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本編(序)
ありし日の記憶
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ウチの学園は、いわゆるエレベーター方式で、初等部、中等部、高等部と別れている。
あれは初等部の頃だったか。
夜中、本来であれば子供が外に出ては補導されるような時間帯。
夏の暑さ故か冴えてしまった目を擦って、家を抜け出した。
特段、田舎というわけでもない此の地も、夜になれば人通りは少ない。
申し訳程度にぼんやりと路面を照らす水銀灯の光を頼りに、近所の公園へと向かった。
錆びた遊具が鎮座する、小さな公園。
寝付けないとき、ただ無心にブランコを漕ぐのが、いつしか習慣になっていた。
今から思えば、俺はマセていたのだろう。
「…………」
たった独りの世界に迷い混んだかのような錯覚。
真夜中の静寂に、ブランコの軋む音だけが響く。
この瞬間だけは、日々の鬱屈した気分も、何もかもを忘れることができた。
——突然、脇にある植え込みからガサガサと物音がした。
「……猫?」
否、そうではない。ツツジの揺れる枝の下、スニーカーが見えている。
どうやら隠れているつもりらしい。
「誰?」
声を掛けると、おそるおそる、といった具合に茂みから顔が覗いた。
木葉が絡み、ボサボサになった髪。
枝に引っ掻けたのだろうか、端正な顔には幾本かの傷がつき、血が滲んでいる。
「ちょっと待ってて。手当てするから」
俺は持っていたハンカチを濡らすため、公園の隅にある水道へと急いだ。
濡らしたハンカチを手に戻ると、女の子は先ほどと変わらぬ体勢で待っていた。
「こっち、来て」
ベンチに座らせる。
「ちょっと滲みるかもしれないけど我慢して」
女の子がコクリと頷いたのを確認して、傷を拭っていく。
幸い傷は浅く、このぶんなら痕は残らないだろう。
「…………ありが……とう」
女の子が、初めて口を開いた。
「どういたしまして」
それっきり会話が無くなる。
俺は濡れたハンカチをポケットに押し込み、ベンチの端に座った。
ぼうっと、空を見上げる。
明るい月明かりに負けじと、星が輝いていた。
不意に、女の子が口を開いた。
「……ハンカチ、貸して。洗って、返すから」
「うん」
ハンカチを受けとると、女の子は公園を出ていった。
名前も、歳も知らない女の子。どうして、この公園に来たのかも。
ただ、外見や所作から、俺とそう歳は変わらないであろうこと、そして、育ちが違うことは分かった。
この街には、学校が2つある。俺の通う松陵学園と、いわゆるお嬢様達の通う、紫蘭学園。
比較的交遊関係の広い俺が、同世代で見たことのない、所作の綺麗な女の子と考えれば、彼女はおそらく紫蘭の子だろう。
きっと、生きている世界が違う。幼心に、そんなことを思った。
だが、不思議と。
明日もここで会える、そんな気がしていた。
あれは初等部の頃だったか。
夜中、本来であれば子供が外に出ては補導されるような時間帯。
夏の暑さ故か冴えてしまった目を擦って、家を抜け出した。
特段、田舎というわけでもない此の地も、夜になれば人通りは少ない。
申し訳程度にぼんやりと路面を照らす水銀灯の光を頼りに、近所の公園へと向かった。
錆びた遊具が鎮座する、小さな公園。
寝付けないとき、ただ無心にブランコを漕ぐのが、いつしか習慣になっていた。
今から思えば、俺はマセていたのだろう。
「…………」
たった独りの世界に迷い混んだかのような錯覚。
真夜中の静寂に、ブランコの軋む音だけが響く。
この瞬間だけは、日々の鬱屈した気分も、何もかもを忘れることができた。
——突然、脇にある植え込みからガサガサと物音がした。
「……猫?」
否、そうではない。ツツジの揺れる枝の下、スニーカーが見えている。
どうやら隠れているつもりらしい。
「誰?」
声を掛けると、おそるおそる、といった具合に茂みから顔が覗いた。
木葉が絡み、ボサボサになった髪。
枝に引っ掻けたのだろうか、端正な顔には幾本かの傷がつき、血が滲んでいる。
「ちょっと待ってて。手当てするから」
俺は持っていたハンカチを濡らすため、公園の隅にある水道へと急いだ。
濡らしたハンカチを手に戻ると、女の子は先ほどと変わらぬ体勢で待っていた。
「こっち、来て」
ベンチに座らせる。
「ちょっと滲みるかもしれないけど我慢して」
女の子がコクリと頷いたのを確認して、傷を拭っていく。
幸い傷は浅く、このぶんなら痕は残らないだろう。
「…………ありが……とう」
女の子が、初めて口を開いた。
「どういたしまして」
それっきり会話が無くなる。
俺は濡れたハンカチをポケットに押し込み、ベンチの端に座った。
ぼうっと、空を見上げる。
明るい月明かりに負けじと、星が輝いていた。
不意に、女の子が口を開いた。
「……ハンカチ、貸して。洗って、返すから」
「うん」
ハンカチを受けとると、女の子は公園を出ていった。
名前も、歳も知らない女の子。どうして、この公園に来たのかも。
ただ、外見や所作から、俺とそう歳は変わらないであろうこと、そして、育ちが違うことは分かった。
この街には、学校が2つある。俺の通う松陵学園と、いわゆるお嬢様達の通う、紫蘭学園。
比較的交遊関係の広い俺が、同世代で見たことのない、所作の綺麗な女の子と考えれば、彼女はおそらく紫蘭の子だろう。
きっと、生きている世界が違う。幼心に、そんなことを思った。
だが、不思議と。
明日もここで会える、そんな気がしていた。
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