観月異能奇譚

千歳叶

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第一章 三日月

歓待、のち試練〈一〉

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「みんなー! 新人さんの到着だよー!」

 会議室のドアを開け放ちながら葵が言う。まだ準備終わってないんだけど、という声が室内から聞こえるが、わたしはここに足を踏み入れていいのだろうか。
 遠慮から一歩後ずさる。すると、室内の人物とやり取りしていた葵がくるりと振り向いた。

「お待たせしました、もう入っていいみたいです」
「本当に? 準備がどうとか聞こえたけど」
「人間、諦めも大事ですからね」

 葵は答えになっているのかいないのかわからない言葉で煙に巻いた。わたしは躊躇いながらも会議室に足を踏み入れる。

「音島さん、ようこそ〈三日月〉第二班へ!」

 澄んだ少女の声がわたしを歓迎する。パチパチパチ、複数人の拍手を受けながら示された場所まで進み、辺りを見回した。
 室内にいるのはわたしと葵を含めて六人。他の面々は長髪で背の高い男性、センター分けの男性、ポニーテールの少女、前髪が切り揃えられた少女だ。

「葵君、音島さんの案内ありがとう」
「いえいえ」

 長髪の男性が葵を労い、そしてわたしに向き直る。髪の長さや背の高さ、浮かべている微笑みがどことなく千秋を連想させる人だ。

「改めて歓迎するよ、音島さん。俺は辻宮つじみやれい、一応この班のリーダーをしている」

 男性――玲は一礼すると、順番に他の四人を手で示した。

「他の人員は左から順に、萩原はぎわらなつめさん、藤田ふじたゆいさん、杉崎すぎさき七彩ななささん、三雲葵さん。みんな個性的だけど優秀で親切だから、困ったらすぐ相談してね」

 玲の言葉に葵が頷き、結と紹介されたポニーテールの少女が微笑む。棗と紹介された男性、七彩と紹介された少女は無表情だ。本当に親切なのだろうか、少し不安になる。
 一抹の不安を抱えつつ、わたしはそれらしい口調で挨拶することにした。堅い口調は好きになれないが、必要とされるのならば仕方がない。

「挨拶が遅くなりましたが、音島律月です。今日からお世話になります」
「丁寧にありがとうございます。先ほど玲さんからも紹介がありましたが、藤田結と申します。役割は異能を用いた防衛……班の皆さんを守ることです」

 結は可憐な笑みを浮かべながらもう一人の少女に視線をやる。目を向けられた少女は小さく頷き、口を開いた。

「私は杉崎七彩。班での役割は異能を使った偵察」

 簡潔に自己紹介を済ませた七彩は「次、萩原さん」とセンター分けの男性を呼んだ。彼は深々とため息をつく。

「……萩原棗だ。役割は支援策の立案」
「はいはーい、次はオレ!」

 棗の挨拶が終わるや否や葵が手を挙げた。棗は再びため息をついてから促す。

「さっきも挨拶したけど、オレは三雲葵。役割は、棗さんが考えた支援策の実行! 玲さんと一緒でーす」

 葵は「よろしくお願いします!」と締めくくった。

「さて。みんなの紹介も終わったところで、そろそろ音島さんに仕事の説明をしようか」

 備品のホワイトボードを引きずりながら玲が言う。わたしは頷いた。

「まずは仕事内容について。これは大きく分けて二つある。一つは日常業務、もう一つは緊急業務だ」

 ホワイトボードに文字が書き込まれていき、二つの言葉を繋ぐように線が引かれる。玲は「緊急業務」の文字を指し示した。

「簡単に言うと、緊急業務は異能を使った犯罪の摘発へ向けた支援などを指す。日常業務はそれ以外全般だね。緊急業務に備えた訓練も日常業務に含めるよ」
「なるほど……?」

 訓練がどういうものかはわからないが、曖昧に頷く。班内の連携を高めるために行うのだろうか。

「運がいいのか悪いのか、ちょうど明日訓練があるんだ。音島さんにも参加してもらうからね」
「わ、わかりました」

 内容がわからないことに不安を抱きながら答える。すると、いきなり葵が手を挙げた。

「ずっと気になってたんだけど、なんで音島さん敬語なの? ここに到着するまでは違ったのに」
「そうなのかい? 音島さん、ここにいる間は無理に敬語を使わなくていいよ。俺たちも自由にしてるから」
「じゃあそうする」

 わたしは即座に敬語を取り払い、なぜか目を丸くしている玲に説明の続きを要求する。

「あ、あぁ……。続きだね、了解」

 玲はこほんと咳払いをして口を開いた。

「訓練の詳細は明かされていないけど、通常大きく三つの手順に分かれる。事件把握、支援立案、支援実行だ」
「今までは、私と七彩ちゃんが事件把握、棗さんが支援立案、葵さんと玲さんが支援実行……というように分かれていたんです」

 結が玲の説明を補足する。他の三人も無言で彼女の発言を首肯した。

「でも、この分け方だと萩原さんの負担が大きい。立案者が一人しかいないのは問題だ、って何度か〈三日月〉の偉い人に怒られたこともある」
「七彩の言う通りだ。……そこで、音島さんには萩原さんと一緒に支援立案をしてもらいたいんだ」

 どうかな。わたしに問いかけているような口調だが、玲の視線は棗の方を向いている。

「……俺に新人教育は向いてない。辻宮なら理解してるだろ」
「確かに。でも、新人との連携が最も重要なのも萩原さんだよ」
「それは……」

 棗が言い淀む。数秒後、小さな嘆息と共に「わかった」と吐き出す声がした。

「お前の言う通りにする。だが、俺が新人に教えるのは支援策の立案だけだ。他の仕事は他の奴が教えてくれ」
「よし、決まり。そんなわけで音島さん、明日の訓練では萩原さんと一緒に行動してね」
「了解」

 指示を了承するのとちょうど同じタイミングで、会議室の使用時間が終了したらしい。わたしたちは後片付けをして部屋を後にした。
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