方ですね」

 要が不穏な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。その手を取ることもはね除けることもできないまま、わたしの思考は軌道を逸れてどこかへと転がっていった。転がっていったついでに口からはみ出す。

「……千波たち〈五家〉の企みを司が知ってても平気なの?」

 違う、間違えた。わたしが今聞くべきことは別にあるはずなのに。
 内心でいくつもの突っ込みを入れたところで、発した言葉は撤回できない。三人から絶対零度の視線を向けられることを覚悟して顔を上げると、予想に反して千波と司は気まずそうに視線を逸らしていた。要は予想通り冷たい目をしている。

「あー……その、だな。本当は問題しかないんだが……」
「どれだけ薄かろうと血縁は血縁だ。だからこそ大崎千秋は私をお前たちの上司としたのだろう」

 妙に歯切れの悪い千波の言葉を引き継いだのは、開き直ったらしき司だ。わたしにはどういう心境の変化があったのかはわからないが、彼は千波を言いくるめようとしている。
 混乱するわたしに解説を入れたのは要だった。彼は「白浜家は水沢の分家の一つです」とだけ答え、どこか落ち着きのない大人二人を一喝する。

「いい大人が決定事項で揉めないでください、みっともない」
「す、すまない……」
「……悪かった」

 途端、千波と司は小さくなった。長身の二人が縮こまっている様は面白いものがある。
 要は嘆息し、わたしに向き直ると「頼みがあります」と改めて口にした。

「音島さんにはスケープゴート……いえ、囮になっていただきたいのです」
「今はっきり『生贄スケープゴート』って言ったよね」
「幻聴です。腕利きのヤブ医者を紹介しましょうか?」

 無視だ、無視。これ以上ボケにボケを重ねても埒が明かない。わたしは突っ込まないし、興味本位で「腕利きのヤブ医者」の紹介を頼みもしないのだ。
 怒りと好奇心を堪えていると、司がわたしを呼ぶ。非常に不愉快な役回りだと思うが、と言葉が続けられた。

「君が派手に暴れ回るほど、当主代行あれは君を警戒せざるを得なくなる。――我々は、その隙を突くつもりだ」
「必要以上の情報を与えないのも、お前が私たちのキーパーソンだと思わせないため。……音島、お前を利用する形になってしまってすまない」

 なぜか申し訳なさそうな千波に「利用?」と聞き返す。彼女は頷きかけ、しかし最終的に首は左右に振られた。

「……いや、今更だな。私は、私たちは、……お前を利用するために保護したんだから」

 今伝えられるのはこれだけだ。彼女は目を伏せる。

「それって、どういう――」

 真意を問う前に、わたしは千波によって退室させられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】  ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。  人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。

里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。

音喜多子平
キャラ文芸
【第六回キャラ文芸大賞 奨励賞】 人の世とは異なる妖怪の世界で生まれた猫又・鍋島環は、幼い頃に家庭の事情で人間の世界へと送られてきていた。 それから十余年。心優しい主人に拾われ、平穏無事な飼い猫ライフを送っていた環であったが突然、本家がある異世界「天獄屋(てんごくや)」に呼び戻されることになる。 主人との別れを惜しみつつ、環はしぶしぶ実家へと里帰りをする...しかし、待ち受けていたのは今までの暮らしが極楽に思えるほどの怒涛の日々であった。 本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

処理中です...