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第二章 弓張月
反撃、賽の目は如何に
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前触れもなく訪れたわたしたちに、司は「来たな」とだけ返した。眉一つ動かすこともなく。
「大崎家の意思は固まったか」
「……はい」
短く言葉を交わした司と千波は、揃って要に視線を向ける。つられてわたしも要を見ると、彼は口元に笑みを浮かべた。
「これでようやく自由に動けますね」
「お前が自由じゃなかったことがあるとでも?」
「失礼な、私は常に従順でしょう?」
軽やかに掛け合いを繰り広げる要たち。置き去りにされたわたしは、司の方を見やるしかなかった。
「お前たち、音島の存在を忘れるな」
やれやれと首を左右に振り、司が軌道修正を図る。彼も十分説明不足だったが、わたしはあえて指摘しないことを選んだ。
千波たちが口を閉ざすと、その代わりのように司が口を開いた。単刀直入に言おう、と。
「我々は『第二の水沢家』として大崎家に協力を申し出る」
「当主代行を失脚させ、新たな当主を打ち立てる……。それまでは、あなた方の思惑にも気づかない間抜けを演じましょう」
司と要は顔を見合わせる。そして、示し合わせたように口の端を吊り上げた。あからさまに悪い笑みだ。
千波は二人の悪巧みを聞き入れると、こちらへ視線を寄越す。結局置き去りにされ、半ば魂を飛ばしていたわたしは慌てて姿勢を正した。
「音島、ここまで来たらお前も一蓮托生だ。私たちの計画が失敗すれば、お前の居場所もなくなるだろう」
「一蓮托生は構わないけど。その計画って何? 千波が考えたの?」
わたしは頷きながらも疑問を問いかける。千波は「疑問が残っているのに賛同するな」と頭を押さえていた。
そもそも、わたしの居場所は千秋と千波が用意してくれたものだ。彼らに巻き込まれるのは致し方ないだろう。考えるまでもない。
しかし、そんなことより気になるのは「計画」とやらである。内容は恐らく――水沢家当主代行を失脚させ、何者かを新たな当主として据えること。では、一体誰がそれを企てたのだろう?
「私が考えたわけじゃない。大体、私にはそこまで大がかりな計画を練ることはできないぞ」
思案していると、千波が首を振った。ならば千秋が考えたのか、と巡らせた思考も否定されてしまう。
「そんなことは些事ですよ、音島さん。我々が今考えるべきは、どうすれば計画を成功させられるか……それだけです」
突然、要がそう言って遮ってきた。煙に巻くような態度は気に食わないものの、司の「……意外と時間がないな」という呟きに反発はできない。わたしは言葉を飲み込んで説明を促した。
「計画と言っても、現時点では何も進んでいない。あの男の後ろ暗いところを探っている最中だ」
「我々だけでも、大崎家だけでも、あれの権威を失墜させるに足る証拠は掴めなかった。そこで――」
「双方が手を組めば万事解決、ということです。……あぁ、音島さんも含めると三方ですね」
要が不穏な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。その手を取ることもはね除けることもできないまま、わたしの思考は軌道を逸れてどこかへと転がっていった。転がっていったついでに口からはみ出す。
「……千波たち〈五家〉の企みを司が知ってても平気なの?」
違う、間違えた。わたしが今聞くべきことは別にあるはずなのに。
内心でいくつもの突っ込みを入れたところで、発した言葉は撤回できない。三人から絶対零度の視線を向けられることを覚悟して顔を上げると、予想に反して千波と司は気まずそうに視線を逸らしていた。要は予想通り冷たい目をしている。
「あー……その、だな。本当は問題しかないんだが……」
「どれだけ薄かろうと血縁は血縁だ。だからこそ大崎千秋は私をお前たちの上司としたのだろう」
妙に歯切れの悪い千波の言葉を引き継いだのは、開き直ったらしき司だ。わたしにはどういう心境の変化があったのかはわからないが、彼は千波を言いくるめようとしている。
混乱するわたしに解説を入れたのは要だった。彼は「白浜家は水沢の分家の一つです」とだけ答え、どこか落ち着きのない大人二人を一喝する。
「いい大人が決定事項で揉めないでください、みっともない」
「す、すまない……」
「……悪かった」
途端、千波と司は小さくなった。長身の二人が縮こまっている様は面白いものがある。
要は嘆息し、わたしに向き直ると「頼みがあります」と改めて口にした。
「音島さんにはスケープゴート……いえ、囮になっていただきたいのです」
「今はっきり『生贄』って言ったよね」
「幻聴です。腕利きのヤブ医者を紹介しましょうか?」
無視だ、無視。これ以上ボケにボケを重ねても埒が明かない。わたしは突っ込まないし、興味本位で「腕利きのヤブ医者」の紹介を頼みもしないのだ。
怒りと好奇心を堪えていると、司がわたしを呼ぶ。非常に不愉快な役回りだと思うが、と言葉が続けられた。
「君が派手に暴れ回るほど、当主代行は君を警戒せざるを得なくなる。――我々は、その隙を突くつもりだ」
「必要以上の情報を与えないのも、お前が私たちのキーパーソンだと思わせないため。……音島、お前を利用する形になってしまってすまない」
なぜか申し訳なさそうな千波に「利用?」と聞き返す。彼女は頷きかけ、しかし最終的に首は左右に振られた。
「……いや、今更だな。私は、私たちは、……お前を利用するために保護したんだから」
今伝えられるのはこれだけだ。彼女は目を伏せる。
「それって、どういう――」
真意を問う前に、わたしは千波によって退室させられた。
「大崎家の意思は固まったか」
「……はい」
短く言葉を交わした司と千波は、揃って要に視線を向ける。つられてわたしも要を見ると、彼は口元に笑みを浮かべた。
「これでようやく自由に動けますね」
「お前が自由じゃなかったことがあるとでも?」
「失礼な、私は常に従順でしょう?」
軽やかに掛け合いを繰り広げる要たち。置き去りにされたわたしは、司の方を見やるしかなかった。
「お前たち、音島の存在を忘れるな」
やれやれと首を左右に振り、司が軌道修正を図る。彼も十分説明不足だったが、わたしはあえて指摘しないことを選んだ。
千波たちが口を閉ざすと、その代わりのように司が口を開いた。単刀直入に言おう、と。
「我々は『第二の水沢家』として大崎家に協力を申し出る」
「当主代行を失脚させ、新たな当主を打ち立てる……。それまでは、あなた方の思惑にも気づかない間抜けを演じましょう」
司と要は顔を見合わせる。そして、示し合わせたように口の端を吊り上げた。あからさまに悪い笑みだ。
千波は二人の悪巧みを聞き入れると、こちらへ視線を寄越す。結局置き去りにされ、半ば魂を飛ばしていたわたしは慌てて姿勢を正した。
「音島、ここまで来たらお前も一蓮托生だ。私たちの計画が失敗すれば、お前の居場所もなくなるだろう」
「一蓮托生は構わないけど。その計画って何? 千波が考えたの?」
わたしは頷きながらも疑問を問いかける。千波は「疑問が残っているのに賛同するな」と頭を押さえていた。
そもそも、わたしの居場所は千秋と千波が用意してくれたものだ。彼らに巻き込まれるのは致し方ないだろう。考えるまでもない。
しかし、そんなことより気になるのは「計画」とやらである。内容は恐らく――水沢家当主代行を失脚させ、何者かを新たな当主として据えること。では、一体誰がそれを企てたのだろう?
「私が考えたわけじゃない。大体、私にはそこまで大がかりな計画を練ることはできないぞ」
思案していると、千波が首を振った。ならば千秋が考えたのか、と巡らせた思考も否定されてしまう。
「そんなことは些事ですよ、音島さん。我々が今考えるべきは、どうすれば計画を成功させられるか……それだけです」
突然、要がそう言って遮ってきた。煙に巻くような態度は気に食わないものの、司の「……意外と時間がないな」という呟きに反発はできない。わたしは言葉を飲み込んで説明を促した。
「計画と言っても、現時点では何も進んでいない。あの男の後ろ暗いところを探っている最中だ」
「我々だけでも、大崎家だけでも、あれの権威を失墜させるに足る証拠は掴めなかった。そこで――」
「双方が手を組めば万事解決、ということです。……あぁ、音島さんも含めると三方ですね」
要が不穏な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。その手を取ることもはね除けることもできないまま、わたしの思考は軌道を逸れてどこかへと転がっていった。転がっていったついでに口からはみ出す。
「……千波たち〈五家〉の企みを司が知ってても平気なの?」
違う、間違えた。わたしが今聞くべきことは別にあるはずなのに。
内心でいくつもの突っ込みを入れたところで、発した言葉は撤回できない。三人から絶対零度の視線を向けられることを覚悟して顔を上げると、予想に反して千波と司は気まずそうに視線を逸らしていた。要は予想通り冷たい目をしている。
「あー……その、だな。本当は問題しかないんだが……」
「どれだけ薄かろうと血縁は血縁だ。だからこそ大崎千秋は私をお前たちの上司としたのだろう」
妙に歯切れの悪い千波の言葉を引き継いだのは、開き直ったらしき司だ。わたしにはどういう心境の変化があったのかはわからないが、彼は千波を言いくるめようとしている。
混乱するわたしに解説を入れたのは要だった。彼は「白浜家は水沢の分家の一つです」とだけ答え、どこか落ち着きのない大人二人を一喝する。
「いい大人が決定事項で揉めないでください、みっともない」
「す、すまない……」
「……悪かった」
途端、千波と司は小さくなった。長身の二人が縮こまっている様は面白いものがある。
要は嘆息し、わたしに向き直ると「頼みがあります」と改めて口にした。
「音島さんにはスケープゴート……いえ、囮になっていただきたいのです」
「今はっきり『生贄』って言ったよね」
「幻聴です。腕利きのヤブ医者を紹介しましょうか?」
無視だ、無視。これ以上ボケにボケを重ねても埒が明かない。わたしは突っ込まないし、興味本位で「腕利きのヤブ医者」の紹介を頼みもしないのだ。
怒りと好奇心を堪えていると、司がわたしを呼ぶ。非常に不愉快な役回りだと思うが、と言葉が続けられた。
「君が派手に暴れ回るほど、当主代行は君を警戒せざるを得なくなる。――我々は、その隙を突くつもりだ」
「必要以上の情報を与えないのも、お前が私たちのキーパーソンだと思わせないため。……音島、お前を利用する形になってしまってすまない」
なぜか申し訳なさそうな千波に「利用?」と聞き返す。彼女は頷きかけ、しかし最終的に首は左右に振られた。
「……いや、今更だな。私は、私たちは、……お前を利用するために保護したんだから」
今伝えられるのはこれだけだ。彼女は目を伏せる。
「それって、どういう――」
真意を問う前に、わたしは千波によって退室させられた。
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